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近衛騎士団編 ~小鬼の王~
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しおりを挟む月が煌々と輝く夜半すぎ、影達が砦へ戻ってきた。
戻る事を見越して、出入口には私の部下を置いておいた。
王国騎士では対応に困るだろう。
「良く戻った、セバス」
「いえ、たまの運動も良いものですね。
普段はあまり動かない私も、今回はお役にたてそうで何よりです」
「報告を」
「かしこまりました。・・・エンジュ様は、お休みのようですね」
「ああ、さっきまで起きていたが。どうやら睡魔に負けたらしい」
エンジュはセバス達を待つ、と言っていたが、私の部屋のベッドで転がっているうちに寝てしまった。
セバスと戻ってきたメイド2人が微笑ましく上掛けを掛け直している。
「お前達を休ませてやりたいのだが、端的にでも報告を聞きたい。夕刻、カイナスが戻ってきたが、群れを2、3発見したと。
将軍級の他に、剣や弓で武装した小鬼もいたそうだ。厄介な事にメイジもな」
「そのようですね、我々も見かけました。
ですが、もっと厄介な事になりそうです」
「───やはり、いたか」
「はい。恐らくアナスタシア様が洞窟を潰した際は離れていたようですね。新しく洞窟を作っていたようです。人を攫ってはいませんでしたが、家畜を攫い、食料としていました」
「規模は」
「こちらの3倍、という所でしょう。
少々手強いかもしれませんね。人化小鬼の数も目立ちます。群れを率いて砦を攻めるだけの知能はあるように思いました。
・・・それもこれも小鬼の王がいるからでしょうが。洞窟内にはメイジとシャーマンもおりました。
こちらほどではないでしょうが、回復手段がある事が厄介かと」
「お前の見立ては」
「ある程度の損害は病むを得ないのかと。
・・・ただし、騎士のみで戦うならばと注釈が付きますが」
「どういう事だ?」
「あの洞窟内の群れですが、おそらくエンジュ様おひとりで片がつきます」
「・・・エンジュ、が、か?」
「はい」
ぱちくり、と瞬き。エンジュに?そこまでの力?
エンジュを筆頭にし、影達が戦うならばという事か?
現在、影達が1番に守るのは兄上でもなく、エンジュだ。
もちろん兄上もタロットワークの要である為、重要警護者なのだが、エンジュはまたそれを上回る警護対象者だ。
・・・もちろん、本人は全く気づいていないが。
兄上自らがそうさせている、という事も大きい。
私も兄上も、エンジュを表舞台に立たせることは断じてないが、彼女の為に国と戦うことも辞さないだけの覚悟はある。
・・・私達はそれだけの事を彼女にしてしまったのだから。そんな彼女は私達を『家族』と言ってくれている。なんとも情けないやら申し訳ないやら。
微動だにしないセバス。
今も尚、現在最強の影であるタロットワークの執事。私ですら本気を出したセバスに勝てるとは思わない。
「エンジュ様ならば、と申し上げましたが、それはエンジュ様御本人に戦ってもらう訳ではございません」
「だろうな、エンジュは本当に普通の女性の体力しかない」
「はい。ですが、あの召喚獣は違います。
おそらくあれ1匹で洞窟内にいる小鬼の王も瞬殺できると思われます」
「・・・それほど、か。まあしかしそうだろうな、私もあれと対峙したが、本気で向かってきたらダメだろうな」
「他にやりようが無いわけではございません。
まずは散らばっている群れを各個撃破し、全体数を削る事を一とすべきかと」
「わかった、まずは周りを潰す事から考えよう。
お前達はエンジュと共に、砦を守ってくれ。何かあるとも限らない」
「かしこまりました。アナスタシア様もお気をつけて」
********************
翌朝、起きたら通常通りにターニャに起こされました。
…いつ帰ってきたの?夜中?あ、そうですか。
「ゆっくり休む・・・訳にもいかないわね」
「エンジュ様はもう少し休んでいても大丈夫ですよ?」
「アナスタシアやシオンは出るのでしょう?
ケリーやディーナは残るのかしら」
「いえ、ケリー様は出るようです。ディーナ様は砦の守りに残るようですね。もう1人の王国騎士もです」
多分ターニャがいうのはもう1人の隊長さんの事だろう。
ケリーやディーナより年齢が上で、ここで消耗戦をしている間はずっと2人の上に立って指揮していたらしい。
色々と悩まれていたようで、心身共に消耗している。
いつ援軍が来るか、気が気でなかったようで、今も万全とは言い難い。巫女達の癒しがあったとしても、メンタルケアまでは無理だったようだ。
・・・ん?こういう時の能力値回復薬なのでは?削れたSAN値も回復するんじゃない?多分。
食堂へと降りれば、そこは既に出動する騎士達はいなかった。もう腹ごしらえをして準備を進めている様子。
中にいたのは、アナスタシアとシオンにケリー。作戦会議中なのかしらね。邪魔しないように端行きますか、端っこ。
「エンジュ、おいで」
はい、アナスタシアに見つかりました。
そりゃ見つからない選択肢はなくてもだよ?作戦会議中なら呼ばないで欲しかったなあとか。
「おはよう、皆さん。アナスタシア?作戦会議中なら私を呼ばずにしないといけないのではない?」
「大丈夫だ、もう終わったよ。後は部下達の準備が整うのを待つだけだ」
「ええ、大丈夫ですよエンジュ様。私達が向こうへ行くと、皆が緊張し始めてしまいますからね。準備が整うまでは離れている方がいいんです」
「そういうものなの?」
テーブルへと付くと、ライラが朝食を持ってきた。
メニューは普段お邸で食べているのとさほど変わりない。サンドイッチに、スープ、フルーツとサラダ。
あ、分厚めのタマゴサンド。…作ったのセバスぽいわね。執事って料理もこなすものなの?そういうものなの?セバスだけは本人の趣味も兼ねている気がしてならない。
いただきます、と挨拶してからぱくり。うむ、美味い。
ふと、視線を感じる気がして目を向けると、シオンとケリーが驚いた顔をしている。アナスタシアは苦笑。
「え?なに?」
「いえ、あの・・・」
「少し驚いただけですよ、エンジュ様。お気になさらず、お食事を続けてください」
口ごもるケリーに、驚いた顔を引っ込めるシオン。
えっと?ここで食べるという事に驚いた?のかしら?
すると、アナスタシアがライラが運んできた紅茶を飲みながら教えてくれる。
「気にする事はない、ただエンジュの朝食メニューに驚いていただけだ」
「えっ?私の?・・・食べ過ぎ?」
「いやいや」
「いえ、違いますよ。さすがはタロットワークの使用人だなと思っただけです」
「・・・まさか、皆とメニューが違う?」
確かによく考えたら、この遠征している砦内でいつもと同じようなメニューが出てくることがおかしいか?皆もう少し簡単な食事だったのかしら。
アナスタシアはライラに何気なく問いかける。
「まあそうだな。ライラ?エンジュの朝食はセバスが作ったのだろう?」
「はい、そうでございます。セバスチャンさんが『いつもと変わりなくお過ごしになるように』と」
「という訳だ」
「な、なるほど・・・」
特に違和感なく食べてたわ、私。
ケリーは『美味そう』と思ってるわね、確実に。そっとタマゴサンドを一切れ渡してみる。戸惑いながらも口に運ぶとなにやら感動していた。美味しいもんね。シオンはそれを見て苦笑中。
「まったく、作戦前なのによく入るねクーアン」
「あ、すみません!」
「いやいや、結構な事だよ。君の働きに期待しよう。あまり無理をさせ過ぎないように頼む」
「心得ております」
「アナスタシアも副長さんもケリーも、別々に行動するのかしら?」
そう聞くと、アナスタシアが答える。
「ああ、3方に散る。大がかりな群れが2箇所。そこは私とカイナスで一掃する。だが、少数の群れが点在しているのでな。そっちは王国騎士に任せることにした」
「王国騎士は動ける手勢が少ない。ディーナを砦に残し、残党狩りをしてもらう。俺は動ける奴らを連れて少人数の群れを各個撃破することになってる」
「そうなの。王国騎士に回復魔法を使える人は?」
「いるといえばいるが・・・」
「なら、僧兵と巫女達に助力を頼みましょう。
近衛騎士達は問題ないのかしら?」
「こっちは問題ない」
「はい、こちらも大丈夫です」
私は手早く食事を済ませ、立ち上がる。
アリシアさんに話をすれば、ある程度の融通は効くだろう。
こんな時だ、協力をお願いしても問題にはならないはず。
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