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再び、異世界へ
04
しおりを挟むタロットワーク別邸。
2年も経ってるとは思えないくらい、私にとっては最近の出来事。
ほんの少し前、私の感覚では1ヶ月前はここで暮らしていたのだから。
「はい、ただいまー」
「お帰りなさいませ、エンジュ様」
「・・・相変わらず、お耳が早いじゃない?セバス」
「それがタロットワークの執事でございますから」
名前を決めたのはさっき。
私はオリアナに『ゼクスに伝えて』としか言っていない。
ということは?オリアナが連絡した時はまだセバスはゼクスさんといたはずだ。
…そこから戻ったのか。恐るべし。
「出迎えを他の者に譲るわけにはいきませんから」
「そこまで几帳面にしなくてもいいのよ?」
「いえ、執事の誇りです」
私の部屋に案内してくれる。
セバスが扉を開ければ、そこは以前と変わりない部屋。
2年経ってるだなんて思えない。
「本当に2年経ってる?」
「ええ、勿論です」
「私には1ヶ月前と全然変わりなく見えるんだけど」
「毎日、欠かさず変わりないようにしていましたから」
「主のいない部屋を?」
「いつ、お戻りになってもいいように。それが私達の仕事です、エンジュ様」
「脱帽だわ」
くるり、と振り返ってセバスにハグをする。
ぎゅっ、と抱きつけばややも遠慮がちに背中に手が回る。
「ふふ、合格よセバス」
「全く、イタズラは変わりないですね?エンジュ様」
「せっかく帰ってきたのだから、私の家族にこれくらいのご挨拶は必要ではない?」
「・・・お帰りなさいませ、姫様。我等一同、お帰りを心よりお待ちしておりました」
「・・・ありがとう」
戻らないつもりだった。
彼等の忠誠、想いを踏みにじった様なものなのに。
それでも彼等は私をこうして迎えてくれる。その気持ちは一体どこから湧いてくるんだろう?私はこれに対して何を返せるんだろう?
セバスはスっと背を伸ばし、私の前に膝を付く。
「何も、見返りはいらないのですよ、エンジュ様」
「それでは、私の気が済まない」
「陽の当たる所を歩けるようにしてくれたのは、他でもない『タロットワークの一族』なのです。ずっと影の中だけの人生に、花を添えてくれたのは他でもない『貴方』です。
2年・・・いえ、5年ほど前、あなたがこの邸へ来た時から、色んな事が変わっていきました。貴方はきっと、覚えていらっしゃらない。ご自分がいったい何をしたのか」
「5年前、って・・・」
最初にここへ来た時?異世界に召喚されて、訳もわからずここへ来た。それから面倒を見てくれたのは、セバスたちでは?
「貴方は旦那様を変えてくれた。若旦那様との確執も、若奥様の笑顔も。王族の方々も、貴方という『風』があったからこそ、今の形があるのです。
我等は皆、歪だと感じてはいてもどうすることもできなかった。それは旦那様も同じでしょう。貴方が、たくさんのものを与えてくれたのですよ」
「私は、何も・・・」
「居てくださるだけで、貴方はたくさんの人を変えてきました。いい方向に。それはただのきっかけであったかもしれませんが、恩恵は限りない」
ですから、私達は貴方に『感謝』しているのです、とセバスは話を終えた。
セバスの話が、頭の中を木霊している。
私、そんな事していたのかな?よくわからないなあ。
ゴロリとベッドに転がっていると、ターニャの声で起こされる。
「あーっ!もうエンジュ様!そんな寝かたしてたら、そのお洋服がシワになります!脱いでください!
「えっ!?ターニャ!?うわっ」
「お着替えですよエンジュ様!ほらほらお風呂の用意出来てますから!」
「ちょっと待って!下着まで取ることないじゃない!」
「あら、この下着素敵です!これ、どうやって作られてるんですかね?同じやつ作らないといけませんよね!」
「待ってちょっと持ってかないで!恥ずかしいから!」
「あらっ?エンジュ様ったらお胸が育ってますね~」
「ぎゃっ」
「でもウエストがふっくらですかね?でも殿方はこれくらいの方がお好きですから構いませんね!」
「ごめんなさいお風呂入るからジロジロ見ないで!」
毎回こうしてターニャに負けてる気が…?
はっ!?ブラジャー持ってかれてる!同じのって作れるの?作って貰えるならそれに越したことないんだけどさ!
********************
コーネリアのドレスはバストがキツく、ウエストが入りませんでした。合掌。
きちんと採寸したものではなく、楽に作られたリボン等で調整するドレスがあったからよかった。
…しかし、また明日から採寸地獄が。
「待って、もうドレスじゃなくていいわよね!?」
「何を言っているんですか、要りますよ。
『コーネリア様』の時ほどではなくとも、ある程度の枚数は必要です。まあ普段着としては以前のような格好でもよろしいと思いますが、体のサイズを把握しておく事は大事です」
「はは、諦めるんだな、エンジュ」
「アナスタシアは苦じゃないからそういうことが言えるのよぉぉぉぉ」
「ふふ、私も付き合うよ。エンジュが今日来ていたような服が欲しいね」
「スーツ?まあ確かにあれ仕事着だったけど」
「シルエットがとても綺麗だった。フリードリヒがうっかり口説くのも仕方が無いな」
「いやいやあれ、本当のこと知ったら悶えるやつよ」
あれだけ気張っておいて、正体私って聞いたらガッカリするどころか、恥ずかしくて悶えるんじゃないかしら?
そういえば、キャロルさんていうフレンさんの愛人は会ったことないのよね。順位戦ではシオンが買ったから、アナスタシアのお強請りはなしになったし。
「聞いたぞ?エンジュ。クレメンスに口説かれたと」
「あれは血迷っただけですよ」
「ははは、血迷った、か。カイナス伯爵に知れたら明日から副官の仕事も返上するのではないのか?」
「有り得るな、それも」
どくん、と胸が騒ぐ。
シオン、の事。
私にとって、彼と心が通じあったのは1ヶ月半くらい前の事。
でも、みんなにとっては2年前の話。
彼に誰か女性がいたとしても、構わない。
彼が幸せであれば、それでいいのだから。
マートンが張り切って作ってくれた料理を食べながら、私がいなくなってからの事を聞いた。
私が帰った後、その日の夜には手紙を見つけたのだそうだ。
戻ってこない私を迎えに来たセバスが手紙を見つけ、そのままゼクスさんを呼んだ。
ゼクスさんはそれを読んで、アナスタシアへ通信魔法を送り、その足でそのまま国王陛下へ報告を上げたそうだ。
私がいなくなったことは伏せられ、他国へ外遊に出たと周りには伝えられた。エリーにも『外遊に出た』と伝えたそうだが、彼女は何かを悟ったのか1週間ほど寝込んでしまったという。
「う、エリーに知らせようかしら?」
「何と伝えるつもりなのだ、待ちなさい」
「そうなのよね・・・そこが問題で」
シリス殿下と、カーク殿下にはありのままを国王陛下が伝えたそうだ。彼等もまた、彼等なりに飲み込み、乗り越えたらしい。
「シリス殿下はわかるとしても、カークに何か乗り越えるものってあったかしら」
「エンジュ、カーク殿下に厳しいな」
「うーん?特に何かある?あ、アリシアさんとは?」
「カーク殿下はアリシア嬢と婚約中だよ」
「あっ!そうなのね・・・よかった」
「応援していたものな、エンジュは」
アリシアさんは士官となり、現在は王宮で仕事をする役人との事だ。どうやらゲオルクさんの下で働いているらしい。
カーク殿下は臣籍降下を目前に控え、現在はシリス殿下と共に為政に関わっているのだとか。かなり成長したようで、公爵になった暁には、王都東の港湾都市の治世を任されるのだとか。
「港、か。かなり期待されているわね?」
「そうだな、港はこの国の貿易の要。
港湾都市の発展は、国の発展とも繋がる。アリシア嬢も補佐として付いていく為に頑張っているそうだよ」
「アナスタシア、詳しいわね」
「エンジュの代わりに見届けると決めていたからね」
アナスタシアはアナスタシアなりに、私の友人達を見守り、フォローもしてくれていたらしい。
…でもさみしかったのねアナスタシア。こんな時こそフレンさんが旦那様として慰めないといけないところなのでは?
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