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再び、異世界へ
01
しおりを挟む窓から入ってきた、魔法の鳥。
それを受け取ったアナスタシアが、倒れた。
「っ、アナスタシアっ!」
急ぎ駆け寄って抱き起こす。
この強く美しいアナスタシアが、気を失って倒れている。
何だ?何があった?
どこからか妨害魔法でも掛けられたのか!?
焦り、ソファへとアナスタシアを運んで寝かせる。
一体何があって、彼女は倒れたのか。
気を揉んでいると、ふいに瞳が開く。
「アナスタシア、大丈夫か」
「・・・フリードリヒ、か」
「ああそうだ、何があった」
「わ、たし、は・・・」
「通信魔法を受け取った途端、倒れた。
何を聞かされた、アナスタシア」
「通信魔法・・・、ああ、そうか、夢ではなかったんだな」
そう言って、アナスタシアの瞳から涙が落ちる。
人前で泣く事など、ほとんどない。俺の前ですらも、だ。
そのアナスタシアが、泣いていた。
静かに涙を流すアナスタシアを抱き、頭を撫でる。
小さな声で、ポツリ、と呟いた。
『姫が、還られた』と・・・
「くそ、行っちまったのか、お嬢」
アナスタシアでさえこれだ。
シオンは一体どうなるのか・・・
何も出来ない自分を歯がゆく思い、拳を握りしめる。
血が滴り、床を汚すのを遠い何かを見ているように、見ていた。
********************
「山口さーん、こっちも確認してくださーい」
「はーい、ただいまー」
私は職場の人に声を返す。
今日は外部の研修所で、新卒社員の研修に付き添いで来ている。
いつもは来ていないスーツに身を包み、パンプスで歩き回る。
もうつま先も踵も限界を迎えそうです…はよ脱ぎたい。
あれから1ヶ月が過ぎた。
私はあの時、小部屋で自分の世界へ戻る決断をした。
何もないのは失礼だろうと思い、机の上にあったメモ用紙にゼクスさんへの手紙を書いた。
この部屋でしか読めないページに、帰還術式が書いてあった。
それはここでしか発動しないこと、勇叔父さんの遺品を見つけたこと、それを遺族へ返したいこと。
戻るのが筋だろうけど、戻れば悩む自分がいるから、このまま帰ります、と。
これまでの感謝と、お詫びを書いて。
今、私の首元にはシオンの瞳の色のアクアマリンのペンダントがある。これだけは置いていきたくなかった。思い出、の代わりだ。
私はこちらの世界で愛する男性がいる訳ではなく、この先もそんな人がいるかどうかなんてわからないけど、シオン以上に今のところ好きになれる人はいなさそうだ。
だったら、いい思い出としてここで生きていくのに、思い出の縁として持っていてもいいのかな、と思った。
勇叔父さんの遺品は、こちらに戻ってきてからすぐに、涼子叔母さんに渡しに行った。
色々怪しまれそうだったけど、『父親の私物が残っているダンボールの中にあって、預かっていた経緯は父も亡くなったからわからないけど、返した方がいいと思って』と話した。
怪しまれたかもしれないけれど、結婚指輪を見た涼子叔母さんは、すんなりと信じてくれた。…嘘でもよかったのかもしれない。ただ、手元に証が戻ってきてくれたというその証拠だけで。
「ああ、足が限界・・・」
「わかります、私もつらい」
「あと何時間?」
「ダメです、それ聞いたら気持ちが萎えます」
そんな会話をしながら仕事をする。
まあ、机に向かいっぱなしよりかは、楽…だと思いたい。
トイレに向かい、用をすませる。
メイクルームで口紅を塗り直して、準備完了。
腕時計をちらっと見れば、研修が終わるまであと2時間。
…中休憩があったよね?確か。新卒さんも寝てないといいんだけど。
気合を入れ直す為に、前を向く。
と、一瞬、鏡の向こうが霞んで見えた。
「・・・ん?何?」
明らかにトイレよりも広い部屋が、見えた、ような?
まさかね。今はどう見てもトイレ。私しか写っていない。
シャツの首元には、アイスブルーのアクアマリン。
まるで、彼が私を見てくれているかのよう。
「・・・私も、頑張らなくちゃね」
彼に、負けないように。
いい女になれるかな?
いつもの様に、そっとアクアマリンを撫でる。
いつの間にか、それが癖になっていた。
********************
あの帰還術式を使った後。
私は自分の部屋にいた。
驚いたのなんのって。服はそのまま。私の周りには持って帰りたいと願った勇伯父さんの遺品。
「えっ、今、何日?何時?」
自分の部屋だ、と気づいた瞬間に、テーブルにあったスマホに飛びついた。あれ、これも向こうに持ってった…んじゃなかったっけ?そんなことを思いつつも確かめれば、たった3日しか経っていなかった。
「3日・・・?
2年半くらいはあっちにいたんじゃ・・・」
向こうへ行って、学園に通って、蓬琳に行って…って、2年半くらいはいたよね?それが3日とか…
ん?待て、何曜日?
スマホを確認すると、月曜の、夜、21時過ぎ。
「月曜!ヤバっ!無断欠勤!?」
ヤバい!と思ってスマホを確認したけど、着歴は残っていない。会社から確認の電話は来なかったってこと?
それならそれで…よくはないよな…?
恐る恐る次の日出勤すれば、まあ2年半ぶりの会社ってなんて新鮮なんでしょうか!
昨日はどうしたのかと上司に聞かれたけれど、『日曜の夜から熱出て倒れて、昨日はずっと寝込んでいて夜になってました、連絡しなくてすみません』と謝ったら、無事で何よりだよ、と言われて終わった。
緩くて助かったと思いつつも、『2年半も学生生活エンジョイしてきました』とは言えないよね、と思っていた。
それからは、いつも通りの生活。
会社に行って、帰りに同僚と飲みに行ったり、休みの日は友達に会ったり。
テレビを見たり、電車に乗ったり…
今まで当たり前にしてきたことが、ものすごく懐かしく新鮮に思えてしまった。
時々、ふと、どこからか見られているような感覚があった。
まあ、気の所為だとは思う。気にしても、すぐに消えるような視線だったから。
これまでそんなことに気付きはしなかったけど、向こうの世界にいたからか、なんとなく感覚が聡くなっていたのかもしれない。
それと、なんとなく付き合っていた男の人と、疎遠になった。
恋人同士の付き合い…というよりも、ただ寂しい時に会うような関係だった人がいた。
体の相性もいいし、向こうもバツイチで再婚を考える気はなく、私にも結婚願望が薄かった為に、割と長い間ズルズルと続いてきたような関係だ。
戻ってきてから、1度会う機会があった。
その男性と別れ際にキスをした瞬間、なんだか『違う』と思ってしまった。
それから、なんとなく連絡を経っている。
シオンと気持ちが通じ合ってしまったからなのか、なんとなく、罪悪感。もう2度と会うことのない彼だけど、操を立ててどうしようというのか。そのうち忘れていくのだろう。今まで付き合ってきた彼と同じように。
それからがむしゃらに働いてきた1ヶ月。
まあ、この新卒社員研修さえ終われば…!
楽になれるのだ…!
お休み取って、どこか温泉にでも行こうかな。
ゆっくりするって必要よね?
部屋でスマホをいじりつつ、旅行検索。この時が1番楽しいかもしれない。
「ん~、どこにしようかな?伊豆、箱根?」
「・・・・・」
「北陸も捨てがたいのよね、新幹線乗りたいしな」
「・・・・・・・・・リア」
「悩むなあ~」
「・・・コー・・・・・・・ア」
………気の所為だ、何か聞こえるが気の所為だ。
えっ、やだなあ幽霊とか?無理無理、私霊感とかないから!
瞬時にテレビをスイッチオン。
音を少し大きめにして、そちらに集中する。
すると、耳鳴りのような声は聞こえなくなった。
私は恐る恐る振り返る。…勿論、そこには何も無い。
う~ん、疲れてるのかな?
好きな入浴剤でも入れて、お風呂に入って忘れよう…
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