【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ

文字の大きさ
30 / 45

30

しおりを挟む

「私に対してなら何を言ってくださっても構いません。ですが、彼女への謗りは許しませんよ。私は常に理性的であるように努めてはいますが、彼女のことに関わると、そうはいかないかもしれません。現に私は今とても――不愉快だ」

 地を這うような、静かな怒気を含む声が、空気を揺らす。彼がオーガスタのために怒ってくれているのだと伝わってくる。彼の凄みにルアンが思わず息を飲んだ直後、ネフィーテはいつもの柔らかな笑顔を浮かべた。

「ですので、用件があるなら早く済ませてお帰りください」
「は、はは……怖い怖い。そんなにその人のことが大事なんだ?」
「用件は」
「分かった、分かったから怒らないで。意地悪を言ったのは謝るって」

 そしてルアンは、はぁと大きく息を吐き、言った。

「用件の前にほら、せっかくかわいい弟が遊びに来たんだから、もてなしてよ。兄さん?」

 普通王子の数字は、生まれた順番で付けられる。だが、ネフィーテはルアンが生まれるよりずっと前から存在していた。
 ネフィーテは第四王子という肩書きではあるが、十六歳のルアンからすると兄と呼べるだろう。

 オーガスタは、ルアンの様子に不信感を抱いた。



 ◇◇◇



 突然押し掛けてきたルアンは、リビングのソファに足を組みながら座り、背もたれに両手を広げた。まるで自分の家のようにくつろぐルアンの態度は、オーガスタを困惑させた。

(なにこの態度。嫌な感じ……)

 しかし、近衛騎士に過ぎないオーガスタは、立場上、不満を口にすることができなかった。

「あのさー、ここは客人に茶の一杯も出ないの?」
「やれやれ、それが人にものを頼む態度ですか? 喉が渇いたならそう言えばいいでしょう」

 ネフィーテは呆れつつも、紅茶を準備し始めた。兄と呼びながら、ネフィーテを使用人のように顎で使うルアンの態度に、オーガスタの苛立ちが募っていく。

「何これ、まずいんだけど。捨てといて」

 ルアンは口に含んだ紅茶をぶっとわざとらしく吹き出し、顔をしかめる。
 せっかくネフィーテが用意した紅茶を台無しにされ、オーガスタの額にくっきりと怒りの筋が浮かび上がった。

(なんて失礼な……っ!)

 必死に怒りを堪えるオーガスタとは対照的に、ネフィーテは落ち着いていた。「口に合わなかったようですみません」と悪くもないのに謝罪の言葉を述べ、カップを下げた。
 そんなネフィーテの冷静な対応を面白くなさそうに見たあと、ルアンは室内を物色するようにきょろきょろと視線を動かす。

「塔の中って初めて入ったけど、こんな感じなんだ。案外、綺麗にしてるんだね。でも、ずっとひとりで引きこもってたら退屈しそうだ。少なくとも、僕だったら耐えられない。君もそうなんでしょ?」
「私にはこれで足りていますよ。私にはオーガスタという話し相手もいますから」
「さぁ、どうだか。本当は外に出て、人間の生き血が飲みたくて仕方がないんじゃない?」
「そうは思いません」

 ルアンの挑発に乗ることなく、ネフィーテは淡々と答えた。ルアンは俯き、テーブルの上に置いた拳を握り締めながら、忌々しそうに呟く。

「ああ……そう。大切にしてくれる人もいて、楽しく過ごしてるんだ。吸血鬼の分際で、僕よりずっと、幸せそうに……」

 彼の中のどす黒い一面が垣間見えた気がして、背筋が凍りそうになった。しかしルアンはすぐ、その顔に人好きのする笑顔を貼り付けた。

「もっと面白い話が聞けるって期待してきたのに残念だよ。もういいや。今日は僕、そっちのお姉さんに用があってきたんだ」

 ルアンは視線をネフィーテからこちらに移し、にこりと微笑んだ。

「わ、私……ですか?」
「うん。長らく誰も近づこうとしなかった吸血鬼に仕えようなんて人、気にならないわけないじゃん。まぁ、それは置いといて、外で少し僕と話そうよ。――大事な用があるんだ」
「…………」

 オーガスタには、なんの用か全く思い当たらない。しかし、ルアンは自分の好奇心が満たされるまでこの部屋に居座るつもりだろう。王族からの命令は絶対。どの道、オーガスタに拒否権などない。自分の我を押し通そうとするサミュエルと、似た匂いを感じた。

(これ以上、ここでネフィーテ様に迷惑をかけられるより、外に出た方がマシか)

 オーガスタはネフィーテに確認する。

「少し、席を外してもよろしいでしょうか」
「――だめです」

 思わぬ返答が返ってきた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

もう、今更です

ねむたん
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。 やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

諦めていた自由を手に入れた令嬢

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。 これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。 実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。 自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...