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5話
しおりを挟む「…で?場所どうするよ。どっちかの部屋かホテルか」
「どっちでも良いよ」
「じゃあ俺の部屋で」
「分かった、あ。一回部屋戻って良い?着替えとか化粧品持って行きたい」
すると樹が不服そうな顔をする。灯里は至極真っ当なことを言ったつもりだったのだが。
「明日、普通に仕事だからさ」
樹の眉間の皺が濃くなって行く。自分はそんなに変なことを言ったのかと不安になる灯里だったが、やや緊迫した空気は樹の放った言葉で和らいだ。
「…朝一で車出す。何なら会社の近くまで送る。それで良いだろ」
これでも譲歩したんだぞと目で主張する樹。彼は一旦灯里が自分の部屋に戻るのが嫌なようだ。何故なのか、と普段なら聞けるが今の樹にはなんと無く聞けなかった。聞いては何かが変わってしまう気がした。
灯里は「私はそれで良いけど、樹の負担が凄くない?」と言うと樹がまた「問題ない」と素っ気なく答える。気が引けてしまうが意固地になったら話が進まない。灯里は「じゃあ、このまま樹の部屋行こう」と言った。あからさまに樹がホッとしたのが分かったけれど、やはり聞けなかった。
テーブルに残った料理を食べ終わると個室を出てレジに向かう。灯里が無理矢理呼び出した形なので奢るつもりだったが、トイレに行くと先に出ていた樹が既に支払っていた。店の外で待っていた樹に自分が払うと言ったが、頑なに聞き入れてくれなかったので諦める。別の形で借りを返そうと思った。
樹の住むマンションは居酒屋のある駅から電車に乗って15分程。就職してから引っ越したと言うマンションに灯里は行ったことはない。大学生の時は浩介と共に遊びに行ったことはあるが、就職してからは外で会うことばかりだった。灯里1人で樹の部屋に行くことはあり得なかった。まさか初めて足を運ぶのがセックスするためとは、昨日までの灯里は想像すらしてなかっただろう。
電車の中、駅からマンションまでの道のり2人の間に会話はあまり無かった。普段は灯里が喋り、樹が聞き役に徹する形が多い。話し手の灯里の口数が少なくなれば、会話が減るのは当たり前で。灯里は緊張しているようだった。たかがセックスするだけで、処女じゃあるまいし。やはり緊張の原因は…と並んで歩く樹を見上げた。頭一個分大きい樹。意識したことすらなかったが、こんなにも身長差があったのか。今更気付かされる。当たり前なのだが樹は男、何もかもが自分と違う存在だ。付き合い自体は長いのに、これから何をしようとしているのか考えるだけで落ち着かない。しかし樹は涼しい顔をしている。灯里は少しばかり緊張しているというのに。そういえば樹が緊張している姿を見た記憶がない。大体平然とした顔でさらりとこなしていった。そんな彼からしたらこのくらい、どうってことないのだろう。理不尽と分かっていても灯里は樹に苛立ってしまった。
隣を歩いていた樹が突然立ち止まる。灯里は自分の考えていたことががバレたか、と身構えたが樹は「買うものあるから」と立ち止まった場所…コンビニに入って行った。慌てて後に付いて行く。樹は予め何を買うのか決めていたらしく無駄のない動きで目当てのもののある棚に向かい、カゴに入れていく。飲み物、そしてコンドーム。絶対必要なもの。だがやはり樹がそれを持っている姿に違和感がある。樹はそんな灯里の視線を無視し、「お前は何か買うものある?」と聞いて来た。
「あ、うん。私は化粧落とし…トラベルセットだけかな」
水やお茶は樹がカゴに入れたし、朝一で部屋に戻るから下着は要らないかと思い言わなかった。樹は一種類しかないトラベルセットをカゴに入れ、レジへと向かう。ここでも灯里に払わせてはくれなかった。樹のある種の意地のようなものを感じ、灯里は肩を竦めた。
樹の住むマンションはコンビ二からすぐだ。外観は灯里の住んでいるマンションより綺麗な印象を受けた。体感で駅から歩いて10分、そこそこ良いお値段がしそうである。見上げていると「何ボケーっとしてるんだ」とヤジを飛ばして早く来るよう促される。先を歩く樹に続いてエントランスを通り、エレベーターに乗り込むとあっという間に樹の部屋のある階に着いてしまった。
「どーぞ」
「お邪魔しまーす」
招き入れられて部屋に入る。部屋の間取りは1L DKらしい。リビングに通され、指を差したドアの先が寝室と教えられる。全体的にシンプルなレイアウトだな、とリビングを眺めていると徐に手を掴まれズンズンと引きずられるようにドアの先、寝室に入ってしまった。パタン、とドアを閉めた音が響く。
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