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第1章
契り 14※※
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《perspective:結月》
キーボードを打つ手を止め、ちらと時計を見る。もうすぐ19時になるところだった。
おかしい。17時には帰ると言っていた。さすがに遅すぎる……。
迎えに行ってみるかと、胸のざわめきを抑えながら、車のキーを取り出した。
車を飛ばし、亜矢の高校に着くなり、俺は辺りを見回した。閉じられた門の先に人影はなく、しんと静まり返っている。
暗がりの中に佇む校舎に灯りはひとつも見えない。
……一体亜矢は何処に行ったんだ?
亜矢に電話をかけようと試みたが、電源が切られていて繋がらなかった。
不安が募る。
行き違いだろうか……?そう思いながら車に戻ろうと踵を返すと、ぼんやりとした小さな灯りが視界に入った。
それは木立の中にある古びた倉庫からで、明らかに不自然だった。
――まさかな……。
嫌な予感を打ち消そうとするが、一層気になってしょうがない。
俺は、灯りの漏れる方へと足を進めた。
どうして、そういう予感ほど的中するのだろう。小窓から見えたその光景に目を疑った。
* * *
《perspective:亜矢》
カタチをもつ欲望が僕のすべてを嬲る。
溢れ出る体液が太腿の裏を伝う。
口腔も中心も犯され、代わるがわる下を受け入れながら、ただただ、悦に酔いしれる。
「宮白っ、お前マジ淫乱……」
「……とんだ変態野郎だな、こんなにされてんのに、悦んでんのか?」
どんな言葉を男達から浴びせられようとも、もう何も感じない。
代わりに口から漏れる、意志とは反する言葉。
もっともっと、と叫び求めていた。
堪らなくなって自ら腰を淫らに揺らす。
頭では拒んでるのにカラダが求めている。
体の奥底から湧き上がる高ぶる欲が僕を操る。
逃れられない。この快楽から。
こんなにも汚れたカラダ、もう、壊れてしまえ……。
グラリと意識が霞んだその瞬間。
「ぅゔっ……!!」
ガツンッ、ドスッ……
突然の鈍い音と、叫び声が倉庫の中で響く。
一体、何が……?
閉じた目を恐る恐る開けてみると、誰かが、僕と今まで繋がっていた男を引き剥がし、殴っている瞬間が目に飛び込んだ。
「今すぐ失せろ。――そうでなければ、殺す」
低く唸ったその声は、紛れもなく、結月さんのものだった――
「痛っ……何なんだよ、コイツ……」
「おい、やべぇって……」
男達は狼狽して散り散りに倉庫から出て行った。
一気に襲う、異様なまでの静けさ。何故か形容し難い恐怖が湧き上がる。
結月さんは肩で息をして僕の目の前に立っていた。
何も言わず、目も合わせてくれない。
結月さんは一体何を考えている……?
怖い、逃げたい。でも何か、言わなきゃ……。
そう思うのに言葉が出ない。その代わりにボロボロとただ涙が零れた。
「――亜矢」
長い沈黙の後、名前を呼ばれてそっと顔を上げる。
感情の見えない瞳が僕を捉えた。
「悪い……今は、優しくできない」
結月さんは静かにそう言うと、目を伏せて踵を返した。
「結月さんっ……!」
反射的に彼の腕を掴む。
「やめろ……」
上から降ってきたのは、これまで聞いたことのない、氷のような声だった。
「これ以上近づいたら犯すぞ……!お前を強姦して……監禁して……ッ」
荒ぶった口調に瞬時に体が強張る。くぐもった声が聞こえてハッと結月さんの顔を見た。目尻が光ったような気がした。
「――俺は、どうすればいい?……俺じゃ駄目なのか?不満か?」
「ッ違っ……!!」
ガンと彼の拳が壁を打つ。
「だったら今のは何だよ……!俺にも見せたことのない顔で、あんなに男に悦がって……あれは何だったんだ……?」
叫びを押し殺したような声で捲くし立てるように結月さんが唸った。
初めて見る歪んだ表情に、全身が凍りつく。
言ってしまおうか。でも、伝えたところで状況は変わらない。寧ろ幻滅させてしまうかもしれない……。
ならばいっそのこと、何も知られずに彼から離れてしまったほうがいい……。
「――先に、帰っているから」
結月さんは、何も言えない僕を見つめ、呼吸を整えながら静かにそう言った。
「っ、待っ、て……!」
気がつくと目の前の背中にしがみついていた。
――彼の元へ帰る資格なんて、きっともうないのだから。
「結月さん……僕と、別れてください」
腕を回し、服を掴む手にギュッと力を込める。
「お願いです、これで、最後にしますからっ……少しだけ、こうさせて……」
声を押し殺して懇願し、結月さんの背中に顔を埋めた。
本当は怖い。この温もりがなくなるのは。
――離れたくない。
「好き、です……。離れてもずっと……結月さんのこと、好きでいたい」
自分に言い聞かせるように、僕はそう呟いていた。
もう一生、恋はしないと決めていた。
それなのに、こんなにも彼を好きになってしまった。愛されたいと思った。
この想いは二度とないと、気づかせてくれた。
だから、僕は、ずっと結月さんを……。
「亜矢ッ……」
回した腕に、大きな手が重なる。
次の瞬間、僕は結月さんに抱きすくめられていた。
「誰にも、触られたくない。俺だけのものにしたい……」
「ゆ、づきさ……」
僕の頭を抱える手が、声が、震えている。
「亜矢が、どうしようもなく好きなんだ……」
苦しそうに紡ぐその言葉に、ギュッと胸が締め付けられる。
直ぐ側で彼の心臓の音を聞いて、一気に涙が溢れた。
結月さんは耳元で何度も僕の名前を呼んだ。苦しいほどに、切ない声で。
ちゃんと伝えなきゃ。こんな僕を、まだ好きでいてくれるのだから――
結月さんは無言で、自宅へと車を走らせた。
信号待ち、僕は静かに口を開いた。
「結月さん」
「ん……?」
「僕、家に帰って伝えなきゃいけないことがあるんです……」
「……亜矢?」
――きっと、大丈夫。結月さんなら、僕の痛みを分かってくれる……
キーボードを打つ手を止め、ちらと時計を見る。もうすぐ19時になるところだった。
おかしい。17時には帰ると言っていた。さすがに遅すぎる……。
迎えに行ってみるかと、胸のざわめきを抑えながら、車のキーを取り出した。
車を飛ばし、亜矢の高校に着くなり、俺は辺りを見回した。閉じられた門の先に人影はなく、しんと静まり返っている。
暗がりの中に佇む校舎に灯りはひとつも見えない。
……一体亜矢は何処に行ったんだ?
亜矢に電話をかけようと試みたが、電源が切られていて繋がらなかった。
不安が募る。
行き違いだろうか……?そう思いながら車に戻ろうと踵を返すと、ぼんやりとした小さな灯りが視界に入った。
それは木立の中にある古びた倉庫からで、明らかに不自然だった。
――まさかな……。
嫌な予感を打ち消そうとするが、一層気になってしょうがない。
俺は、灯りの漏れる方へと足を進めた。
どうして、そういう予感ほど的中するのだろう。小窓から見えたその光景に目を疑った。
* * *
《perspective:亜矢》
カタチをもつ欲望が僕のすべてを嬲る。
溢れ出る体液が太腿の裏を伝う。
口腔も中心も犯され、代わるがわる下を受け入れながら、ただただ、悦に酔いしれる。
「宮白っ、お前マジ淫乱……」
「……とんだ変態野郎だな、こんなにされてんのに、悦んでんのか?」
どんな言葉を男達から浴びせられようとも、もう何も感じない。
代わりに口から漏れる、意志とは反する言葉。
もっともっと、と叫び求めていた。
堪らなくなって自ら腰を淫らに揺らす。
頭では拒んでるのにカラダが求めている。
体の奥底から湧き上がる高ぶる欲が僕を操る。
逃れられない。この快楽から。
こんなにも汚れたカラダ、もう、壊れてしまえ……。
グラリと意識が霞んだその瞬間。
「ぅゔっ……!!」
ガツンッ、ドスッ……
突然の鈍い音と、叫び声が倉庫の中で響く。
一体、何が……?
閉じた目を恐る恐る開けてみると、誰かが、僕と今まで繋がっていた男を引き剥がし、殴っている瞬間が目に飛び込んだ。
「今すぐ失せろ。――そうでなければ、殺す」
低く唸ったその声は、紛れもなく、結月さんのものだった――
「痛っ……何なんだよ、コイツ……」
「おい、やべぇって……」
男達は狼狽して散り散りに倉庫から出て行った。
一気に襲う、異様なまでの静けさ。何故か形容し難い恐怖が湧き上がる。
結月さんは肩で息をして僕の目の前に立っていた。
何も言わず、目も合わせてくれない。
結月さんは一体何を考えている……?
怖い、逃げたい。でも何か、言わなきゃ……。
そう思うのに言葉が出ない。その代わりにボロボロとただ涙が零れた。
「――亜矢」
長い沈黙の後、名前を呼ばれてそっと顔を上げる。
感情の見えない瞳が僕を捉えた。
「悪い……今は、優しくできない」
結月さんは静かにそう言うと、目を伏せて踵を返した。
「結月さんっ……!」
反射的に彼の腕を掴む。
「やめろ……」
上から降ってきたのは、これまで聞いたことのない、氷のような声だった。
「これ以上近づいたら犯すぞ……!お前を強姦して……監禁して……ッ」
荒ぶった口調に瞬時に体が強張る。くぐもった声が聞こえてハッと結月さんの顔を見た。目尻が光ったような気がした。
「――俺は、どうすればいい?……俺じゃ駄目なのか?不満か?」
「ッ違っ……!!」
ガンと彼の拳が壁を打つ。
「だったら今のは何だよ……!俺にも見せたことのない顔で、あんなに男に悦がって……あれは何だったんだ……?」
叫びを押し殺したような声で捲くし立てるように結月さんが唸った。
初めて見る歪んだ表情に、全身が凍りつく。
言ってしまおうか。でも、伝えたところで状況は変わらない。寧ろ幻滅させてしまうかもしれない……。
ならばいっそのこと、何も知られずに彼から離れてしまったほうがいい……。
「――先に、帰っているから」
結月さんは、何も言えない僕を見つめ、呼吸を整えながら静かにそう言った。
「っ、待っ、て……!」
気がつくと目の前の背中にしがみついていた。
――彼の元へ帰る資格なんて、きっともうないのだから。
「結月さん……僕と、別れてください」
腕を回し、服を掴む手にギュッと力を込める。
「お願いです、これで、最後にしますからっ……少しだけ、こうさせて……」
声を押し殺して懇願し、結月さんの背中に顔を埋めた。
本当は怖い。この温もりがなくなるのは。
――離れたくない。
「好き、です……。離れてもずっと……結月さんのこと、好きでいたい」
自分に言い聞かせるように、僕はそう呟いていた。
もう一生、恋はしないと決めていた。
それなのに、こんなにも彼を好きになってしまった。愛されたいと思った。
この想いは二度とないと、気づかせてくれた。
だから、僕は、ずっと結月さんを……。
「亜矢ッ……」
回した腕に、大きな手が重なる。
次の瞬間、僕は結月さんに抱きすくめられていた。
「誰にも、触られたくない。俺だけのものにしたい……」
「ゆ、づきさ……」
僕の頭を抱える手が、声が、震えている。
「亜矢が、どうしようもなく好きなんだ……」
苦しそうに紡ぐその言葉に、ギュッと胸が締め付けられる。
直ぐ側で彼の心臓の音を聞いて、一気に涙が溢れた。
結月さんは耳元で何度も僕の名前を呼んだ。苦しいほどに、切ない声で。
ちゃんと伝えなきゃ。こんな僕を、まだ好きでいてくれるのだから――
結月さんは無言で、自宅へと車を走らせた。
信号待ち、僕は静かに口を開いた。
「結月さん」
「ん……?」
「僕、家に帰って伝えなきゃいけないことがあるんです……」
「……亜矢?」
――きっと、大丈夫。結月さんなら、僕の痛みを分かってくれる……
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