異世界に再び来たら、ヒロイン…かもしれない?

あろまりん

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異世界での新たな生活

08

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遠目に、アナスタシア様とエンジュ様が席を立つのが見える。
そのまま別れ、それぞれの帰路に着くようだ。アナスタシア様が送って行かれるのかと思えば、エンジュ様はおひとりで帰られる様子。



「どうかしましたか?副長」

「ん?いや、なんでもないよ」

「アナスタシア様、こういう所にも来るんですね」
「確かに、意外っスよね」



彼等にはアナスタシア様しか目に入らなかったらしい。エンジュ様はパッと見、平民にしか見えないだろう。
だが、彼女は『魔術の頂点タロットワーク』に名を連ねる人。『研究室』と言っているからには、恐らく彼女も魔術研究所に所属する魔術師の1人だろう。

彼女と同じ、漆黒の瞳。
目が合うと、その夜の闇のような色合いの瞳には自分が映り込む。まるで鏡のように。…コーネリア姫もそうだった。

まだ、彼女を想う自分がいる。
想いを通わせ合ったのは、ほんの一時。
僅かな時間ではあったが、想いが通った一時は本当に幸せだった。彼女しか要らない、目に入らなかった。
───還った、と聞いた時は目の前から光が消えたかのようだった。何もかもがモノクロに思え、栗色の髪の女性を見れば彼女かと思うほどだった。

この歳になって、まさかこれほどまでに傷が深くなるとは思ってもみなかった。

今では2年の月日が過ぎたが、最初の1年は経つのが早かった。いや…遅かったのか。
自分がどうやって過ごしていたかは今となってはわからない。ただ、仕事を続けているという事は、周りから見たら『特に変わりなく』振舞っていたのだろう。
…団長と、アナスタシア様の目を除いては。

アナスタシア様も酷かった。気鬱が激しく、一時はあの美貌が曇るほど…いや、それもまたいい、と言っていたのは団長だったか。
しかし、アナスタシア様もまた、団長以外の人の前では『普通に』振舞っていた…そうだ。俺の記憶にはないが。



「シオン様、あまり進みませんか?」

「いや、いただきますよ。ありがとうございます、フリージア嬢」

「いえ、そんなこと。ここは色んなものがあって楽しいですわよね。貴族らしからぬかも知れませんけれど。私は好きですわ」

「ここはあまり平民と貴族の隔たりがありませんからね。とはいえ、上級貴族が出入りしませんから、そうなのかもしれませんね」



フリージア嬢とも、前より話すようになった。
1年ほど前か。騎士団の練習試合の後など、少しずつ話すようになっていった。
俺のような男に甲斐甲斐しく尽くし、申し訳ないと思っている。彼女には何度も『誰かを娶る気は無い』と話しているのだが『私は好きで貴方と話しているだけです』と引く事はない。

夜会で何度かアントン子爵からも話をされたのだが、『娘の好きにさせてやって欲しい、貴方でないと嫌だと言うのでね。私はもうあの子を別の男に嫁がせるのを諦めたよ。もし貴方と添わずとも、当家にて過ごさせる事になっていますので、無理に付き合わずとも良いのですよ』と言われた。

…俺以外の男にふとした事で惹かれることもあるだろう。彼女の事は妹のようにしか思えない。誰かいい男を添わせてやれればいいんだが。



********************



ベビーカステラを意気揚々と持ち帰った私。
部屋で美味しく頂いていたら、ゼクスさんの研究室の彼等に奪われました。凄かった、あの勢い。

また買ってくるから!と説得して半分は死守した。



「本当ですか!」
「いやー、ここにいるといつも同じ物しか食べないので」
「はー、甘いものって美味しいんですねー」
「いつになったら家に帰れるのか・・・ていうか俺の家まだあるのかな・・・」

「帰りなさい、家で寝なさい」



放っておくと、彼等はずーーーーっと研究室にいる。
私は毎日顔を出し、シャワーに行かせたり、ご飯を与えたりしている。いつの間にか気分はお母さんですよ。

餌付けに成功したのか、彼等はきちんと順番で寝るようになったし、シャワーにも行くようになったので、小綺麗になった。
…寝る、といっても研究室の続き部屋に寝袋を置いて寝てるけど。もう家に帰る、という選択はなさそうだ。宿舎もあるのだが、そこにすら帰らないってなんなのか。

しかし、魔術研究所にはシャワー室が完備。
これは寝泊まりする人が多すぎて、衛生面からかなり前に設置したようだ。食堂もある。そこそこおいしい。ただし、私の感覚からすると通いたくなるほどではない。
あれね、社食みたいなもんよね。手軽で近くて安いけど、ワンパターンていうか。しかし研究員達はそこまでグルメではないので、食べられればOK。

だが広場の屋台街のご飯が美味しかったようで、彼等は物足りなくなったのである。



「エンジュ様!」
「エンジュ様、お願いがあります!」
「もう下僕で構いません!」
「貴方しか頼れません!」

「えっ、何してるの君達」



バーン!と突然私の研究室…とは名ばかりのお部屋に駆け込んできた4人。いきなり土下座し始めた。なにこれ。

私が驚いていると、次々と直訴を始めた。



「毎日とはいいません!3日に1度でいいんです!」
「僕達にご飯を買ってきてください!」
「屋台街の飯が美味すぎて!」
「だけど僕達だと選べないんです!」

「「「「お金はいくらでも出します!」」」」



どうやら、屋台街の食事が忘れられず、買いに行っては見たものの、あまりの盛況ぶりに入るのを断念。
しかも種類が多すぎて選べず、帰ってきてしまうらしい。
…結局、いつもの魔術研究所近くのパン屋か、食堂に行くそうだ。

なので、皆で相談して私にお願いしに来たと。



「・・・まあお金出してくれれば買ってくるくらいはいいけど。希望とかないの」

「ありません!」
「というか、選べません!!!」
「選ぶほど色んなもの食ってないっす」
「僕達、気付いたんですけどいつも同じものしか食べてなかったので、選ぶほど色んなもの食べてないんですよね」

「なんて不憫なの君達」



まあ彼等には私も色々とお世話になっているし、細々とした事も変わりにやってくれたりもしている。
彼等はゼクスさんの研究室の所員だが、同時に私の研究室の所員でもある登録がされているのだとか。
…まあ、他の人付けられても面倒だという事で、ゼクスさんが手配したらしい。彼等もそこに疑問はないようで、ゼクスさんも私も上司みたいな感覚でいるらしい。



「いいんですか!」
「あああ、女神がここに」
「あんぱん以外のパンが食えるんすね!」
「こないだのベビーカステラも食べたいんですが、場所にたどり着けなくて・・・」

「待って?あんぱん以外って何?それしか食べてないの?」



1番年下のキリ君。17歳。舌がお子様すぎる。何故かパンはあんぱんしか選ばない。どうやら昔思い切って他のパンを選んだらあまり美味しくなかったらしい。
あんぱんについては、1番お兄さんのイストさんが甘党な為、よくもらっていたから美味しさはわかるのだとか。

ちなみに、ベビーカステラを強請っているのがイストさん。もうアラサーなのに彼女なし。どうすんのこれから。…って私が言う立場ではないのだが。

そして彼等は毎日私の部屋に来ては、置いてあるビンに1日1枚の大銀貨を入れていくのである。
ちなみに大銀貨は1枚で1000円くらいの価値がある。何故毎日置いていくのか。それは私が買い出しに行くのに使ってもらうための貯金である。
観察していると、誰か入れるの忘れるかな?と思っているが、きちんと毎日1人1枚入れていく。そういう所はきちっとしているらしい。
『金を出さないやつはエンジュ様に買ってきてもらう資格はない』と決まりを作っているようだ。…そこまでするなら自分達で行けるんじゃないの?出不精にも程がある。

まあいいんだけどね、何買ってきても美味しそうに食べているし。私もシェアし合っているので、色んなものが食べられてお得です。
もちろん、アナスタシアとも食べているけどね。

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