精霊に好かれた私は世界最強らしいのだが

天色茜

文字の大きさ
36 / 63
第四章冒険者事業

閑話 元精霊使いの回想③

しおりを挟む
俺はただ崖道を歩いていた。
どうせ戻っても追い返されるだけだ。

だから俺は自国と反対側に歩き、隣国の獣人国へ足を運ばせていた。しかし獣人国は人間を嫌っている。受け入れて貰えるはずがない。
つまり俺は、途方に暮れていた。

俺はまだ死にたくない。こんなところで終わりたくない。死刑にしないなんて言い、こんなところで置き去りだなんて死ねと言っているようなものだ。
どうしてこうなった?さっきまで俺は偉かった、強かったはずだ。

きっとあの女達のせいだ。アイツらがいなければ···。


···いや、本当はわかっていた。


何も無い俺に神は素晴らしい能力を与えた。
上手く使えば幸せで満たされる。しかし使い方を間違えると不幸になってしまうという能力。
そして俺は使い方を間違えた。だからこうして喉を渇かしながら崖道なんかを踏みしめている。

いや、この能力を持った時点で幸せなんか無いんじゃないか?誰もがきっと使い方を間違える。こんな能力、欲に溺れろと言われているようなもの。

それでも、あの女は幸せそうだった。
俺は自分以外のものをなんとも思っていなかった。だがあの女が向けた自分の愛馬や精霊に向けた優しい目、馬や精霊達が女に向けた目は、親しい仲であることは明らかだった。目つき悪い女なのに、怒りや憎しみを顕にしたり、優しい雰囲気になったことはすぐにわかった。

こんな事になったのは自分の責任だ。
周りの褒め言葉に自惚れた?そんな言い訳なんて要らない。自分の愚かさが起こした事態なんてことはわかっているつもりだ。

いつの間にか山を降り、いつもの釣り場の湖に来ていた。そこで俺はハッとした。

湖には人溜まりが出来ていたのだ。それも獣人の。
いつもはこんなに人なんて居ない。そもそもあんな大きな湖どうやって渡ってきたのだろう。
そう疑問に思ったことはすぐに答えが出た。

見えないほど遠くから伸び、湖岸には何か大きなツタの橋のようなものが生えている。
何を言っているのかわからないと思うが、ツタの橋が出来ているのだ。この前まで無かったはずなのに。
ここでふとあの黄緑色の髪の精霊を思い出す。まさかと思ったが、それ以外にありえないと確信した。

ツタの橋の周りには獣人達が集まり、観光地のようになっている。
俺の存在がバレたら、睨まれるか、最悪の場合攻撃される。
しかしここで逃げても後は何も無い。逆にここで何かしないとただ野垂れ死になるだけだ。

獣人に話しかけることを決意する。唾を飲み込み、俺の近くに居た犬人族の獣人に話しかけた。

「お、おい···」

声を出しハッとする。
いつもの癖で口調がキツい。ここは敬語にしなければならない。それに緊張のせいか声や足が震える。
声が小さかったので獣人は気づいていないようだ。深呼吸をしてもう一度話しかける。

「あ、あの···すみません···」

「ん?何か用か?」

獣人にそう返されたが、話しかけることに夢中で話の内容を考えていなかったことに気づいた。
緊張と焦り、恐怖で歯が噛み合わない。
話し出さない俺に対して獣人は驚いたように俺を見る。俺はこの獣人が俺のことを人間だと気づいたのだろうと察しがついた。

「おい、あんた人間か?」

「ふぇ?あ、はい、そう、です···」

てっきり罵声を浴びせられたり殴られたりするだろうと思っていた予想は裏切られ、間抜けな声を出してしまう。それでも質問に答えられただけまだ良いが。

「リーダー!あのツタやばいわよ、絶対フォレ様のよ!リーダーももっと近くで見てみなさいよ!」

犬人族の獣人に興奮気味に話しかけてきたのは兎人族の女だった。
女は俺に気づき、不思議そうに俺と犬人族の男を見ながら話しかける。

「リーダー、この人もしかして···」

「人間だ」

「やっぱり!?またかー···」

「リーダーからの命令だ。今日はもうこの人間を保護して帰るぞ」

「お、リーダーが優しいわね。アリサさんの影響かしら。じゃあマアレとウェーズ連れてくるわね」

獣人達のよくわからない会話を聴き、俺は今日何度目かわからない連行を受けた。
連行と言っても、「来い」という獣人四人組に抵抗の使用もなくついて行っただけだった。
見たところ悪そうな奴らではないが···油断は禁物だ。

道中は草原は良いがツタの橋まで渡った。いくら大きくて頑丈そうと言っても、明らかに地上から離れている高い位置であり、強い風がたまに吹くので心臓が止まるところだった。

そうして着いたところはとある街の一軒家だった。
途中で他の獣人の目線が来ないか気にしたが、四人組が俺を囲み目立たないようにしてくれたり、街の門番を気にした際にも犯罪者を見つけ出す魔法道具も使わないで、四人組を見るなり簡単に通してくれた。

四人組が信頼されているというのもわかったが、街の住民、兵士達も浮かれているような忙しくしているような、それどころではないと言った様子だった。

そうして着いたのは小さな一軒家だ。
王宮に住んでいた俺としては随分貧相に感じたが、文句を言っている場合では無い。

「リーダーはこんな街に一軒家なんて持っていていいわね。私なんて田舎の小さなところよ」

「俺はブルスの幼馴染だからこの家の近くだぞ。家に親は居るが」

「わ、私は王都ですよ、貧しい方でしたが···」

獣人達が話しをしている。俺は家へ招待されてしばらくして口を開いた。

「あの、俺はなんでここに連れてこられ···招かれたのでしょうか?」

「···人間があんなところに居たら過激な獣人の被害に遭うだけだ。俺達は獣人と人間を差別しない」

獣人は真面目にそう答えた。
そんな理由でこんな俺を連れて来たのか?
差別しないと言っても周りになんと言われるかわかっているだろう。心の優しい奴らだ。
その優しさに漬け込み、上手く自分が暮らせる環境を作ることが出来そうだ。

そう思ったのに。

「俺は犯罪者ですよ」

何故こんな首を締められるような、胸の奥が泣いているような感覚に襲われるのだろう。

俺は泣きそうになった。
これが久しく忘れていた「罪悪感」という感情だと気づくのに時間はかからなかった。

「俺は精霊使いに酷い無礼を働き、国外追放となった、ただの、犯罪者だ。その他にも死刑にされるような罪を犯した」

言葉が止まらなかった。
こんなこと言っても自分の立場が悪くなるだけなのに。自分の意思と反し壊れた機械のように途切れ途切れに自白を続けた。

俺は前を見ることが出来なかった。獣人達を見れなかった。怖かった。獣人達からは呆れたような声が聴こえる。

「···ま、アリサさんが許してくれたからいいけど···私達も十分死刑に等しい無礼だったわよね···」

「だな。···お互い様か」

獣人達がブツブツと何か話し合っている。そんな話も聴きたくない俺は耳を塞ぎ顔を伏せた。

「で···あんた」

兎人族の女に呼ばれ顔を上げる。
酷い表情だったのだろう。驚いた顔をした女は、ハッとして、咳払いをした。

「国外追放ってことは行くあてもないのよね?じゃあ一緒にここに住まない?」

「···え?」

何を言っているのだろう。俺の話を聞いていなかったのだろうか。
女は俺が聞こえなかったとでも思ったのかさらに説明を始めた。

「あ、私達普段はリーダーのブルスの家に同居してるんだけど···まあ宿代とか勿体ないから。でも私達四人揃って家事が本当に駄目なのよ。だから家政夫みたいな感じで雇いたいんだけど。···駄目かしら?」

「えっ、あっ、でも···」

驚いて言葉が上手く繋げられない。
俺は十年以上家事なんてやっていないのだ。子供の頃は当たり前のように毎日やっていたが、今となると自信が無い。

いや、それ以前にこの女の言葉が信じられない。俺は犯罪者だ。一体何を考えているのだろう。
しかしこんなに美味い話は無いだろう。俺はすぐに乗ろうとした。

「···でも、俺は犯罪者ですよ?」

···何を言っているのだろう。こんな時まで。
しかし女は優しい柔らかい笑みで言った。

「それがどうしたのよ。確かに過去の過ちは取り返しがつかないけど、私達は反省して泣きそうになっている弱虫くんを放っておくほど下劣じゃないわ」

その顔を見て、言葉を聴いて、冷えきった胸が温かくなるのを感じた。

「そうだ、男のくせにうじうじするな!」

「つ、辛いことがあったかもしれませんが、私達を信じてください!」

「困った時はお互い様だろ?」

くさい言葉だな、そう思いながらも心が温まり、涙が出そうになるのはこの獣人達の優しさに触れたからだろう。



俺はこの恩人達の手を取り、「精霊使い」ではない新しい人生を歩み始めた。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...