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近衛騎士団編 ~小鬼の王~
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しおりを挟む「なんだ、盛り上がっているな」
「おかえりなさい、アナスタシア。お部屋は準備できた?」
「ああ、大丈夫だ。今移動するか?」
アナスタシアが現れると、キャッキャウフフ、としていたディーナもアリシアさんも猫の子を借りてきたかのように大人しくなった。
やっぱりアナスタシア相手は緊張するのかしら。
アナスタシアもそれを察したのか、ディーナへ部屋への案内を頼む。
「クロフト、済まないがエンジュを部屋に案内してやってはくれないか?私はまだ手が離せなくてね」
「かしこまりました、お引き受け致します」
「あ、では私は、また」
「いや、アリシア。君もエンジュ様を案内してくれないか?」
「わ、私がですか?」
驚くアリシアさん。ディーナを見ると、何やらウインクしてきた。何か考えていることがあるのかしら。
私はスライムを回収し、アナスタシアへ預ける。
心なしかアナスタシアが嬉しそうだ。なんだかんだ言って、アナスタシアもスライム好きなのよね。
「後で引き取りに行くから、遊んであげて?
私は少し荷物整理とかあるから、この子がいない方が捗るの」
「なるほどな。隣が私の部屋だ。私はそっちで仕事をしているから、終わったら来るといい。
ではクロフト、この中の案内も頼む。星姫殿もよろしく」
「はい、お任せを」
「かしこまりました、アナスタシア様」
騎士礼を返すディーナと、綺麗に淑女の礼を返すアリシアさん。立ち姿も綺麗になったなあ。
私?…もう…忘れてますね…
********************
砦の内部はそこまで広いものではないのだが、食堂以外の施設も案内してもらいながら部屋へと向かった。
巫女達がまとまって寝起きしている一角や、王国騎士団が寝起きしている一角。近衛騎士団は、半分砦の中、半分は外でテントを張っているようだ。
「さすがに全員を収容はできないのね」
「心苦しいのですが、アナスタシア様達が『先に頑張って戦ってくれていた王国騎士達に屋根のある場所を』と言ってくださって。
我々のような一兵卒にまで気を使ってもらえて申し訳ないです」
「まあ、本人達がいいと言うのだからいいんじゃない?
それに、テントも楽しそうに見えるわよ?」
私の目には、キャンプに来た人にしか見えない。
小さいものでもないし、大掛かりなテント…いや、天幕?
キャンプファイヤーとかしないでしょうね?
食堂へまた戻り、キッチン周りも。
おっといけない、忘れる所だった。買ってきた豚の丸焼きをマジックバッグから取り出す。
夕飯の支度をしていた担当達が歓声を上げて喜んだ。
一応糧食はあるんだろうけど、節約するに越したことはないからね。焼きたてのパンもバッグごと渡して、後で返してもらうことにした。
菓子パンはあげませんよ?これは私のおやつです。
一回りしながら部屋に到着する。
アリシアさんはそこで『持ち場に戻ります』と言って戻って行った。
「・・・少しは息抜きになったのならいいのだが」
「気にしているわね、ディーナ」
「まあな。私やケリーのように、こういった状況に慣れている訳じゃないだろうし。私はまだ騎士団の訓練などでこういった事には慣れてきている。
けれど、アリシアさんには初めてのはずだ。傷ついて戻ってくる騎士も少なくはない。その全てに向き合い、対応するのは、巫女達でも辛いだろうから」
「そう、よね。かなり怪我した人は多いの?」
「アナスタシア様に言わせれば、油断した方が悪い、死なぬだけマシだと苦言を呈されたが。確かに浮ついていた面もあった。
たかが小鬼・・・そう思っていた騎士も少なくない」
「ここ座って、ディーナ。手を出して」
「ん?」
部屋に備え付けの応接セット。…とまでは言い難いが、テーブルと椅子2客のセット。そのひとつにディーナを座らせる。
私は向き合って、手を握る。
そっと魔法をかける。無詠唱ですが。試しに…というのもあるけどね。
そう、この間ゼクスさんから教わった祝福の庭園だ。未だになんとなく、ネーミングがしっくり来ないのだけどね。そのうち何か違う魔法名に変えてしまおう。オリジナル魔法だものね。
「これは・・・エンジュ?」
「どう?疲れとか取れるかしら?まだ試作段階だから、あんまり範囲は広げられないのよね」
「すごいな、なんだか心が暖かくなるようだ。スッキリするよ」
「そう、ならよかった。ただ、この魔法使ってると他のが全く使えないという欠点がね」
「エンジュ、再度言うが、普通は幾つも同時に魔法は使えないものなんだぞ」
「そうなのよね、そうだったわ」
周りが悪いんです!ゼクスさんもセバスは言わずもがなだけど、ターニャやライラだって最低でも3種類くらいは同時に展開するからね!
確かに同時に展開するのは初級魔法が多いんだろうけど、幾つも展開できることが当たり前な周りの環境にいると、あんまりおかしい事だと思わなくなっちゃうからな…反省反省。
「なぁ、エンジュ。アリシアには本当のことは言わないのか?」
「ディーナは言うべきだと思っている?」
「少し、罪悪感がな。たまに、アリシアは『コーネリア』の話をするんだ。あの人に救われたってな。目標にしているとも。
そういう事を聞いていると、なんだか申し訳ない気持ちになる。キャズは『それくらい我慢しなさいよ』と言っていたが、な。
私の気の弱さが問題なんだと思うんだが」
ディーナは嘘が付けないからなあ。それは美徳なんだけど、ね。顔に出ないだけマシなんだけどさ。けれど、話すなという私の命令があるからそれを破る事はない。
うーん、アリシアさんにねえ?
彼女が秘密を守っていられるかなんだけどね。
胡蝶の夢は持ってきていないしな。とはいえ、こちらに戻ってきてから使ってないんだよね。
「ちょっと考えさせて」
「そんなに、か?」
「彼女は貴方達とは違うわ。タロットワークの騎士ではないし、この先彼女はカーク王子と結婚して、公爵夫人となる。政治の中枢に、貴族の思惑の中で戦っていかなきゃならないのよ。
そこで、タロットワークの恩恵があるというのは少し不利にならない?」
「不利になるか?むしろ有利では?」
「カーク王子自体が臣籍降下して、王の臣下となるわ。
そこには既に、ゼクスレン・タロットワークという確固たる柱足り得る人間がいる。そこに阿る貴族となるの?」
「っ、・・・そうか、むしろ別の柱として立たないとならないな」
「ええ、そうよ。ゼクスさんだけじゃない、ゲオルグ・タロットワークという柱もある。そこに阿るような貴族であってはならないの。新たな『国を支える礎』でなければ。
その妻が、タロットワークへ偏ってはいけないの。仲良くする事は構わないわ。でも、別の柱としてでなくてはならない」
「そうか。・・・難しいな」
「だから、彼女自身が私という秘密に押し潰されること無く立ち上がれる、その確信がなければ言えないわ。
エリーにはそれがあった。彼女は『彼女』でしかないからね」
「確かに。エリザベス嬢はそうだろうな」
「それを解決する物を私は持ってきていないのよね。もしかしたらセバスが持っている可能性もあるから、それからかしら。
もしもアリシアさんと話す機会があって、話しても問題ないと判断したら話すわ。これでいいかしら」
「ああ、すまない。主であるエンジュに頼りすぎだな、私は」
「いいのよ、これから頼るもの。なんせ武器なんて持ってませんからね?ケリー同様に、頼むわよ?」
「任せてくれ、騎士として恥じないように戦うさ」
「無理はしないでね。私もずっとついていられる訳じゃないんだから」
「わかっているさ。・・・じゃあ私も失礼するよ。
癒してくれてありがとう、エンジュ」
ディーナも色々と凹んでいたのかもね。
この歳で中隊長として部下を率いつつ、敵と戦うとかすごいわ。私にはできないものね。
彼女達の働きがあって、今ここは無事で居られるのだ。
それを無駄にしちゃいけないわよね。
さて、シオンやセバス達が戻るまで待ちますか。
お、意外とベッドが寝心地いいぞ…?
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