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異世界での新たな生活
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しおりを挟むこちらの世界へ戻って1ヶ月弱。
さすがにそろそろ1度くらいは国王陛下に会わないとならない様子。
夕食の折にゼクスさんから打診された。
私も構わないと返事をした。この先ずっとこちらで暮らしていくのであれば、最低限の挨拶は必要だろう。
夜会などには出ないとしても、事情くらいはね。それに、エリーにも会いたいし。…実はまだ戻った事を話していない。
私が異世界人である、という事はエリーには伏せられたままだった。シリス殿下が話したかと思っていたが、王族判断で情報は伏せられていた様子。
とはいえ、私もこの先エリーと全く話さない、のはつらい。もう『コーネリア』として彼女の友人ではいられないだろうが…
********************
「・・・・・・と、いう訳でして」
「そうだったか、それにしても・・・コズエ殿が、タロットワーク始祖の王配である方の姪、とは」
「奇妙な縁もあるものですわね、陛下。コズエ様、いえ、今は『エンジュ様』ですわね。辛い選択をさせてしまって申し訳ありません。この国の王妃として、国母として謝罪致します。謝った所で貴方の人生を狂わせたことには代わりはありませんが・・・」
いつかのように、部屋には王族のみ。
国王陛下、王妃陛下のみだ。王太子であるシリス殿下は現在隣国へ訪問中の為不在。カーク殿下と王太子妃であるエリーはいない。
カーク殿下は数年後に公爵位を拝命し、臣下に下る。
…それを見越して伝えないという判断なのだろう。
「謝罪は要りません、王妃様。私にも戻りたいと思う気持ちがなかったとは言えませんから。様々な事情もありましたが、今は彼等が私の家族です」
「どうだ、羨ましかろうルジェンダ」
「ゼクスレン様、そういう事は思っていても口には出さないで頂けませんかね」
何故かここで国王陛下とゼクスさんの自慢大会が始まった。
なにやら面倒臭そうなのでスルーしておこう。
私は王妃…シュレリア様に向き直る。少ししゅんと萎れたような彼女に向かって話しかけた。
「ねえ?シュレリア。私達の友情はこの程度で終わりなの?」
「っ!?よろしいの!?」
「これで見た目にはおかしくはなくなったのだし。公式には困るけれど、非公式に友人付き合いをするくらいはいいのではない?
貴方、専属の薬師なんか雇う気はないかしら?」
「雇うわ!月に金貨100枚でどうかしら!」
「無駄遣いでしょそれは…そうね、金貨5枚くらいで」
「安過ぎないかしら?そこは王妃専属なのだから、せめて10枚は出さないと格好付かないじゃないの」
「そうね、じゃあそのくらいで手を打つわ。
月に1~2回お茶会でもしましょうか。魔術研究所に来てもいいし」
「いいわね、たまには城の外に出たいわ。魔術研究所なら入口から部屋まで直通だろうし、護衛も少数で済むわね」
トントン拍子に決まる。その間男性陣はまだ何かを自慢し合っている。既にもう貶しあっていると言ってもいい。
私は気になっているエリーの事について、シュレリアに聞いてみることに。
「ねえ、エリザベスの事だけど」
「貴方がいなくなってから、気落ちしてしまって。王太子妃として日々研鑽を積んでいるけれど、ね」
「会いに行ってはいけないのかしら。私にとっても彼女は『親友』だったのよ。もし許されるなら、話したいのだけど」
「そうね・・・どうしましょうか、あなた」
そこでようやく国王陛下とゼクスさんの貶し合いが修了。何をしているのかいい大人が。
すると、ゼクスさんが国王陛下を促す。…普通反対じゃありませんかね?どっちが臣下なのやら。
コトリ、と蝶の意匠が施された小瓶を渡された。
…これ、フレンさんにも使ったやつよね、『胡蝶の夢』。
ということは、これを使って話せと。
「・・・随分、厳重ですね」
「それ程までに、エンジュ様、貴方が『ネイサム・タロットワークの姪』という事は大事なのですよ。」
「もしも他の貴族に知れたら、エンジュ、そなたが若くないと言っても妻に望む者は後を絶たんだろう。それくらい重要なのだ。だが儂等はそれを望まぬ」
「わかってますよ、どこから漏れるかわかりませんしね。とはいえ、話す事は止めないんですね」
「エンジュ、そなたが決める事だ。それに対して儂やルジェンダ、シュレリア達が異を唱える事はないよ。
そなたが望む通り、幸せに暮らしてくれる事が儂等にできる唯一の事だ、思うようにするがよい」
こちらへ呼んでしまったことへの償い。
再び召喚された夜、ゼクスさんは私に『私が望む通りに生きる事を全力で支援する』と言ってくれた。
…まあ、いざとなれば還れる方法が分かっているので、そこまで恨んでもいないし切羽詰まってもいない。
私なりに、こちらも気に入っているのだ。
もうひとつの家族。地球にはもう両親はいない。姉がいるし大切だが、アースランドで過ごした2年半で私は彼等もまた同じように愛しく大切な存在となっていた。…寂しかったのかもしれない。
だが、どちらを選ぶにせよ、私は何かを捨てないといけない。
今のところ、私はこちらで暮らす事にそこまで拒否感はない。あちらではできない体験がたくさんできる事もそうだが、自分に何ができるのか、何の為にまたこちらへ来たのかを探る事に対するワクワク感…期待も大きい。
『帰る方法がわかっている』という事は私の中でとても大きいのだ。
私は『胡蝶の夢』を持って、エリーの所へ行く事を決めた。
********************
エリーの部屋までの案内は、安定のオリアナ。
先程まで国王陛下達と話していた部屋を出ると、待機していた。
「エンジュ様、ご案内致します」
「・・・ねぇ、オリアナ?貴方、私に聞きたいこととかないの」
「何もございません。私はこれまで通り『タロットワーク』の御方にお仕えするのみでございます」
「ブレないわねえ」
「我等の誇りでごさいますから。・・・私個人としましては、エンジュ様がお戻りになって嬉しゅうごさいます」
「ありがとう、オリアナ。またよろしく頼むわね」
エリーの部屋の前。
オリアナは自分から部屋には入らず、どうぞ、と指し示した。
ここからは私達2人にしてくれるのだろう。
コンコン、とノック。
中からは『どうぞ』という変わりない声がした。
そっと扉を開くと、そこにはより磨きがかかったエリー。
ぱっちりとした瞳。けれど前よりその瞳には憂いがかかる。
それよりも驚きなのは、大きな執務机。
かなりたくさんの書類があり、それを見ているエリーの姿が。
え、王太子妃ってここまで政務に関わるの?
シリス殿下が不在だから?
「・・・見ない顔の方ですのね?私に何か用かしら?」
「あ、はい。入ります」
扉を開けっ放しはさすがに良くない。
廊下ではオリアナが私に向かってお辞儀をしていた。
ぱたん、と扉を閉めてエリーの方を向くと、いつの間に来たのか私の目の前に。
じっ、とピンクトルマリンの瞳が私を見つめる。
「・・・・・・」
「えー、あの」
「・・・・・・帰ってきてくれましたの?」
「はい?」
「間違っていたらごめんなさい。貴方、コズエ、ですわよね?」
な、なんなのこの子!!!
その勘はどこから来るの!?
驚いて何も言えない私に、エリーは本当に嬉しそうに微笑んで私を抱きしめた。
「心配、しましたのよ」
「ごめんね、エリー」
「もうっ!どうして言ってくれませんでしたの!」
「何から言えばいいかわからなくて」
「なんでもいいですわ!貴方がなんだろうと!私の大切な友人に変わりないんですのよ!」
「ただいま、エリー」
「おかえりなさい、コズエ」
笑い泣きするエリー。しばしそうして抱き合っていたけれど、どちらからともなくソファに座る。
エリーはしげしげと私を眺め、涙に濡れた瞳を喜色の色に染めた。
私はゆっくり、自分の事を話す。
『胡蝶の夢』は必要ない。彼女にはそんな枷は必要ない。
彼女からこの話が漏れるのならば、それは仕方の無い事だ。信じる事が、私が彼女にしてあげられる精一杯だから。
「驚きですわね・・・でも、帰ってきてくれたんですもの。それともまた・・・また、行ってしまいますの?」
「今のところ、それはなさそうね」
「ホッとしましたわ。元の姿に戻った貴方も、私にとっては大切な友人ですわ。エンジュ様、とお呼びすればよろしいのね?」
「エンジュ・タロットワークで通す事にしたからね。
一応、王妃専属の薬師という役目をもらったから、ある程度は王宮に出入りもすると思うわ」
「なら、王妃様だけでなく私の専属薬師でもいいのではありませんこと?そうすれば私も大手を振って、魔術研究所へ会いに行けますもの」
うん、そうしましょうとニコニコ笑顔のエリー。
まあ専属が2人に増えた所でね。やる事そんなにないしね。
美容に良さそうなハーブティーでも作ってみようかしら。
さて、エリーとも話ができた。後はできればキャズやディーナ、ケリー…私が騎士爵を与えた彼等の今を知りたいかな。アリシアさんのことも気になるし。
その辺りはエリーの手腕に期待しようかな?
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