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しおりを挟む休暇を終えたオーガスタは、数日ぶりに王宮に戻った。ネフィーテに挨拶をしようと支度を済ませ、塔へと向かう。
(あれ……? 扉が開いてる)
螺旋階段を上った先で、玄関扉がゆっくりと開くのが見えた。あの扉は外鍵がかかっていて、中から開けることはできないはずだ。となると、客人でも来ていたのだろうか。
いやしかし、ネフィーテの部屋への出入りが許されているのは――王族と関係者のみだ。
開かれた扉の隙間から部屋の中の明かりが漏れてきて、オーガスタが目を細めた直後、ヒールの音が耳を掠めた。そして、甘い香水の匂いが鼻腔に届く。
「あら、お久しぶりですわね。――オーガスタ様?」
「……!」
ネフィーテの部屋から出てきたのは、かつてオーガスタから婚約者を奪った王女アデラだった。
(王女様がなんで……ネフィーテ様の部屋に)
アデラは例の晩餐会に参加し、暴走したネフィーテの姿を目撃している。それなら普通、恐れて塔に近づいくことすらないだろう。
彼女の可憐な笑顔がやけに恐ろしく思えて、オーガスタは後退して、無意識に階段を一段下りる。何か、嫌な予感がする。アデラがオーガスタの前に現れるとき、ろくなことがないのだから。
「あ、あの……王女様が、どうしてこちらにいらっしゃったのですか?」
「ふふ、気になる?」
アデラは優雅に螺旋階段を下りてながら、オーガスタを見下ろし、胸に手を添えた。
「わたくしね、ネフィーテ様の花嫁候補として――立候補しようと思いますの。近々行われる花嫁選びの場に参加することにいたしましたので、そのご挨拶に」
「……!?」
彼女に告げられた言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。確かにアデラはサミュエルと離婚しているので、別の相手との結婚が可能だ。けれどなぜ、再婚を望む相手がよりにもよって――ネフィーテなのだろうか。
王女は、どうしてこうもオーガスタが大切な人を横取りしようとするのだろう。父、サミュエルと続いて、今度はネフィーテまで。
「どうして……っ。だって、あなたとネフィーテ様は、血が繋がっているじゃないですか……」
「あら。ネフィーテ様は三百年前にお生まれになった方ですのよ? 純血とはいえ、もうとっくに血は薄まっておりますわ。他人のようなものです。国王陛下も、ネフィーテ様とわたくしが婚姻を結び、賜姓降下して王宮の外で暮らす形で納得してくださっております。あとは、ネフィーテ様に選んでいただくだけ……」
そしてその場合、王妃の実家である公爵家がネフィーテの保護者となるらしい。王妃の実家も、クレート公爵家に匹敵する大貴族であり、吸血鬼を預かる役目は問題ない。
(ネフィーテ様と王女様が結婚……)
一瞬にして、オーガスタの心に深い影が差す。オーガスタはずっと、女性らしい魅力があるアデラに劣等感を抱いていた。実際、サミュエルは彼女の虜になっているし、ネフィーテだって王女に魅力を感じるに違いない。
アデラはそんなオーガスタの心の内を見透かしたように、不敵に口角を持ち上げた。
「晩餐会の夜……初めてネフィーテ様をお見かけして、心が震えましたわ。人間を超越した不死の肉体と美貌、そして衝動に抗う高潔さを持つ彼が……欲しくなりましたの。オーガスタ様が心酔する理由が――よく分かりましたわ」
「……」
どうして、ネフィーテなのか。
どうして、オーガスタが大切にしてきたものを次々に奪おうとするのか。
「王女様は昔から……私が大切にしている人を、取ろうとなさいますね」
心に霧が立ち込めていき、気がつくとこんな言葉が口をついて出ていた。するとアデラは、とぼけたような顔をして、唇に人差し指を押し当てながら首を傾げる。
「わたくしはね、昔から誰かが大切にしているものばかり欲しくなる性分なのです。許してくださいまし。それに、あなたから人が離れていくのは――あなたに魅力がないことが原因では?」
彼女はオーガスタの肩にわざとらしくぶつかりながら、螺旋階段を下りていった。
白い絵の具で塗り潰されたように頭が真っ白になり、オーガスタはその場に立ち尽くした。
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