56 / 197
冒険者ギルド編 ~悪魔茸の脅威~
55
しおりを挟む落ちている冒険者証を拾い上げる。
血や泥で汚れているが、間違いなく冒険者証だ。
近寄ってきたキャズに渡すと、汚れを指で擦り取って確認している。
「・・・間違いなく、ウチのギルドの登録者ですね」
「どこのギルド所属、ってわかるの?」
「はい、名前とギルド所属場所だけは読み取り機を通さずとも確認できます。・・・こんな事になっているなんて」
「取り込み中申し訳ありません。こちらもお受け取り頂けますか」
そっと話しかけてきたのはリューゼさん。
キャズはお礼を言って受け取る。
その様子を見ながら、『獅子王』がシオンに話を向ける。
「・・・カイナス、余力はあるか」
「ああ、問題ないよ。・・・もしかして、最下層かい?」
「頼めるか」
「さすがにこの事態は近衛騎士団としても看過できない。こちらとしても完全攻略し、消滅させるか縮小を希望する。
・・・エンジュ様、よろしいですか?」
「なぜ私に聞くの?」
「転移方陣の調査ができなくなります」
「この迷宮がなくなるのだから、その調査は無用になるわ。それに大体の仕組みはわかっているから、構わないけど。調査データはある程度揃ったのでしょう?」
「ありがとうございます。オルガ、ジェイク、行けるか?」
「はい、もちろん」
「こちらも大丈夫です」
「・・・欲を言えば、エンジュにも付いてきて欲しい所だがな。さすがに迷宮主とやり合うのに連れて行けねえな」
「回復は俺もジェイクもいるからなんとかなるさ」
「カイナス、凍結棺使えるか」
「ん?ああ、大丈夫だ。オルガ、君、確か氷結嵐使えたね?」
「はい、いけますよ」
どうやらこのまま1度入口へ戻り、隠し部屋から最下層に飛ぶつもりのようだ。確かに知ってればあれって都合のいいショートカットよね。
しかし私の脳内には、さっきのカチンコチンな状態が蘇る。やば、あれってもう溶けてる…わよね?
「あんたどうしたのよ。ソワソワして」
「えーっと・・・後で話す」
「やらかしたわね、何か」
「今度はどんな楽しいことをしたんだ?エンジュ」
キャズとディーナの問いかけにはすぐに答えず、全員で1度入口へと帰還。慌ただしく『獅子王』とシオン達が出ていった。
待機中の騎士さん達から、暖かいお茶を渡されてひと息。
私の周りにはキャズ、ディーナ、ケリー。ケリーと一緒に助けられた人は消耗が激しく、脇で寝転んでいた。
「で?何したのよ」
「いや、さっき、最下層でこっそりウォッチングしたじゃない?あの後、よろけて中に入っちゃって」
「えっ!?」
「大丈夫だったのか!?」
「は?それって迷宮主の部屋に入っちまったって事か」
「なんか黒と臙脂色のでっかい蜥蜴がいて」
「・・・あんたそれ、火炎蜥蜴じゃないの」
「1匹だったのか?」
「あれって複数で出ないか?」
「とっさに魔法使ったら部屋中凍りついちゃって」
「・・・」
「・・・」
「・・・待て、それどうしたんだ」
「えっ?逃げたけど」
「異変って・・・そのせいじゃないわよね?」
「いや、・・・どうなんだ?」
「倒してこなかったのか?」
「いやあんなでっかい氷像どうやって壊すの?すんごい寒かったし、とりあえずバレる前に逃げようかと。そのうち溶けるかな?って思って」
すると、三人三様に頭を抱えた。
最初に立ち直ったのはキャズ。『もう考えても無駄だから、ギルドに連絡してくるわ』と外へ。
門番の人いたし、ギルドに報告を頼むのかもしれない。
ケリーは手早く一連の流れを話し、一緒に助けられた人の様子を見に行った。ディーナも他の保護された人に話を聞きに行く、と。
私は1人お茶を飲んでいると、スっとオリアナが出てくる。
「お疲れ様でございました」
「いつからいたの?」
「途中からでございます。さすがに『獅子王』がいる時は控えておりました」
「知り合いなのかしら?」
「そういう訳ではありませんが。腕の方は確かです。今回はセバスチャン様がお造りになった魔法具もありましたので。副団長様が突入する際に乗じて入らせて頂きました」
「最下層は見てきた?」
「はい、まだ凍ったままでした」
「・・・帰った方が良さそうね」
「そうした方がよろしいかと。キャズ様に言伝を頼みます。外に迎えを用意しております、エンジュ様はお先に」
オリアナは一礼して私を案内する。
ディーナが寄ってきたので、タロットワーク邸に戻る事、保護された人達から話を聞いておいてもらいたい事を頼む。
「わかった、どうやらケリーがかなり聞いているみたいだから、引き続き調べておく。ゆっくり休んでくれ、私の主」
「ディーナもお疲れ様。頼りになって安心したわ」
「その言葉だけで疲れが取れそうだ。では」
騎士礼で見送ってくれる。
近くの近衛騎士さんも同じように礼をして見送ってくれた。
よしよし、とりあえずオリアナの言う通り撤退しましょう…
*******************
「・・・なんだ、こりゃ」
「これは・・・凄いな。出る幕ないね」
「どうやったらこんな風に?」
「凍結棺?しかしこんな広範囲に渡って?」
最下層へショートカットし、迷宮主の部屋へ。警戒しつつ扉を開けると、そこから漏れてきたのは熱気ではなく、冷気。
…おかしい。報告では溶岩が湧いているとの情報じゃなかったのか?
異変に気づいたレオニードが先に入る。続いて入れば、そこは見事な氷の部屋と化していた。
数メートル先に、火炎蜥蜴と思しき氷像。その背後にも2匹いた。いずれも凍りついている。
奥まで探索すれば、最奥の沼は凍りついていたが、氷は割れて穴が空いている。その近くに動きの鈍い火炎蜥蜴がさらに2匹。
…なんだか申し訳なくなりはするが、討伐しないと終わらないので倒す。凍りついていた3体はそれぞれレオニードや部下達が壊していた。
「どうなっているのやら」
「・・・なるほどな、どうりで冷えていた訳だ」
「何か思い当たる事でも?レオニード」
「こんな真似ができるのが、他にいるのか?」
脳裏に浮かぶ、1人の女性。
まさか、エンジュ様?
俺の頭の中を覗いたかのように、レオニードが苦笑。
「最下層でこの中を覗き見した後な、上層に向かう途中で気付いたが、少しの間見失った。本人を探して降りてくれば、階段の下にいてな。体がやけに冷えていたんだ。
本人は『忘れ物をしたから小部屋を見に行っていた』と言ってたがな。恐らく中に入っちまって、魔法を放ったってとこだろ」
「・・・信じ難い、が。これだものな」
「あの女は底がねえぞ?さっきもお前んとこの団長の魔法をいとも容易く操ってやがった。しかも『聖』属性まで持っていやがる。ここを上がってくる時は重宝したが、ありゃ何もんだ?
タロットワークとはいえ、まさか全属性持ちか」
「悪い、俺もそこまでは知らないんだ。・・・しかし彼女はタロットワークだ。そうであったとしても何の違和感もないよ」
「そう、なんだがな。俺の手に捕まえておくにゃ、ちっとばかし手に余るかな」
「・・・レオニード、まさか手を出したのか?」
「睨むなよ、合意の上だぜ?年端の行かない女ならいざ知らず、大人の付き合いに口を出す程野暮じゃねえだろ?
お前も気に入ったんなら手を出してみちゃどうだ?レディは俺と同類みたいだぜ?」
「同じにしたら怒られそうだよ」
「捕まえておくにゃ、少々骨の折れる女だよ。お互い気が合う時に肌を重ねる、くらいがちょうどいいぜ。
アレを捕まえておく男はかなり手こずるだろうよ」
「それは難儀だな」
頭に浮かぶのは、1人の女性。
もう2度と会うことはできないかもしれない、彼女。
ふと、なんとなく印象が重なった。
顔も、雰囲気も、話し方も違う。
だが、気を抜くとスっと手からすり抜けていくような感覚に、既視感を覚えた。
…彼女が長じれば、あんな女性へと変わるのだろうか。
618
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる