【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ

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 そして、ネフィーテの花嫁探しの夜会当日が訪れた。

 ネフィーテに勢い余って告白してから、オーガスタは無断で欠勤してしまい、久々に彼と顔を合わせた。
 大広間には国中から未婚の若い娘が集められていた。色とりどりのドレスが広間を華やかに彩り、娘たちがまとう香水の甘い香りが室内に充満している。

 だが、娘たちは皆、浮かない顔している。王子との結婚は普通、とても名誉なことだ。家の勢力拡大のために、王子の妻の座を欲する者も多い。そんな王子の花嫁探しの場で、これほど憂鬱な雰囲気が漂っているのは、異様な光景である。

(無理もない、か。これは普通の花嫁探しじゃない。実質、生け贄にされるようなものだし)

 オーガスタは騎士服を身にまとい、正装したネフィーテの後方に控えていた。彼の後ろ姿を見つめながら、顔をしかめる。

(どうしよう。かなり、気まずい……)

 一方、娘たちは初めて目にする吸血鬼ネフィーテの美貌に、注目していた。
 塔の中では人目につかないため、いつもラフな格好をしている彼だが、礼服を着こなすと元の美しさが際立ち、ことさら眩しく見える。

「ネフィーテ様って、こんなにお綺麗な方だったのね。とてもおぞましい吸血鬼だとは思えないわ」
「しっ、声を出してはだめよ。あの美貌の奥に狡猾な本性を隠しているに違いないわ。万が一気に入られて、花嫁に選ばれでもしたらどうするのよ!?」
「そっ、そんな……。私、早く家に帰りたい……っ。絶対に騙されないわ」

 ネフィーテに対してほんのわずかに抱いた憧憬は、彼が吸血鬼であるという事実により、恐怖心と畏怖で塗り替えられてしまうのだった。

(ネフィーテ様……)

 娘たちに怯えられている彼を、オーガスタは不安げに見つめる。この会場に、ネフィーテが優しくて理性的な人だと理解しているのは、オーガスタくらいだ。するとネフィーテは、いつもオーガスタに向けているような優しい笑顔を浮かべ、娘たちに言った。

「そう怖がらないでください。嫌がる君たちを強引に娶る気は、これぽっちもありません。ですから、もう今日はお帰りください」
「「…………」」

 夜会が始まって早々、帰りを促すネフィーテに、広間はざわついた。

「王家には私が交渉します。君たちに迷惑をかけません」

 そのとき、つかつかとヒールの音が近づいてきて、ひとりの女性の声がネフィーテの話を遮った。

「そうはいきませんわよ。ネフィーテ様」
「君は……アデラ王女」
「ごきげんよう」

 アデラはネフィーテの前に立ち、お手本のようなお辞儀をしてみせた。そして、続ける。

「今回の花嫁選びは王命です。なぜそのような王命が下ったか、理解しておりますの? 理性を失い、王宮で騒ぎを起こした責任をあなたは取らなくてはなりません」

 しかし、理性を失って血を求め徘徊した原因は、サミュエルが盛った毒だ。何も悪くないネフィーテが責められる筋合いはないと、口出ししたくなるのをオーガスタはどうにか我慢した。

「あなたは仮にも、フェルシス王家の純粋な血を引くお方。不祥事を起こせば、全責任には王家に及びます」
「婚姻を結ばせて、その責任を他に押し付けようと? ここにいる若者たちの未来を奪いたくありません」
「それはネフィーテ様のエゴですわ。あなたが吸血鬼である限り、誰にも迷惑をかけずにいることなど不可能なのです。人間社会で生きていたいのでしたら、王家の意向に従い、花嫁をお選びください」

 そのとき、アデラのふっくらした唇が意地悪に扇の弧を描いた。

(ネフィーテ様の反応、面白がっているんだ……)

 王家に首輪で繋がれたまま生きていかなければならないネフィーテが不憫で、オーガスタは強く拳を握った。

「……分かりました」

 ネフィーテは淡々と、そうひと言答えた。彼の寂しげな後ろ姿を見て、オーガスタは拳を握り締めたまま俯く。

(嫌だ、結婚なんてしてほしくない……。ネフィーテ様の立場を守るために必要なことだって分かってる。でも、誰かと結婚したネフィーテ様の前で、笑っていられる自信なんて、ないよ)

 だが、オーガスタが仮に花嫁候補としてこの夜会に参加していたとしても、ネフィーテが選んでくれてくれる保証などない。
 今にも逃げ出したい気持ちに駆られていたそのとき、ネフィーテがこちらに近づいてきて、オーガスタの腰をさらった。

「へっ――」
「私がともに生きていきたい人は、彼女以外にいません」

 ネフィーテはこちらを見下ろしながら、それはとても甘やかに囁いた。

「私と一緒にいたら、多くの苦悩を抱え、不幸になるかもしれません。それでもともにいたいと思ってくれるのなら――結婚してください。私も君が好きです」
「……!」

 オーガスタは彼の想いを聞いて、大きく目を見開いた。

 もしかして、都合のいい夢を見ているのだろうか。こんなに幸せなことが現実だと信じていいのだろうか。
 けれど、ネフィーテのまっすぐな瞳が夢ではなく現実のことなのだと教えてくれる気がして、オーガスタの視界は徐々にぼやけていった。

(返事……しないと……)

 オーガスタは震える喉を鼓舞して、声を絞り出す。

「私は、あなたとなら不幸になっても構いません。でも、私には花嫁になる資格がないんです。王家からの手紙が、届いていなくて……っ」
「泣かないでくたさい、オーガスタ。紙切れの一枚や二枚、あってもなくても大した問題ではありませんよ」

 にこやかに微笑むネフィーテに、オーガスタは冷静に突っ込む。

「いや、めちゃくちゃ重要だと思います……」

 瞳から涙が零れ落ちるのを、彼が指で優しく拭ってくれた。

 するとそのとき、広場の入り口から声がした。

「不幸になってもらっては困るよ。私の大切な娘だからね。それに、招待状ならここにちゃんと――ありますよ」

 聞き馴染みのある声に振り向けば、ダクラスが国王とともに立っていた。
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