捨てたのは、そちら

夏笆(なつは)

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四、一度目の婚約解消 解明

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「・・・・・アダルジーザに、騎士団へ来てほしくなかったのは、俺以外の男に惹かれてしまうのが、怖かったからだ」 

「は?」 

「一度目の時!アダルジーザを騎士団に近づけたくなかったのは、他の騎士と会わせないためだ!」 

 三度となる人生の、三度目の顔合わせの席で、未だ幼いイラーリオが拳を握って叫ぶ。 

「他の騎士と会わせないため、って。それは、何故ですの・・・って、まさか!イラーリオ、貴方。騎士団へ行けば、私が浮気をすると確信していたとでも言うの?そんな破廉恥な、慎みの無い女だと」 

 その言葉にアダルジーザが、侮蔑だと、きつい瞳でイラーリオを睨んだ。 

「そう言うけどな!?俺が居たのは、中央の騎士団なんだぞ!?しかも、騎士として有能なだけでなく、爵位も持っている者も多くて。つまりあそこには、アダルジーザの理想の男が、ごろごろ居たんだ。幾ら君が慎み深くとも、そんなことは関係ない。騎士のなかに、君を気に入って近づく者が居ないとも限らないからな。会わせないという選択肢しかなかった」 

 勢いに任せるよう言い切って息を吐くイラーリオを見つめ、アダルジーザは首を傾げる。 

「私の理想?それが原因で、私を騎士団へ寄せ付けなかったのは何となく分かったけど。私の理想って、なに?イラーリオは、妙に確信しているみたいだけど」 

 イラーリオが何を言おうとしているのか、今一つ把握できないアダルジーザが不思議な思いで問えば、イラーリオにじろりと睨まれた。 

「アダルジーザが言ったんじゃないか。『どんな時も護ってくれるような、強い人が好きだ』って」 

「あー・・・それは、言ったわね」 

 一度目の時、イラーリオに《理想の男》を尋ねられたアダルジーザは、当時の理想そのままにそう答えた覚えがある。 

「だから!俺は、誰よりも強くあろうと騎士になったんだ。それで、行く行くはトルッツィ伯爵家の騎士団を率いる力を付けたいと思って、色々な大会に出ているうちに中央の騎士団に誘われて。これで、誰にも文句を言われずトルッツィ騎士団に入れると思っていたのに」 

 『思いもよらぬ方へ話が進んでしまった』と肩を落とすイラーリオを、アダルジーザは信じられないものを見るように見た。 

「ちょっと待って。じゃあイラーリオは、うちの騎士団に入るのが、最終目的だったというの?」 

 考えもしなかった話に、アダルジーザが呆然と呟くように言えば、イラーリオが当然と力強く頷いた。 

「婿だから、ではなく、騎士として認められて入団したかった。それと、継ぐ爵位の無い俺にとって、やがて伯爵となるアダルジーザの伴侶として認めてもらうのも目標だった。確固たる地位があれば、それだけアダルジーザを守ることも出来る。つまり、実技の力と立場、その両方の力を得ることで、真に君を護れると思ったんだ」 

「ええええ・・・でも、言っては何だけど、規模が違い過ぎない?うちの騎士団と中央の騎士団だったら、中央の方が出世と言われるわよ?」 

 それが世間の常識だ、とアダルジーザが言えば、イラーリオも、確かに、と頷きを返す。 

「世間的には、そうだろうな。だが、俺にとっては違う。よりよくアダルジーザを助け、トルッツィ領を安全な場にする。それが俺の願いで、叶えるべき未来だと、ずっとそう思っていた」 

「それは、ありがとう。でも、地位と言ったって、うちは大したことないじゃない。そりゃ、そこそこではあるけど、国としてさほど重要なわけでもないし」 

 分からない、と言うアダルジーザに、イラーリオがぐっと体を乗り出した。 

「俺が欲しかったのは、アダルジーザを守るための地位だ。国としての重要性なんて、関係ない」 

 

 な、何よ。 

 そんな、全部私を護りたいがためだったみたいな言い方・・・・ずるいじゃない! 

 

「で、でも、ジーナ・コッリ辺境伯令嬢とのことは?相思相愛美男美女の運命だったのでしょ!?」 

 きっぱりと言い切るイラーリオが凛々しく見えて、アダルジーザは焦りつつ言葉を探し言えば、イラーリオが半目になった。 

「相思相愛美男美女の運命、な。それを知っていて、アダルジーザは俺に何も言わなかった、と」 

「だ、だって怖かったんだもの!『分かっているなら、婚約破棄してくれ』って言われても、冷静でいられる自信が無くて・・・そ、そうよ!自信が付いたら、ちゃんと聞くつもりだったの!本当よ!?」 

 勢い余ってテーブルを揺らし、その拍子にカップが揺らぐも、気にしている暇は無いと、アダルジーザはそのまま身を乗り出してイラーリオに迫った。 

「そんな自信、要らない」 

「要るでしょう!もし万が一、泣いたりわめいたりしたらどうするのよ!?そんなみっともない真似、絶対に嫌よ」 

 『それくらいなら、短剣で自分の胸を突く』と強い目で言うアダルジーザを、イラーリオは優しい目で見つめる。 

「騎士団長の娘御との仲を、噂されていることは知っていた。知っていて、放置したんだ」 

「ほら!知っていて、放置したということは、そういうことじゃないの!」 

 『正直に認めなさいよ』とアダルジーザは、居丈高に言い切った。 

「因みに。アダルジーザの言う<そういうこと>って?」 

「噂は真実だった、だから放置したということでしょう」 

「違うよ。俺は、アダルジーザに嫉妬してほしかっただけだ」 

「は?」 

「噂を聞いて、アダルジーザが嫉妬してくれたらとても嬉しい、なんて浮かれた気持ちでいたんだ。それが、君をあんなにも傷つけ、失うことになるとは考えもせずに」 

 イラーリオの瞳は真摯な悔恨の色を宿して、嘘の欠片も見えない。 

「・・・・・それを、信じろと?」 

 それでも直ぐに受け入れることなど出来るはずもなく、アダルジーザは、じっとその透き通る緑の瞳を見つめた。 

「俺は、想像していたんだ。噂を聞いて、ちょっと嫉妬して、甘えて来るアダルジーザは、どれほど可愛いだろうと」 

 思い出せばまたも想像するのか、イラーリオの表情がうっとりとしたものになる。 

「・・・ええと、集約するとつまり、何ですか。貴方は、トルッツィ騎士団を束ねるに相応しい存在となるために騎士を極め、私の気を引きたいがためにジーナ・コッリ辺境伯令嬢との噂を否定しなかった、と。そういうことですの?」 

「そういうことだ」 

 恥ずかしさも相まって、より事務的に問うたアダルジーザは、胸を張って言い切るイラーリオに、特大のため息を吐いた。 

「馬鹿ですか」 

「今となっては。いや、あの時も君を失ってから、俺は幾度もそう思った。俺は大馬鹿だと」 

「まあ。怖がってばかりだった私も、馬鹿だったということですね」 

 互いに一歩、踏み込めば、もう少しきちんと話をすれば済むことだったと、アダルジーザとイラーリオは互いに遠い目になってしまう。 

「今度は間違えない。嫉妬してほしいなど、思わない・・ことは無理だろうが、俺の気持ちを君に疑わせるようなことはしないから」 

「・・・・・でも。私、二度も貴方に裏切られているのよね」 

 絆され、流されかけたアダルジーザの脳裏に、二度目の婚約解消の時が、鮮明によみがえった。 

 
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