82 / 197
近衛騎士団編 ~小鬼の王~
81
しおりを挟む戻ってきた3人にもしっかり休んでもらって、豚の丸焼きの仕上がりを待ってから出発。
少し急ぎ目で行くことにした。
だって、できるだけ早く3人に探索に散ってもらいたいもの。
夜になればそれだけ危険は増す。…むしろ夜の闇の方が彼等にとっては動きやすいのかもしれないが。
日が落ちる前に、目的の砦が見えてきた。
目の前で降りるわけにもいかないので、ある程度離れた場所から歩く事に。
あと少し、という所で、横合いから出てきた騎士に詰問された。
「止まれ!貴様等、何者だ!」
「私達はあの砦に向かっている者ですが」
「何だと?名を名乗れ!怪しい奴らだな!」
「えっ、そんなに怪しいですか?」
「怪しいだろ!馬車でもなく、馬に乗るでもなく!
徒歩で歩いてくるには、近くの村からはかなり距離もある!
商人でもない、農民でもない、爺と女3人なんて、怪しすぎる!」
確かに。いきなり徒歩で来たら怪しいのか?
ここは馬でも乗ってくるべきだったのか。
でも、砦に馬連れてきたら、それだけお馬さんのご飯とか必要だし。お世話とかいるし。
しょうがないので、伝家の宝刀抜きましょう、そうしましょう。
「わかりました、これが身分証です」
「あん?これが・・・なに・・・か・・・」
はい、と渡した指輪。
それはタロットワークの紋章が刻まれているものだ。
もちろん、魔術研究所の通行証でもあるのだが。
それを見た騎士さんはプルプルと震えだし、ガバッと土下座した。
「も、申し訳ありませんでしたあっ!!!」
「いや、まあ、いいのよ別に。怪しいわよね確かに」
「平に、平にお許しの程を!」
「いやだからもういいって」
「誠に申し訳ありません!!!」
面倒臭い。無視して歩いていいですか?
セバスに『どうにかしてください』と言って、私は歩き出す。
土下座する彼ににこやかにセバスは一言、二言囁くと、彼はあっという間に横をすり抜けて砦へ猛ダッシュして行った。
「何したの?セバス」
「いえ別に。お早く砦へ言って、アナスタシア様に客人が来たことをご報告しなくてよいのですか?と言っただけですよ」
「なるほどね、その手があったわね」
タロットワークが来たのだ。誰とはわからずとも、現在砦にいるタロットワークの人間にそれを伝えるのは上策と言える。
歩いて辿り着く頃には、砦の前にアナスタシアが待っていた。
「アナスタシア」
「よく来たな、エンジュ。歩きなのか?」
「途中までは杖でね。さすがに降り立つ訳にもいかないじゃない?」
「なるほどな、早いわけだ。セバス、御苦労だった」
「いえ、アナスタシア様もご健勝そうでなによりです。
ではエンジュ様、我等は任務に向かいます。よろしいですか」
「場所を聞かなくてもいいの?」
「いえ、こちらで手分け致しますので構いません。夜半には戻れるかと」
「お願いするわ。オリアナ、貴方も行ってくれる?アナスタシアがいるから、護衛はいいわ。それより情報が欲しいの」
「かしこまりました、我が君」
ターニャとライラの影から、すっと現れたオリアナ。
何故か、メイド服。もうそれ以外着る気ないのでは?
セバスが軽く頷くと、3人はそれぞれの方向へ去っていった。
彼等の仕事ぶりに大いに期待しましょう。
「いいのか?エンジュ」
「構わないわ。途中の村でも魔物被害があったの。
・・・それで悠長にしていられないと思ったわ。なにより、情報を集めるならば、彼等以外に適任はいないでしょう」
「確かにな。斥候隊としてカイナスが出ているが、まだ戻らない。日が落ちるまでには戻るだろう。少し休んでくれ、エンジュ」
「ええ、ありがとう。
・・・あ、途中の村で、豚の丸焼きを買ってきたのだけど。夕飯に出してもらいたいのよね」
「それは豪勢だな。皆も喜ぶ。
そうだ、エンジュの『騎士』達もいたぞ。少し消耗しているようだから、見舞ってやってくれ」
「え?ケリーとディーナ?いるの?」
「ああ。今は休みを取らせている。
先程カイナスに斥候に出てもらっていると伝えたな?
奴らの持ち帰った情報を元に、明日から攻勢に出る。
近衛騎士を主体に組むが、王国騎士にはここの守りに徹してもらうつもりだ。万が一突破されても困る」
砦の中を歩きながら、アナスタシアと話す。
私が通ると、顔見知りの近衛騎士はぺこりと礼をしたり、騎士礼を返してくれる。
ふと、見た先に久しぶりに見る顔が。
「えっ!?アリシアさん!?」
「ああ、『星姫』殿だな。神殿より救援に来た中にいる。
巫女達や僧兵達と共に、騎士達の救護や、食事の世話なんかもしてくれている」
「・・・立派になったのね。美人になって」
あれから2年以上も経ったのだ。
少女から淑女へ。エリーのスパルタ訓練もあっただろうが…
幼さはなりを潜め、見事に美人さんの仲間入りだ。
と、ポケットからぴょーん、とスライム1号が飛び出た。
何故今ここで出る…?
「おや、着いてきたのか」
「ポケットに滑り込んできたのよ」
「そうか。・・・やはりいいなこの手触り」
ぷにぷにぽよん、とアナスタシアの手の中で遊ばれている。
何やらスライムも満足そう。
ふとよく見ると、一回り小さくなっているような。
…まさか、気が付かないうちにこの子分裂してない?
「えっ、待って?分裂してない?」
『したのー』
「どこ行ったの!?」
『あのね、ついてった』
「誰によ」
『みんなー』
「・・・ヤバい全くわかんない」
「もしかしたら、セバス達について行ったのか?
そうであれば、連絡は取りやすそうだな」
『そうなの』
「い、いつの間に・・・」
どうやら、昼間、村で別行動を取った時からのようだ。
面白そうだな、と思い、分裂してついて行ったらしい。
スライム同士で連絡が取り合える…らしいので、セバスがそのまま連れて行っているのだとか。
あれ?もしかして探索の魔法が広範囲に広げやすかったのって、もしかしてこの子達がアンテナの役割してたとか?
…それってなんていう性能なんだ?私の使令だからなのか?一体?
********************
砦の中の食堂へ通される。
おそらく、この建物で『応接室』とかはなさそう。
なので飲食は必然的にここになるんだろうな。
アナスタシアは私をここに連れ、部屋を用意するから待っていてくれと言い残して去っていった。
アナスタシアもアナスタシアでやることあるからね。
私はとりあえず何も無いし、のんびりセバス達を待つくらいしかない。
テーブルにスライムを出して、ぷにぷにつついて遊んでいると、コトリとカップが置かれた。
見上げると、そこにはディーナとアリシアさんが。
「あら、もういいの?ディーナ」
「ああ、休ませてもらった。ここまで来てもらって申し訳ありません、エンジュ様」
「いいのよ、私が来る必要があって来たのだもの。
そちらは、お友達なのかしら?」
「ええ、そうです。
紹介します、アリシア・マールです」
「初めまして、文務省所属二等官、アリシア・マールと申します。お会いできて光栄です、レディ・タロットワーク」
「初めまして、魔術研究所タロットワーク塔主のエンジュ・タロットワークです」
私はまだアリシアさんに自分が『コーネリア』だとは教えていない。今後の彼女にとって、その情報が吉と出るか凶と出るかは定かではないからだ。
エリーは既に確固たる身分がある。
キャズも冒険者ギルド所属の冒険者と、『タロットワークの騎士』という地位が。
ケリーとディーナにおいては、王国騎士団の騎士としてだけでなく、キャズと同様に『タロットワークの騎士』という身分が。
彼等は自分で自分の身を守れる力がある。
けれど、アリシアさんはどうか?現在の彼女は、王宮の文務省…所謂、政治的な役割をする場所にいる。そこは下手をすると権力に囚われた魑魅魍魎が跋扈する世界だ。振り回される危険がある。
彼女は自分自身の能力でそこまで登り詰めた。
そこに『タロットワーク』の影響があると、今後の未来を左右してしまわないか?という懸念がある。
だからこそ、ゲオルグさんも見守るだけに留めておいてもらっている。ちなみに文務省のトップはゲオルグ・タロットワークである。
だからこそ、これまで何も接触せず、エリーやエオリアさんからの情報のみでアリシアさんの事を見てきていたのだが。
「あ、あの!この子触ってもいいですか?」
そわそわそわ、と落ち着かないアリシアさん。
わかるわかる、だってディーナも触りたそうにチラチラ見てるもの。
「ええどうぞ。ディーナも触りたかったんでしょう?」
「わ、私は、その」
「いいじゃないですかディーナさん!レディ・タロットワークのお許しがあるんです!」
みょーん。
「わあっ!2匹になった!」
「・・・す、すごい」
「空気読んだわね」
ドヤァ…!とばかりにこっちを見るスライム。
いや、いつも通りの笑顔なんだけどね。空気的にドヤ顔に見えるよね?
私は女子2人がキャッキャウフフとスライムを楽しむ間、のんびりティータイムを楽しむのでした。
570
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる