人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第三部 小さな国の人質王子は大陸の英雄になる

第181話 サナリアの光と影 罪と罰

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 カミラの説得を終えたツェンは、本来の要件に入った。

 「えっと・・・それでですね」

 ツェンは、アーベンの光の監獄にいる全体の罪人に対して話しかけていた。

 「スカーレットさん」
 「は、はい。何でしょうか」

 名指しに驚いて言葉が詰まった。

 「ええ。あなたのお父様。申し訳ありませんね。ここで亡くなったのは、大変でしたね」
 「いえ。帝国に多大な迷惑をかけた家ですから、いいのです。仕方ありません」

 数年前にヴァーザックが亡くなったのである。
 名家の男が、小さくなって死んだことは残念であった。

 「そうですか。ではですね。みなさん。恩赦ではありませんが、このアーリア王国では罪がないので、釈放となります」
 「え? な、ナボルですよ。私たちは元敵・・・」

 宿敵に近い存在なのに。
 もしかしたらツェンがそれを知らないのかと、スカーレットは思った。

 「はい。知っております。でも、その罪はアーリア王国では関係ない。継続して厳しい罰を与えるのにも、こちらとしては忍びない。みなさん立派に頑張っていますからね」

 ツェンは一人一人の顔を見た。

 「そこで、罰に代わるものではなく、あなたたちにとある役割をしてもらいたいのです。特にですが。あなたに管理をしてほしいんですよね」

 最後にスカーレットの顔を見る。

 「私に!?」
 「はい。ここの管理と、あなたには、特殊兵の教育をしてほしいです。ここは収容所もありますが、サナリアってあまり大事が起きません。そこで、アーリア全土の犯罪者をこちらに収監する可能性が出てきましたので。ここに収監されたことのあるあなたたちが指導をしてほしいのです。ここでの暮らし方など、色んな裏の面の事をする兵士を鍛えてほしい。ここの隣に宿舎を作ります。アーベンは都市の再開発をしますので、ここを中心からずらしますので、そこで特殊兵を教育する施設を建てます。だからそこの管理をお願いします」

 新たな施設管理の長として、スカーレットを指名した。
 これはツェンの発案でもあったが、フュンもこの案には大賛成をしていた。
 敵の心理を良く知る人物で、裏切らない人物。
 それはスカーレットしかいない。 
 適任だとフュンも思っていた。

 だからツェンは、このフュンの人を見抜くセンスを受け継いでいたのだ。
 勉強も運動も出来ない。
 笑顔だけが素敵な男性。
 アーリア戦記にも、そんな記述しかないツェンなのだが、この部分が最大の能力である。

 「私がですか・・・いいのでしょうか。またあらぬことが・・・」
 「大丈夫。ここでロイマンさんが重要になります」
 「え? 私ですか」

 後ろに控えていたロイマンが驚いた。

 「はい。ロイマンさんの村から数人こちらに来てもらい、団体行動を学んでもらいましょう。それで相互での監視を行う事で、ここでの監視役を上手く機能させます。アーベンは、非常に難しい立ち回りをする。犯罪者更生施設になるのですよ。ですから、皆で頑張っていきましょうね」
 「その事は良いのですが。安全なのかどうか。そこが不安ですよ、ツェン様。こいつらを信用出来ないです・・・」

 ロイマンはスカーレットたちを見た。
 フュンを襲うナボルを見た事があるロイマン。
 彼は、サナリアの反乱を知る人物なのだ。
 疑ってもおかしくない。

 「それは当然で・・・」

 スカーレットは下を向いた。

 「ええ。そうでしょう。でも大丈夫。僕の目が、あなたが嘘をつかないと判断している」
 「え!?」

 スカーレットは顔を上げた。

 「僕は、人を見る。この目だけに自信があります。嘘はつかない。そういう顔をしている」
 「それは当然ですが。今日会ったばかりなのに。なぜ信用をしてもらえ・・・」
 「ええ。一目見ればわかります。あなたが一生懸命ここで生きてきたこともね。ですから、ここで恩赦です。ですが、あなた方には、あれを管理してもらいたい」

 ツェンが指差したのは、光の監獄の奥に出来たアーリアの究極の闇。
 激しい怒りが封じられ、忘れる事のない後悔、絶対に許さない恨みも封じられている。
 それが、闇の監獄である。
 建物の大きさは小屋程度で、正面だけがガラス張りの施設。
 建物以外に物などはなく、そこにあるのは一人の男だけ。
 呻き声をあげて、泣いているようにも見える男性が、その場に物のように置かれていた。
 目隠しをされていて光を感じられない生活。
 究極の監禁状態で生かされていた。

 「あれを、管理して欲しい」

 ツェンが恐ろしく冷たい目をしていた。
 それは、彼がミランダを殺したからである。
 母と父の深い怒りが、このサナリアの地には眠っていたのだ。

 生かしているけど、生きているとは到底思えない姿。
 本人は死にたいとでも思っているだろうが、お前だけは絶対に死なせないという強い意志が、そこにある。
 フュンとその周りの家臣たちからだ。
 闇の監獄はこの世の地獄に思える。
 
 フュンが考えた光の監獄は、あなたたちも更生してください。
 悪だって、生まれ変われるはずなんです。
 そのような呼びかけに見える施設なのに、闇の監獄はその反対だった。
 貴様のような奴は地獄にいけ。
 でも、殺さない。絶対にだ。

 あの時、ゼファーとギルバーンが言っていたことがここに体現されているのである。
 恐ろしい施設である。

 「あ、あれをですか」
 「はい。あなたたちは一度、お父様を殺そうとしている。でも、お父様は一度目の罪は許そうとしています。それにお父様は自分を狙ってきた人は許しています」

 そうフュンとは出来る限りの人間を生かしている。
 彼は大切な者を狙った場合にだけ、非道な手段を取るのだ。
 自分を狙って来た者は、かなりの頻度で許してきている。
 最初の誘拐事件の時のフュンを担いだ人物は、今もジークの商会で元気に働いているのだ。

 「「「・・・・」」」
 
 この言葉に黙って頷くしか出来ない。
 スカーレットたちはほぼ同時に言葉を飲み込んだ。

 「でも二度はない。そう思ってください。二度目。それはあなたたちでもあのような姿になるかもしれない。だから、あそこにいるラルハンのようには生きられませんよ。そこの奴のように生きていく事になります」

 ラルハンの方は、まだ人として生きられた。
 ここにいる皆と、良好な関係を築いていて、何とかして生きていたのだ。
 
 「だから罪の二度目はないと思ってください。これは脅しと捉えてもいいです。実際に恐ろしいですからね。僕でも怖いですもん。お父様が激怒する所など、見た事がありませんからね・・・怖い人なのかも知れません。僕の父は・・・」

 フュンの真の怒り。
 それを見た者はいないのではないか。
 ここにいるツェン、シュガ、ロイマン。
 それに、古くからいる家臣たち。
 そして、スカーレットを始めとする敵であったナボルの幹部、それにカミラとサナリアの元大臣たちでさえも、本当の怒りを見た者はいないかもしれない。

 それほど、今のあの男の姿を見れば、自分たちにしてきた事は、怒っている範囲に入らないと思えるのだ。

 「そうでしょう。どう思います? スカーレットさん」
 「わ、私もそう思います。アーリア王は慈悲深い方。その御方がこれほどの仕打ちをする・・・このような決断をすると言う事は、よほどの怒りなのでしょう。大切な者を失ったにしては仕打ちが大きい」

 スカーレットの考えが、自分とほぼ同じだと思ったツェンは、カミラにも聞いてみた。

 「どうです。お祖母様も思いますか?」
 「はい。思います。大罪を犯した私にだって、慈悲を与えた彼が・・・このような姿にしてまで生かすなど・・・ありえない所業。彼の怒りが頂点に達した証かと。でも、ここに収監された犯罪者が、彼の姿を見れば、もう一度罪を犯そうとは思えないでしょうね。ある意味、この人物がいることで、平和が保たれるかもしれません」
 
 非道な事をすれば、非情な結末が待っている。
 この人物が絶妙な立場で生きていることが、犯罪の抑止に繋がるかもしれないのだ。

 「では、もう一度お聞きします。スカーレットさん。やってもらえますかね?」
 「わかりました。私にお任せを」
 「ええ。それではここを開放します」
 「開放?」
 「はい。解放ではなく、開放です。このガラスを撤去してここを中心にして生きてもらいましょう。アーベン内では自由に行き来してもらってもいいです。あとは、この都市を出る時だけでいいので、僕に連絡をくれればいいです。許可制になっちゃいますが、外出ありですよ」
 「ば、馬鹿な。そんな条件なんですか?!」

 好条件すぎて驚く事しか出来ない。

 「はい。それであの男の管理を任せます。一般人には見えないように管理をお願いします。みなさんが住む場所がここで、犯罪者を収監する場所はあの闇を囲んで作ります。あ、それと兵士さんを育てる場所はアーベンの中心から外れますからね」
 「・・・わかりました。おまかせください。ツェン様」
 「ええ。お願いしますよ。信じてます」

 
 こうして、犯罪者を元犯罪者が見守るという組織がサナリアに誕生した。
 二度と裏切らない誓いを立ててもらい、そしてもしも裏切ったら、起きる現象はただ一つ。
 目の前の闇の監獄にいる人物のようになってしまうぞという脅しがあったのだ。
 だからこそ彼らも裏切るような真似はしない。
 スカーレットを中心に組織された者たちは、サナリアの秩序を保つのである。
 悪を持って、悪を制する。
 発想の転換であった。

 ツェンは、統治能力に長けていたのだ。
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