花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト

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 五人、いや、六人か。

 皆、手に剣をもっている。

 市街で群れても人目をひかないぎりぎりの人数で こちらの退路を断つように散開しながら近づいてくる。

「龍仁様、この人たち……」

「皇太后の手の者だろう。
 嶺家を見張っていたか、俺が城を出るのを見てつけてきたか」

 低く言って、龍仁が迷うことなく剣をぬいた。

 朱音を立ちあがらせて言う。

「朱音、俺から離れるな。
 できるな?」

 戦う気だ。

 毒をのんでまだ体が回復していないのに。

 朱音は自分が蒼白になるのを感じた。

(私のせいだ)

 今が大事な時期と知っていたのに。

 もっと慎重に行動すればよかった。

 せめて佑鷹に連絡を取ろうと努力していれば。

 後悔する。

 なのに朱音は何もできない。

 彼にかばわれることしかできない。

 驚いて固まっていた黄黄を胸に抱えこんで、朱音は龍仁の背に隠れた。

 まだ力の入らない足を叱咤して、必死に龍仁に示された位置へと移動する。

 刺客たちが襲いかかってくる。

 龍仁が剣をふるう。

 くぐもった声が聞こえて、生臭い臭いが雨にまじった。

 血の臭いだ。

 はじめて見る実戦に、眼の前が暗くなって倒れそうになる。

 でも黄黄を抱きしめて踏ん張る。

 これ以上、彼のお荷物になどなってたまるか。

 眼の前に血走った眼をした男の顔が迫ってきた。

 すかさず龍仁が剣をふるう。

 血しぶきが舞った。

 ひっ、と、悲鳴をあげかけて、朱音は眼をつむった。

 見るから怖い。

 だから眼を閉じて龍仁の気配だけを全身で追う。

 彼の背だけを意識して、彼の邪魔にならないように懸命に動く。

 そして他の音や臭いを遮断する。

 激しい息遣い、雨をはじく剣の音、泥を踏みしめる足音。

 一気に押しよせた暴力の気配に朱音が固くなっていると、大きな手が眼をおおうように顔に置かれた。

 そして彼の低い声が聞こえた。

「いい、もう撃退した」

 龍仁に言われて、ようやく周囲の音が絶えていたことに気がついた。

 眼を開ける。

 地面には泥に混じって外套の切れ端やどす黒い染みが散らばっていた。

 でももう誰もいない。

「よく耐えた。
 並の女なら腰を抜かして足手まといになっていたところだ。
 頑張ったな」

 彼に怪我はないか見あげると、平気だ、というように龍仁が笑ってみせた。

 外套の下の衣が少し乱れているのは、返り血をぬぐおうとしたからだろうか。

「衝撃だっただろうが移動するぞ。
 後続がきては困る」

 朱音は黄黄を抱きしめたまま顔を左右にふった。

 そんな気づかってもらう資格はない。

「乗れ。
 とにかくこのままでは体が冷える」

 それでも動けずにいると、龍仁が朱音を馬に抱きあげた。

 そのまま彼が後ろに乗る。

 彼の体が近づくと濃い血の臭いがした。

 龍仁が手綱をとろうと前かがみになる。

 彼の外套が朱音をくるむように前におちてきて、雨から守ってくれる。

「雨が視界を遮って蹄の跡も消してくれる。
 助かったな」

 背に彼の体温を感じる。

 身じろぎをしたら、落ちるぞ、と声がして、深く抱えこまれた。

 朱音は唇をかんだ。

 こんな時なのに自分はまた彼の行動の意味を考えようとしている。

(駄目。
 龍仁様の優しさは信じていい。
 優しい人だから。
 だけどそれ以上は信じちゃ駄目……)

 感謝はしてもいい。

 申しわけなく思うのもいい。

 だけど思いあがっては駄目。

 ぐらぐらする頭の中で必死に自分を諌める。

 龍仁が身じろいだ。

 朱音を抱えた姿勢が居心地が悪かったらしい。

 そっと身を離している。

 だけど腕はとかない。

 そして低く言った。

「びしょ濡れのままでは皇城には戻れない、ちょっと寄り道をするぞ」

「え……?」
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