37 / 123
告。新入生諸君
5 おかえり。と、言う人 2
しおりを挟む
その店は公園を出てから、5分ほど歩いた場所にある。どちらかというと静かな住宅街と言える場所だ。ただ、大きな商業施設はないのだが、普通科以外の学生が多い町ならではの、少し風変わりな個人商店や小さなレストラン、定食屋やカフェなどが普通の住宅の間にいくつも点在している。
公園を出て比較的大きな通りを進んで、一度右へ折れた先、二つ目の角を左に曲がる。細くなった路地の先、古着屋、古本屋の隣の5階建ての小ぢんまりしたビル。その1階にその店は入っている。
水瀬緑風堂魔符魔法薬店。
それが、その店の名前だ。
隣の古書店より。50㎝ほど奥に入った店の正面には木製のプランターがたくさん置かれている。そこには観賞用というにはいささか地味な花がたくさん咲いている。可愛らしいのだが、分かる人には分かるそれは、本来はこんな街中で育つような草花ではなかった。
「あれ? この店……」
看板を見上げて、宙が呟く。何気なく店の外観を見回してから、ぎくり。としたように驚愕の表情を浮かべて、プランターの花を二度見している。
「た……確か魔法薬の店じゃなかった?」
宙にはわかったのだろう。そこに植えられている花が、本来魔昏濃度が殆ど0に近いこんな場所では育たない花であり、その花の種が驚くような高額で取引されているということが。だ。
そして、彼はどうやら、ここがどんな店なのか知っているようだった。
「あ。知ってた?」
宙の反応に、燈は驚くことはなかった。女神川学園の特戦の生徒なら、この店を知っているものは少なくはない。特に魔道科の生徒には知る人ぞ知る店として知られているからだ。
「うん。前に……来たことあるし」
ぼそり。と、宙が呟く。
「何日か前にカフェスペースオープンしたんだよ」
元々、この店は魔符の販売店だった。ギルドに卸していた魔符を個人的に買いたいという客のために開いた店だ。しかし、魔符だけでは経営が成り立たないため、魔道ハーブを使った魔法薬やハーブティを売るようになった。近くに高校があったから、見習いスレイヤー向けの効果は高くないが安価な魔符や魔道薬を売り出したところ、高校生魔符師から、自分たちの魔符を店の隅に置かせてほしいと頼まれて、店内の一角を貸すようになった。そうして、出入りするようになった高校生たちに売り物にならないハーブを使ったお菓子を振舞っていたところ、商品として販売してほしいと頼まれて、カフェを始めることになった。と、いうのが一連の流れだ。
だから、本来、この店はカフェではない。
「ここのスイーツ最高」
それでも、ここのスイーツ以上の味を燈は知らない。そのくらい、店主の作るスイーツの味は絶品だった。
「ん? もしかして、宙も来たことあんの?」
横から、鼎が問いかける。と、同時に、鼎の影の中から『にゃあああん』と、声が聞こえた。続いて、がりがり。と、何かをひっかくような音がする。
「……なんか、興奮してるんだけど?」
「……『出せ』って。出さんけど」
たん。と、自分の影のあたりを足で踏んで、鼎は言った。普段、鼎の影の中に潜って隠れているクロが『外に出せ』と主張しているらしい。
「前に、ここの店の店主の人に逃げ出したクロを捕まえてもらったんだよ。そんで、そんときにクロが店も、その人も気に入ったらしい」
通常、異形が契約を交わした人間以外に懐くことは稀だ。ただ、ここの店主には常識は殆ど通用しない。
店内はその人の魔光で満ちているし、彼自身の人柄も、能力も普通の能力者を基準に考えてはいけない。彼は稀有な存在なのだ。たとえ、彼自身が全くそれを望んでいなくても。
「なんだ。二人も知ってたのか」
そう言いながら、燈は雫に視線を向けた。その視線に気付いて、雫は首を横に振る。自分は知らないという意味だ。次に助けた女子生徒・茉優の方を見る。
「いえ。私は、まだ、こっちにきて一週間くらいなので」
首を振って茉優は答えた。
「とにかく入ろ。腹減った」
扉に手をかける。
からん。
と、耳に心地いい音がして、ドアが開いた。
公園を出て比較的大きな通りを進んで、一度右へ折れた先、二つ目の角を左に曲がる。細くなった路地の先、古着屋、古本屋の隣の5階建ての小ぢんまりしたビル。その1階にその店は入っている。
水瀬緑風堂魔符魔法薬店。
それが、その店の名前だ。
隣の古書店より。50㎝ほど奥に入った店の正面には木製のプランターがたくさん置かれている。そこには観賞用というにはいささか地味な花がたくさん咲いている。可愛らしいのだが、分かる人には分かるそれは、本来はこんな街中で育つような草花ではなかった。
「あれ? この店……」
看板を見上げて、宙が呟く。何気なく店の外観を見回してから、ぎくり。としたように驚愕の表情を浮かべて、プランターの花を二度見している。
「た……確か魔法薬の店じゃなかった?」
宙にはわかったのだろう。そこに植えられている花が、本来魔昏濃度が殆ど0に近いこんな場所では育たない花であり、その花の種が驚くような高額で取引されているということが。だ。
そして、彼はどうやら、ここがどんな店なのか知っているようだった。
「あ。知ってた?」
宙の反応に、燈は驚くことはなかった。女神川学園の特戦の生徒なら、この店を知っているものは少なくはない。特に魔道科の生徒には知る人ぞ知る店として知られているからだ。
「うん。前に……来たことあるし」
ぼそり。と、宙が呟く。
「何日か前にカフェスペースオープンしたんだよ」
元々、この店は魔符の販売店だった。ギルドに卸していた魔符を個人的に買いたいという客のために開いた店だ。しかし、魔符だけでは経営が成り立たないため、魔道ハーブを使った魔法薬やハーブティを売るようになった。近くに高校があったから、見習いスレイヤー向けの効果は高くないが安価な魔符や魔道薬を売り出したところ、高校生魔符師から、自分たちの魔符を店の隅に置かせてほしいと頼まれて、店内の一角を貸すようになった。そうして、出入りするようになった高校生たちに売り物にならないハーブを使ったお菓子を振舞っていたところ、商品として販売してほしいと頼まれて、カフェを始めることになった。と、いうのが一連の流れだ。
だから、本来、この店はカフェではない。
「ここのスイーツ最高」
それでも、ここのスイーツ以上の味を燈は知らない。そのくらい、店主の作るスイーツの味は絶品だった。
「ん? もしかして、宙も来たことあんの?」
横から、鼎が問いかける。と、同時に、鼎の影の中から『にゃあああん』と、声が聞こえた。続いて、がりがり。と、何かをひっかくような音がする。
「……なんか、興奮してるんだけど?」
「……『出せ』って。出さんけど」
たん。と、自分の影のあたりを足で踏んで、鼎は言った。普段、鼎の影の中に潜って隠れているクロが『外に出せ』と主張しているらしい。
「前に、ここの店の店主の人に逃げ出したクロを捕まえてもらったんだよ。そんで、そんときにクロが店も、その人も気に入ったらしい」
通常、異形が契約を交わした人間以外に懐くことは稀だ。ただ、ここの店主には常識は殆ど通用しない。
店内はその人の魔光で満ちているし、彼自身の人柄も、能力も普通の能力者を基準に考えてはいけない。彼は稀有な存在なのだ。たとえ、彼自身が全くそれを望んでいなくても。
「なんだ。二人も知ってたのか」
そう言いながら、燈は雫に視線を向けた。その視線に気付いて、雫は首を横に振る。自分は知らないという意味だ。次に助けた女子生徒・茉優の方を見る。
「いえ。私は、まだ、こっちにきて一週間くらいなので」
首を振って茉優は答えた。
「とにかく入ろ。腹減った」
扉に手をかける。
からん。
と、耳に心地いい音がして、ドアが開いた。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる