捨てたのは、そちら

夏笆(なつは)

文字の大きさ
1 / 8

一、三度目の顔合わせ

しおりを挟む
 

 

 

「トルッツィ伯爵令嬢。どうせ最後には捨てるのなら、最初から婚約などしないでいただきたい!」 

「は?何を言っているの?サリーニ伯爵令息。捨てるのは、貴方の方じゃない!」 

 びしっ、と相手に指をさす、まではしないものの、初対面である筈のその日。 

 顔合わせのその席で、伯爵家の跡取り娘であるアダルジーザ・トルッツィと、その婚約者候補で同じく伯爵家の三男、イラーリオ・サリーニは、挨拶もそこそこに、彩りよく配置された茶会のテーブルを挟んで睨み合う。 

「なっ・・・貴女を捨てる?俺が?」 

「ええ、そうよ。何よ、覚えているのではないの?」 

 今のイラーリオの言葉は、前世、もしくは前々世の記憶がある証拠だと確信したアダルジーザは、怪訝な顔のイラーリオを前に、臆す事なく言い切った。 

「覚えて・・・というか。思い出したのは、昨日だ」 

「あら、そう。それで、混乱しているのね」 

「それは違う!俺は、貴女に見限られて」 

 納得、と落ち着きを取り戻したアダルジーザがカップに口を付ければ、イラーリオが大きく首を横に振って訴えた。 

「・・・そうだ、アダルジーザ。君が、俺を、切り捨てたんだ」 

 アダルジーザ、と無意識なのだろうイラーリオに呼ばれて、アダルジーザは動きを止める。 

 

 アダルジーザ、か。 

 それに、この感じ。  

 そうよね、イラーリオはこんな風に話をしてくれていたんだわ。 

 

 内容は不穏だが、口調が、婚約してからのそれになっている、とアダルジーザは懐かしさを覚えた。 

 しかし、イラーリオが言っていることは全面的に誤りで、聞き流すことは出来ない。 

「見限るだの、切り捨てるだの。それをしたのは、貴方の方じゃないの。それなのに、私がそうした、とでも言いたいの?私が貴方を捨てたって?」 

「ああ。それが真実だからな」 

 懐かしさは感じるし、思ったよりもイラーリオに嫌悪は感じない。 

 それでも、この物言いは許せないとアダルジーザは眉を顰めた。 

「何だ。何か言いたそうだな」 

「だって、捨てたのはそっちなのに、私を悪者にするなんて酷いじゃない」 

「悪者になんてしてない。君を、そんな風に思うわけがない」 

 『それは誤解だ』と言ったイラーリオが、焦ったようにアダルジーザを見つめた。 

  

 嘘を言っている目では、ないわね。 

 そもそも、イラーリオは偽ることが苦手だったし。 

 

 前世、前々世に於いて、アダルジーザを捨てたのはイラーリオである。 

 その事実は変わらないものの、婚約解消に至るその時まで、イラーリオは誠実で優しく、アダルジーザは心からの信頼を寄せていた。 

 だからこそ、イラーリオの裏切りが辛かったと、アダルジーザは、過去の心の傷を思い出す。 

 しかしそれでも尚、温かな記憶が勝る、とアダルジーザは不思議な心地でイラーリオを見た。 

「なんだか、懐かしいわね。分かっている?イラーリオ。今貴方、私のことをアダルジーザと呼んでいるのよ?」 

「何だ。まさか、俺には名を呼ばれるのも嫌になったとでも言うのか?」 

 的外れなことを不機嫌そうに言われ、アダルジーザは淡く笑った。 

「そうじゃなくて。今日は、私たち初対面のはずでしょうに」 

「あ」 

 最初はきちんと『トルッツィ伯爵令嬢』と言ったのに、と言うアダルジーザに、イラーリオがしまったと口を開ける。 

「まあ、いいけれどね。私も、イラーリオと呼ぶから」 

 あっさりと言い切り、アダルジーザは肩を竦めた。 

「ああ、それでいいが。君は、相変わらずだな。切り替えが早いというか」 

「ありがとう。誉め言葉として受け取っておくわ」 

 しれっとして焼き菓子に手を伸ばすアダルジーザを、イラーリオが懐かしむように見つめた。 

「そうだな。こうやって君に会えたことは、嬉しい。とても」 

「何ですか、いきなり」 

「だって。俺はいつだって、君が恋しかったから」 

 微笑み言うイラーリオの瞳は、真実アダルジーザを優しく見つめていて、アダルジーザは何となくばつの悪い思いがする。 

「私を、捨てたくせに」 

 何を今更、とアダルジーザが言えば、イラーリオは大きく身を乗り出して叫ぶ。 

「だから、俺を見限ったのは君だと言っているじゃないか!」 

 そして話は振り出しに戻り、ふたりはテーブルを挟んで睨み合った。 

 
~・~・~・~・~・~・~・
ありがとうございます。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~

緑谷めい
恋愛
 私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。  4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!  一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。  あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?  王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。  そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?  * ハッピーエンドです。

大嫌いな令嬢

緑谷めい
恋愛
 ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。  同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。  アンヌはうんざりしていた。  アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。  そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

婚約者は一途なので

mios
恋愛
婚約者と私を別れさせる為にある子爵令嬢が現れた。婚約者は公爵家嫡男。私は伯爵令嬢。学園卒業後すぐに婚姻する予定の伯爵令嬢は、焦った女性達から、公爵夫人の座をかけて狙われることになる。

婚約者を交換しましょう!

しゃーりん
恋愛
公爵令息ランディの婚約者ローズはまだ14歳。 友人たちにローズの幼さを語って貶すところを聞いてしまった。 ならば婚約解消しましょう? 一緒に話を聞いていた姉と姉の婚約者、そして父の協力で婚約解消するお話です。

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

どうぞお好きになさってください

はなまる
恋愛
 ミュリアンナ・ベネットは20歳。母は隣国のフューデン辺境伯の娘でミュリアンナは私生児。母は再婚してシガレス国のベネット辺境伯に嫁いだ。  兄がふたりいてとてもかわいがってくれた。そのベネット辺境伯の窮地を救うための婚約、結婚だった。相手はアッシュ・レーヴェン。女遊びの激しい男だった。レーヴェン公爵は結婚相手のいない息子の相手にミュリアンナを選んだのだ。  結婚生活は2年目で最悪。でも、白い結婚の約束は取り付けたし、まだ令息なので大した仕事もない。1年目は社交もしたが2年目からは年の半分はベネット辺境伯領に帰っていた。  だが王女リベラが国に帰って来て夫アッシュの状況は変わって行くことに。  そんな時ミュリアンナはルカが好きだと再認識するが過去に取り返しのつかない失態をしている事を思い出して。  なのにやたらに兄の友人であるルカ・マクファーレン公爵令息が自分に構って来て。  どうして?  個人の勝手な創作の世界です。誤字脱字あると思います、お見苦しい点もありますがどうぞご理解お願いします。必ず最終話まで書きますので最期までよろしくお願いします。

処理中です...