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第2章 「私が領主になって無双する話」

68(閑話) 「ある男の半生」

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新章突入早々の閑話で申し訳ありません。m(_ _)m
第1章で主人公アリスが奮闘している裏で何があったのかというお話です。


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 14の時に、父が死んだ。
 嫡男だった私は、何の準備も覚悟もないまま、ロンダキルア辺境伯となった。

 毎日が恐怖の連続だった。
 いつ攻めてくるやもしれぬ魔王国、どこで発生するやもしれぬ魔物の集団暴走スタンピード
 味方であるはずの王国の貴族たちからは、デタラメなウワサを流され、後ろ指を指される日々。利権や領土を毟り取ろうと虎視眈々と狙ってくる貴族家や、年若い上流貴族である私に年増の娘を嫁がせようとする親族たち……。

 父に依存しきっていた母は、糸の切れた人形のように伏せってしまい、まるで役に立たなかった。

 何もかもが上手くいかない。ある日、執務室に飾られていた調度品のひとつがなくなり、執事にそれを指摘しても、しらを切られる。
 回り全てが敵だった。貴族社会も、役立たずの母も、親族も、部下であるはずの陪臣も、使用人たちも。

 毎晩、ベッドの中でひっそりと泣いた。

「何をそんなに泣いているんだい、坊や?」

 そんな時、私はスピオーネに出会った。

「だ、誰だ!?」

 初対面は、驚愕。
 厳重に見張りを立たせておいたはずの寝室で、いきなり声がしたのだから。
 唯一使える光魔法【灯火トーチ】を声の方へ投げかけると、そこには妙齢の女性が立っていた。
 見張りの買収、暗殺の可能性まで考えた。だがおかしい。暗殺するつもりなら声なぞかけないだろうし、そもそも相手は無手の女ひとり。

「あたし? あたしはスピオーネ。流れの魔法使いさ。」

「ど、どういうつもりだ!? ここで何をしている!」

「旅の途中、立ち寄った領の領主様が最近変わったって聞いたんで、どんなやつか見てみようと思ったのさ。まぁ単なる興味本位――ヒマつぶしさね」

「誰か! 誰かぁっ! 見張りはいないのか!」

「【物理防護結界】を張ってるからねぇ、扉の外に声は聞こえないよ。これは善意からの忠告だけど、いくら厳重に見張りを立てても、魔法に対する防御がザルだとなんの意味もないよ。ほれ、この魔道具をあげよう……魔法の発動を検知すると、光る腕輪さ」

 ベッドのそばまでズカズカと歩いてきた女が、光り輝く腕輪を差し出す。
 ……少なくとも害意・殺意はないようだった。

「……な、何が目的だ?」

「言ったろう? ヒマつぶしだと。あたしゃ人並み以上に魔法が使えるから、お金には困らないんだ。だからこうして旅をしながら、面白そうなやつを見つけて、話し相手になってもらっている。ほれ!」

 女の手のひらから次々と生み出される、精巧な金細工の数々。

「な、な、な……」

「あげるよ。お近づきのしるしさ」


    ◇  ◆  ◇  ◆


 その日から、女――スピオーネが、数日おきに夜な夜な寝室に現れるようになった。

 スピオーネは私の話を聞いてくれた。それは生まれて初めての快感だった。
 独善的な父、そんな父の方しか見ていなかった母、父の死以降はあからさまに私を見下してくる陪臣たち、舐め切った使用人……。

「……それで、陪臣たちが言うことを聞いてくれないんだ」

「言うこと聞かせりゃいいじゃないか。あんた、この領で一番偉いんだろう?」

「そんなに簡単な話じゃないんだよ」

「いくらでも方法はあると思うんだけどねぇ……【精神汚染】魔法で脳ミソ空っぽにさせて操るもよし、【従魔テイム】して使役するもよし」

「スピオーネみたいにすごい魔法は使えないよ……っていうか、人間を【従魔テイム】できるの!?」

「できるさ、そりゃ魔物相手よりは魔力は食うけど、バカな人族なんて、高い知能を持った一部の魔物を相手にするより簡単なくらいさ」

「でも……僕にはそんな魔力はない」

「そうさねぇ……あ、じゃあ塩を絞ればいいじゃないか。塩がなければ、人族は生きていけないんだから」


    ◇  ◆  ◇  ◆


 そこから、何もかもが上手く回り始めた。
 領主権限で塩を専売化し、塩ギルドを立ち上げさせ、塩の流通を制御するだけで、今まで舐めた態度を取っていた陪臣や使用人、果ては領都にいつく貴族たちまでもが揉み手ですり寄ってくるようになった。

 塩のことを教えてくれただけじゃない。スピオーネは、私が望めばなんでも出してくれた。
 金銀財宝。
 魔法を跳ね返す特殊な煉瓦。
 魔物の接近を検知する魔道具。
 塩だけでは言うことを聞かない貴族の心を操縦するアクセサリー……。

 私はスピオーネに溺れ切った。スピオーネは私の全てだった。


    ◇  ◆  ◇  ◆


「坊や、結婚しないのかい? そろそろ人族の適齢期だろう」

 スピオーネと出会ってから数年たった頃、スピオーネがそう言った。

「僕は――…。スピオーネは、僕のことをどう思う?」

「はぁ? ……ぷっ、くくっ、あっはっはっはっ!」

 スピオーネが冷たく笑い、

「魔族たる私が、坊や程度の魔力しかない男に嫁ぐ? 天地がひっくり返ってもありえないね。魔族は魔力至上主義。男の価値は魔力で決まるのさ」

「……え? ま……ぞ……く……?」

「ほれ」

 言って頭上をふわりと指で示すスピオーネ。そこには今まで見たことがなかった、2本の角が生えていた。漆黒の、不吉なねじれ角。

「な、な、それは――」

「結界魔法の一種だよ。特定の空間の視覚を欺瞞するのさ」

「そっちの話じゃない!」

「だから言ったろう、魔族だと。魔王国領と国境を接する領に取り入り、反逆を促す……それがあたしの任務さ。魔王様のご復活は、きっと近い。魔王様に忠誠を誓い、入念に【従魔テイム】して頂いているあたしには、感じることができるんだ。
 改めてコンニチハ、坊や。あたしの名前は『間諜の女スパィオーネ』。稀代の魔法使いにして、魔王国四天王のひとりだよ。
 ――あんた、今さらあたし抜きでやっていけるのかい? ほれ、アンタに好意を持たせる魔法がこめられたネックレスだよ。上流貴族家のデビュタントにでも行って、気に入ったご令嬢に渡してきな。
 なぁに、あたしの言う通りにさえしていれば、命までは取らないさ」

 ……そう。この日から、私の地獄の日々が始まったのだ。


    ◇  ◆  ◇  ◆


 正室と側室2人を娶り、息子が4人、娘が2人生まれた。
 長男と次男は正室から生まれ、次男は15の時に家出してしまった……まぁ数年後に【竜殺し】の称号とともに戻ってきて、城塞都市を守る役目を国王陛下に任じられたが。

 その間、私はスピオーネから離れられなかった。
 私はスピオーネに言われるがまま、城塞都市の予算と塩を絞って砦と壁の弱体化に努め、内務閥を煽って軍務閥への悪感情を醸成させた。
 国王陛下からの【契約】に縛られる身として、反逆できるギリギリのラインだ。毎日、頭痛や吐き気に苦しめられた。

 どうすればいいのか分からなかった。
 今さらスピオーネからの援助の数々を失って、貴族社会を生き抜けるとはとても思えなかった。
 さりとて、国王陛下に面と向かって反逆することもできない……。


    ◇  ◆  ◇  ◆


「第二王子が邪魔だ」

 ある日、スピオーネが言った。
 場所はいつもの寝室。時間はいつもの通り、夜。部屋に他の人間がいても、睡眠魔法と結界魔法があるからお構いなしだ。

「聞けば第二王子、若干8歳にして軽く【闘気】をまとうらしいじゃないか。あんたの次男に匹敵する武術の天才さね。軍務閥とも仲がいい。対して第一王子は腑抜け。どちらが次代の王になった方が魔王国にとって有利かなんて自明の理だろう?」

「私にどうしろと言うんだ……?」

「第二王子の暗殺」

「なっ!? そんなことをしたら私は死んでしまう! 今でも頭が痛みで震えているというのに……」

「だから、前々から言っているようにあたしの従魔になればいいだろう」

 ……そう、スピオーネの従魔になれば、【契約】はスピオーネへの忠誠で上書きされるのだそうだ。
 だが私は未だに、踏ん切りをつけることができずにいた。

「第二王子を殺すのは決定事項だ。悪いけど坊や、あんたを【従魔テイム】させてもらうよ」

「待て、待ってくれ! 確約が欲しい。私を最後まで見捨てないと、約束してくれ!」

「魔王国がこの国を支配するのは変わらない。だが辺境伯領都だけは侵攻しないと約束しよう。王国滅亡の暁には、魔王様に口利きして坊やをこの都の城伯にしてやる。それでどうだい?」

「本当だな!?」

「約束するさ」

 そうして私はついに、反逆の徒になってしまった。
 長年苦しめられてきた頭痛と吐き気から解放され、晴れやかな気分になったのを、よく覚えている。

「だが……具体的にどう殺せというんだ? 私には第二王子に会う機会などないし、王城に忍び込んだり、暗殺する能力などない。暗殺者へのツテもない」

「まずは弱らせる……科学的にね」

「かがく……?」

「この国の文明は随分と遅れてるからねぇ……第二王子が召し上がるメニューにちょちょいと手を加えるだけで、簡単に病気にさせることができるよ。そして、病気で弱ってるところを一気に叩く。相手は【闘気】使いだ。慎重にやらなきゃ返り討ちにあっちまう。
 本当はもっと派手な病気の方がいいんだけど、第一王子にまで移っちゃ意味がないからね」


    ◇  ◆  ◇  ◆


 えいようがく? とかいうらしい。
 内務閥の、第一王子の母親である第二王妃に近しい貴族家にその情報を流すと、貴族家は嬉々として第二王子の元へ料理人を送り込んだ。

 もちろん、私にまで累が及ばぬよう、情報は慎重に慎重を重ねて流したさ。


    ◇  ◆  ◇  ◆


 国王陛下からの【契約】から解放された私は、今まで以上に精力的に、スピオーネの計略に加担した。
 城塞都市を預かる次男からはたびたび抗議の手紙が来たが、全て黙殺し、王都にまで話した伝わらないよう、情報操作に努めた。

 そんな折り、究極の衝撃が訪れた。
 ……次男からの、1通の手紙。

「……スピオーネ、大変なことが起こった」

「なんだい真っ青な顔をして」

「そ、それが……息子の、4歳になる娘が【勇者】だと」

「……ほぅ? これはいよいよ、魔王様の復活も近いね! 勇者といえどもたかが4歳の子供。適当に呼び出して、殺しちまいな」

「それが……殺すのは難しいかもしれない。息子からの手紙の中に、勇者の武力や魔力について記載されている。なんでも、オークの集落を丸ごと焼き滅ぼしたらしい……」

 怖かった。
 スピオーネに運命を託すと決めた私にとって、勇者、それも自分の親族内に発生した勇者なぞ、恐怖の象徴でしかなかった。


    ◇  ◆  ◇  ◆


 数日後、勇者の偵察に行っていたスピオーネが戻ってきた。

「見てきたけど、ありゃ無理だね。4歳で【瞬間移動】に【闘気】まで使える。一番ヤバいのが、少なくとも魔物100体が入り、テントやら家具やらが無尽蔵に収納可能な【アイテムボックス】だ。
 知ってるかい? 【アイテムボックス】の容量は【時空魔法】レベルと魔力の掛け算で決まる。仮にあの娘の【時空魔法】レベルが6とすれば、魔力は100万を超えてるね。魔王様やあたしにゃ遠く及ばないまでも、魔族でも滅多と見ない数字さ。
 作戦を変える。魔王様がお目覚めになるまでの時間の限りを尽くして、最高の猛毒を作り、それで勇者を殺すとしよう」


    ◇  ◆  ◇  ◆


 第二王子は順調に弱っているようだった。
 私も白米と牛肉はよく食べていたものだが、玄米と豚肉を食べるようになってから急に体調が良くなり、驚いたものだった。

 そんなある日、またスピオーネがやって来た。

「そ、それは……?」

魔物の集団暴走スタンピードを引き起こせる魔道具。件の王子サマ、湯治から帰ってくるんだろう? いくら【闘気】持ちの達人でも、脚気で弱ったところに森全ての魔物をけしかけりゃ、さすがに死んでくれるだろうさ」

「死……」

「なんだい、今さら。今まで何年間もかけて、じっくり殺してきたんだ。とどめを刺すだけのことさ」


    ◇  ◆  ◇  ◆


 この日のために慎重に作ってきたツテを使い、闇市へ魔道具を流した。
 第二王子に料理長を出した例の貴族家を動かし、第二王子の馬車列が通る森に魔物の集団暴走スタンピードを発生させるようにことを運んだ。

 ちょうど準備が終わったころ、次男と、件の勇者が現れた。
 ……会いたくはなかった。が、実の息子とその家族を門前払いしては、外聞が悪い。大事なこの時期に、無用な波は立てたくなかった。
 だから会った。

 ……勇者は、不吉な娘だった。
 顔立ちこそ息子に似ていたが、女のクセに射貫くような、値踏みするような目で私を見つめてきた。まるで死神に睨まれているような気分だった。

 息子との話は平行線をたどる。
 当たり前だ。私は王国に反逆しているのだから。
 ……すまんな、ジークフリート。お前とその娘はスピオーネにとって――魔王国にとっての脅威でしかない。お前は見捨てざるを得ない。

 話の中で、娘を侮辱されたと感じたらしい息子が怒りをあらわにした。昔から変わっていない……こいつは怒ると【威圧】が漏れる。
 そりゃあ多少の恐怖は感じるが、こいつのそういう気質は幼児の頃から知っているし、私も貴族社会の中でさんざん揉まれてきたから、何ほどのものでもなかった。

 ……が、私は恐怖した。
 息子にではない。
 平然とした顔で息子の隣に座る、勇者にだ。

 竜をも殺す息子の【威圧】をそよ風のように受け流し、息子をなだめようとしているその姿。
 ……怖い。怖い怖い怖い! あのスピオーネですら面と向かっては殺せないと判断した娘。5歳児の皮をかぶった悪魔。

 ……オークの集落を丸ごと焼き滅ぼすほどの力!
 その刃が私に向かってきたとしたら――…

 涙が出てくる前に、席を立った。


    ◇  ◆  ◇  ◆


 ……第二王子の暗殺計画が、失敗した。

 何年もの年月を費やし、膨大な資金を使った。
 ……なのに。
 なのに、なのに、なのに!

 勇者と次男が邪魔をした。
 数年来をかけた計画をあっさり覆し、魔物の集団暴走スタンピードから第二王子を助け、王子の脚気をあっさりと治してしまった。

「なに失敗してんだい、あんた」

 ……スピオーネの、底冷えするような声。

「あれは、勇者が邪魔をして――」

「なんだって勇者が通過するタイミングでやるかね。坊やのミスだ」

「たったの十日足らずであそこまで進むなんて誰も思わな――」

「勇者の【瞬間移動】能力と魔力量については、事前に伝えておいた通りなんだがね」

 その日から、スピオーネからの援助が急に乏しいものに変わった。
 何もかも勇者の所為せいだ――


    ◇  ◆  ◇  ◆


 そこからの数年間は、まるで悪夢のようだった。

 勇者が発案した新塩製法によって塩の相場が大暴落し、私は辺境伯領都にはびこる貴族たちを操縦するすべを失った。
 勇者が何かするたびに城塞都市や領内が発展し、結果として私を無能呼ばわりする貴族が増えた。
 いくつもの家が、私から勇者へと支持を鞍替えした。

 勇者は辺境伯領で成功した製品や製法を全国に広め、次々と味方を増やしていった。陛下からの覚えもめでたく、反対に、私は今までの行いが陛下の目に留まり、厳しい叱責を受けることもしばしばだった。

 もし、高位の【鑑定】持ちに私のステータスを見られたら、私が『陛下の家臣』という【契約】から外れていることがバレてしまうだろう。
 王城へ行く時はいつも、生きた心地がしなかった。

 そして、勇者の叙爵。
 城塞都市とその周辺の村を取られたのはまあいい。どうせ最後に残るのは領都だけなのだから。
 だが周り全土が魔族の領土となった時に、私と家族を守るための大事な戦力である従士の引き抜きは頂けなかった。
 思わず陛下にたてついてしまい、『王国の敵』とまで言われてしまった。


    ◇  ◆  ◇  ◆


 地獄の日々も、もうすぐ終わる。
 魔王が復活し、王国の滅亡とともに、私の地獄も終わるはずだ。

 そして、今。
 目の前には、スピオーネが立っている。
 出会ったころと変わらない、若く美しいスピオーネ。

魔物の集団暴走スタンピードが領都にまで押し寄せてきたぞ!」

「演出だよ。領都だけまったく襲われてないと、逆に不審がられるだろう?」

「そんな……話が違うではないか! 私がどれだけ怖かったか……」

「話が違うのは、こっちも同じなんだけどね」

 スピオーネの冷たい声。

「領地貴族の8割が勇者支持だって? 悪化する一方じゃないか。現に今も、魔物の集団暴走スタンピードを捌かれてる」

 スピオーネが1振りの短刀を取り出した。

「7年かけて用意した蟲毒の剣だ。これ使って勇者を殺しな」

 スピオーネが、ひどく冷めた目で私を見てくる。

 知っていた。分かっていた。14歳だった頃の日々に私の話を聞いてくれて、私を支えてくれたのは、あくまで演技でしかなかったことは。

「失敗したら、城伯の話はナシだ」



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からの、前回ラストにつながります。
次回、アリスの人生2周目スタート!

能天気アリス「とりま【ふっかつのじゅもん】で養殖して、MP十倍に増やしますか!」
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