音を失った令嬢は、声を失った元英雄に拾われる

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家

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5「こ・ん・に・ち・は」

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 防衛――城壁造りが主産業とも言える領都サイラスは、軍人と職人を中心に回っている。
 城壁造りのために人々が集まり、集まった人々を支えるために人が集まり、そうした人々を相手に一旗揚げようと人々が集まった。
 街の中央に軍司令部(サイレンのお屋敷含む)と基地、そして軍人と職人の宿舎があり、その周りに商店や宿屋が立ち並び、その周りに畑が広がり、それらを取り囲むようにして城壁があり、城壁の外にも畑が広がっている。

 この城壁ができたころにはまだ、【沈黙の魔王】による音を奪われる呪いは発動していなかったのだそうだ。
 だが、魔王国が『魔の森』で大量の魔物を育成し始め、魔族が得意とする魔法【従魔テイム】によって私たちの王国側へ指向性を与えられた魔物が襲撃してくるようになって……王国が魔の森に対する防壁の必要性を議論し始めたころにはもう、呪いは発動していた。

 それが、今から4年前の話。
 ちょうど私たちの王国――ポメラ王国が、西のゲルマ帝国による侵攻を受け始めたのと同じ時期。
 ゲルマ帝国と魔王国間で密約があったのかなかったのか。
 なかったとしても、魔王国側がスパイを通じて帝国の攻勢を知り、火事場泥棒的に攻勢を始めたのは間違いないだろう。

 地理は、こうだ。
 大陸の中央に位置する、北を海に面した半内陸国のポメラ王国。そこそこ大きく、歴史も深い。
 その西で産業革命を成功させ、領土伸張を続けているのがゲルマ帝国。
 ポメラの東でどっしりと構え、大昔から北東の凍える大地を支配し続けているのが魔王国。
 地球に例えるなら、ポメラ = ポーランド、ゲルマ = ドイツ帝国、魔王国 = ロシア帝国。

 ポメラはだいたいいつの時代も、左右から食い荒らされてるイメージ。
 ポメラもけっして小国ではなく、というか中央集権化を成し遂げた大国なんだけど、なにぶん左右の国が強過ぎ・好戦的すぎるのよね。

 なお、ポメラ王国と魔王国が戦争状態なのかというと、実はそうではない。
 魔王国はあくまで、魔の森を抑え込むために【沈黙】の呪いを発動させているだけ。
 サイラス領まで呪いで覆っているじゃないかって? ちょびっとはみ出しちゃっただけだよ。コントロールが難しくって。ごめんねてへぺろ。
 魔の森で魔物を養殖してるだろうって? してないしてない、勝手に増えてるだけ。
従魔テイム】でポメラ王国側に魔物をけしかけてるだろって? してないってば。そっちの方が温かいし肥沃だから、魔物がポメラの方に行くのは当然でしょ。というか、ポメラが魔の森を管理してくれてもいいんだよ?

 ……と、こんな感じ。
 ううむ、権謀術数渦巻く異世界情勢は複雑怪奇だ。
 そんな感じで外交的敗北を喫しているポメラなのだが、宣戦布告されてもいないのに、東の防衛線サイラスは崩壊寸前。
 これで実際に戦争を仕掛けられたら、サイラスはおろかポメラ東部は崩壊するだろう。

 さて。
 サイラス。
 サイレン・フォン・サイラス。
 救国の英雄、【勝ち鬨】サイレンは今から1年ほど前、西の国境にいた。
 ポメラ軍の将軍として、ゲルマ帝国の近代化軍を相手に戦っていたのだ。

 指揮を高める彼方まで轟く声と、自ら先陣を切る勇猛さで、多大な功績を残した【勝ち鬨】サイレン。
 彼の持つエクストラスキル【鼓舞】は、聴いた者の心に勇気を抱かせ、心を強くし、肉体まで強化させる力を持つ。
 彼の演説ときたら伝説級で、幽閉されていた私ですら記事を目にしたほどだ。

 しかし、いくら強力な支援バフスキルを持っていたとしても、マスケットで武装したゲルマの大軍には敵わなかった。
 壮絶な撤退戦で喉に致命的な傷を負ったサイレンは、スキルを発動させるために必要な『声』を失ってしまった。
 そうしてふさぎ込むようになってしまった彼から兵と民衆は離れていき……。
【沈黙】サイレンと揶揄されるようになった彼は、捨てられるようにして、ここ、辺境領サイラスに転封されたのだ。

 なお、ゲルマとの戦争は、ゲルマ優位な講和によって1年間の休戦となった。
 ゲルマの南、オース = ハンガリア二重帝国で内紛が起き、肥沃な土地を求めたゲルマが二重帝国への介入に忙しくなったからだ。
 何とも救いのない話である。

 魔王国がポメラに戦争を仕掛けてこないのは、ゲルマが抜けてしまったからだろう。
 逆を返せば、1年後、二重帝国を消化したゲルマが再びこちらに目を向けたそのとき、サイラス領は本当の脅威にさらされるのかもしれない。
 1年。たったの1年で、サイレンは広大な魔の森に対する防壁を張り巡らさなければならないのだ。
 これは、大変な仕事だ。

 そうして、今。

「こ・ん・に・ち・は」

 私は礼拝堂の最奥に立ち、居並ぶ『生徒』たちに向かって手話をする。
 先頭に座っている『生徒』――サイレンと目が合った。
 彼は、まるで少年のように目を輝かせ、私を見上げている。
 授業が始まる。
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