人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第三部 小さな国の人質王子は大陸の英雄になる

第76話 十日決戦 捕縛

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 「はぁはぁ」
 「ふぅ~。互角か」
 「ん・・・はぁ、そ、そうみたいだよ。強いのだよ」

 シャーロットとルカの戦いは、互角。
 幾重の攻防の末に、二人とも同時に息を整えた。
 体力の一時回復を狙っていると、ルカの視線の先に帝国の信号弾が出てきた。
 
 「ん? なにかあったか」

 彼の視線が右に移動したので、シャーロットも気になり左後方を振り向く。

 「む!? あれは、下がれの合図・・・だよ」

 シャーロットは突撃前に、一つだけ指示を受けていた。
 それが、信号弾が出たら、全てを中断して迷わず来た道を戻れである。
 どんなに攻撃が上手くいっていても、やる事は下がる事だ。
 フュンは、彼女が理解できるように、非常にシンプルな命令を下していた。

 「わ、わかっただよ。下がるだよ。皆、退却だよ。戻るだよ」
 「なに? なんだ急に」
 
 シャーロットは部下に指示を出して、戻ろうとした。
 背を向ける。

 「待て。シャーロット。勝負はいいのか」
 「うんだよ。今度だよ。拙者、ルカに必ず勝って、連れて行ってあげるだよ。それまで楽しみにするだよ」
 「は? おい。待て」
 「じゃあねだよ。バイバイだよ~」

 粘り強く戦い続けたのに、帰る時はあっさりとしていた。
 
 「は? なんだ。あいつは??」

 ルカは呆気にとられていた。
 彼の戦場は、彼女一人に荒らされた形であるが、意外にも兵士たちの方は崩壊せずにしっかりと戦えていた。
 それが分かるのはシャーロットが帰っても兵士たちが徐々に戦いの方に集中し始めたからである。 
 全ては、自分がシャーロットを抑え込めていたから、被害が少なくて済んだのだ。

 ルカは、自分たちの担当する戦場がそれほど荒らされずに済んだ事に安心していたが、ここで隣の戦場がおかしい事に気付く。
 自分たちの戦場以上の大荒れの場所になっていた。

 「まずいんじゃないか。これはよ」
 
 ルカは持ち場の立て直しからの維持の段階に集中するしかなく、変わりゆく右の戦場の様子を見守るしか出来なかった。

 ◇

 二つの軍が引く前。

 「ラインハルト。あなたが先頭でお願いします」
 「レヴィ総隊長は?」
 「私は裏に潜みます。あなたが、堂々と敵陣を裂いてください。目立ってください。そうなれば私にチャンスが訪れます」
 「わかりました」
 「では、ママリー。ナッシュ。エマンド。ハル。リッカ。ジーヴァ。各隊長はラインハルトを支援です。いいですね」
 「「「はい!」」」

 太陽の戦士が突撃したのである。

 七百しかいない太陽の戦士たち。
 しかしその数であっても、彼らは一人一人が強い。
 その彼らが防御を考えずに攻撃だけに本気を出すと、突撃能力は跳ね上がっていく。
 しかも、フュンの時と同様で、攻のリズムから守のリズムへの切り替えが出来ていない王国軍では、彼らの強さを止める事は不可能だった。
 
 太陽の戦士たちは、更に王国軍を引き裂こうと進むのだが、その後ろは盾のシガー部隊と接続ができないので、クリスは、ここで彼らの背後に、フュン親衛隊を入れ込んでいった。
 これにより、王国軍の完全分断を狙ったのだ。

 ◇

 本陣を発見したラインハルトが叫んだ。

 「ブルーを見つけたぞ。ママリー。ナッシュ。でもあそこまでは厳しいか」
 「ええ。硬いですね」「ラインハルトさん、どうしましょうか」
 「そうだ。ここの混乱状態。立ち直ったみたいだな」

 太陽の戦士たちの快進撃は、本陣に近づくと止まりかける。
 さすがはネアルを守るために気を張り続けた軍である。
 攻撃から防御に切り替わっても、難なく対処してきた。

 このままでは、本陣を切り裂くような攻撃にならない。
 進めているからここまで切り裂けていたのだ。このままでは、止まるしかなく、敵に挟み込まれて失敗に終わる。
 息詰まりかけて、立ち止まりかける太陽の戦士たち。
 しかし、ここに来て、最高の援護射撃が彼らの元にやって来た。

 「ん!? なに。奴め・・・さすがだ」

 ラインハルトは状況の変化を楽しんだ。


 ◇

 ギリダートの東門の城壁上にいるフィアーナは、全体がよく見えていた。
 フュンやクリスから作戦の一部すら聞いていないのに、大体の事を理解していた。

 「なるほどな」
 「頭領、何がなるほどなんスか?」
 「インディ。見ろ」
 「ん?」
 「10時10分だ」

 フィアーナは、両手でその時間を指した。
 左手は10時。右手は10分。

 「は? 何言ってんスか?」
 「この針の位置に、大将は攻撃を仕掛けている」
 「え。ま、まあ。そうっス」

 下を覗くとその位置に攻撃が伸びていた。
 インディも同意する。

 「でもよ。それじゃあ、駄目だろ」
 「駄目ってどういう事っス?」
 「三つに分断するくらいだと、逆にこっちが不利なような気がする。だから、大将はこれを狙ってないと思うぜ」

 フィアーナは感覚でフュンを理解する。
 頭じゃない、体が正解を導くタイプである。

 「ということはだ。あたし的にはな。大将の狙いって奴は王道だと思う」
 「フュン様が? 王道っスか? 戦い方は邪道のような気が?」
 「ああでもな。大将はあたしが好むスタイルなんだよ。大将のやり方はな。見ろ。おそらく正面だ!」

 フィアーナの予想は当たり、太陽の戦士たちは真っ直ぐ進軍を開始。
 しかし、彼女には全体がよく見えていた。
 彼らの突撃直後からすぐにそれが失敗に終わると思っていた。

 「こいつは駄目だ。途中で止まるな」
 「え? まだ始まったばかりじゃないっスか」
 「ああ。でもあそこ。あそこの兵に動揺がない。顔がいい!」
 「え???」

 遠くの兵の表情まで見える。
 弓のフィアーナの真骨頂だった。
 敵を理解するのに顔から始まる。
 次に細かい表情へと移り、戸惑いや自信を見切るのだ。
 
 「インディ。大砲だ」
 「え。あと一発しかないっス」
 「でもいい。ここが勝負どころだ。ここなら使ってもいいはずだ」
 「いいんスか」
 「いい! あたしの決断を信じろ」
 「うっス」
 
 インディが大砲を準備して、発射寸前。
 フィアーナの指示が飛ぶ。

 「インディ。奥狙え」
 「奥? あの本陣じゃなくっスか?」
 「ああ。本陣よりも後ろだ。万が一だが、味方に当たったら元も子もない。敵だけに当てたい」
 「了解っス。タイミングは?」
 「三秒後。いけ!」
 「うっス」

 フィアーナの狩人部隊の砲撃。
 落下点は、ネアル本陣よりも後ろだった。
 このピンポイントの砲撃が敵の動揺を誘った。

 ◇
 
 昔を思い出したラインハルトは、口調も昔に戻っていた。

 「あ?? おお。これでいけるようになったのか。ふっ。弓のフィアーナ。さすがだぞ。絶妙なタイミングでの砲撃。フィアーナよ。俺を苦しめただけあるな。勝負勘は鈍っていないようだ」

 目の前の混乱を前にして、ラインハルトはいつもに戻って指示を出す。

 「では、このまま私が目立っていきますかね。ママリー、ナッシュ。停止するので、周りを頼む」
 「「ラインハルトさん、了解です」」

 ママリーとナッシュが、両脇を固めて、ラインハルトが前面に出た。

 ラインハルトは、太陽の戦士たちの間でレヴィに次ぐ地位の男性。
 かつては、サナリアの少数部族の長の一人で、アハトやフィアーナ、アルザオとも戦った過去があるのだが、アルザオの推薦により太陽の戦士になった経緯がある。
 太陽の戦士の中でも、非常に珍しい。
 推薦でここまで出世した人物だ。
 入隊試験の際にフュンと出会って、この人こそがサナリアの主であると認めた経緯から太陽の戦士となった。
 誠実であり、指導者としても優秀なので、主であるフュンが重宝しているのだ。

 「ブルー殿だな」
 
 ラインハルトが到達したのは、ネアル本陣。
 アスターネを救うためにネアルが本陣から移動してしまったので、ブルーが本陣を守っていた。
 
 「あ、あなたは?」
 「私はラインハルト・ナーバル。フュン様が組織する。太陽の戦士長の一人です。あなたにはこちらに来て頂きたい。手荒な真似はしたくありません。よろしいでしょうか」
 「・・・こちらに来る?」
 「はい。申し訳ないですが、あなたはもう・・・籠の中の鳥でございます」

 わざと大きくお辞儀をして、周囲の目を惹きつけるラインハルト。
 身構えるブルーも武芸の心得がある。
 レイピアに手をかけて、ラインハルトをいつでも斬る準備をすると、後ろから声が聞こえた。

 「良い構えです。あなた。なかなか良いですよ。ただ、まだ甘いのでね。成長する部分がまだありそうです」
 「え!? うし・・・」

 人の気配なんてなかった。
 ブルーは警戒心が強い女性である。普段から周囲に気を付けているのに、何も気付かない事なんて今までなかった。
 
 後ろにいた女性に表情がなかった。
 まるで人形のような顔で、声にも抑揚がない。
 任務だけを遂行する。
 そのような言い方だった。

 「ごめんなさい。ブルー。あなたをいただきますね。はい」
 「ぐあ・・な。い・・いつのまに・・・」

 背後から一撃。
 レヴィがブルーを強奪すると、そのまま指示を出す。

 「ラインハルト。ここで分断です。予備の兵士たちがこちらに雪崩れ込めるように、固定しなさい。太陽の戦士たちは全力で行動を開始です」
 「わかりました。レヴィ殿は?」
 「私はこのブルーをフュン様の所に送り届けます」
 「わかりました。おまかせを」
 
 ここから太陽の戦士の全力。
 破壊的攻撃が繰り出されて、王国軍は二つに分断されていった。
 この事から戦いは大きく動き出す。



 
 
 
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