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中編①
しおりを挟む「ふー、やっと自由になれたわ」
祖父母から引き継いだ仕事は美術品の売買だった。
お祖母様は昔から絵画を集めるのが大好きでわたしが祖父母の屋敷に遊びにいくとたくさんの美術品を見せてくれた。
絵画はもちろん彫刻やガラス細工、オブジェなどを扱っている。
祖父母は貧しく創作活動が難しい若手の芸術家のパトロンとなり、屋敷に住まわせ金銭的援助を惜しまなかった。
この国の芸術家の育成に深く関わってきた。
そんな祖父母に対して息子であるお父様は『あんな無駄遣いばかりして!』といつも文句を言っていた。
あんな素敵な祖父母からどうしてこんな馬鹿で最低な息子が生まれたのだろうとしみじみ思う。
『アリスティア、ごめんなさいね。甘やかして育てた私達が悪いの』
そう言って謝られると何も言えなくなる。わたしの顔はお祖母様に似ている。そう、両親が嫌っているお祖母様に。
侯爵の名を継いだお父様は突然厳しくなった祖父母を嫌った。今まで甘やかされていたのに『侯爵になったのだから甘えは禁物だ』と言われてもお父様からしたら今更だった。
領地運営なんて興味もない。好きなことをして好きに過ごす。賭け事をしたり社交を楽しむのがお父様の毎日、煩わしい侯爵の仕事など興味すらなかった。
家令や執事、側近が必死で領地経営をしてくれているのを当たり前だと思っている。お金はいくら使っても減らないとさえ思っているのかもしれない。ーーー馬鹿すぎる。
あの人達はうるさく小言を言う祖父母を疎ましく思い、祖父母に似ているわたしが生まれた時、わたしを疎ましく感じ、わたしのことを愛せなかった。
特にお母様はいつも姑と舅に『無駄遣いのし過ぎだ』と注意されていたので気に入らない。わたしの顔を見るとイライラするらしい。
おかげでほんの少しの失敗も許してもらえず、お母様はわたしを毎回鞭叩かれていた。
その時の愉しそうな顔が忘れられない。
どんなに泣いても謝ってもお母様はやめてくださらなかった。
お父様は最初の頃は鞭を振るうことはなかったけどその分わたしに文句を言うのがストレス発散だったようだ。
甘やかされて育った妹のキャサリンはとにかくわたしの物を取り上げるのが楽しいらしい。取り上げてしまえば興味がなくなりすぐにぽいっと捨ててしまう。
欲しいのはわたしが持っているからだ。わたしの手から離れてしまえはどうでもいいらしい。わたしが悲しむ姿を見るのがとても愉快で爽快なのだと言われたことがある。
『だったら返して。あれはわたしの大切な物なの』
そう言って捨てられ放置されたわたしの大切な物を返してもらうようにお願いしたら、キャサリンは『お姉様が意地悪してわたしの物を奪おうとするの』と両親に泣きついた。
『可愛いキャサリンに意地悪をしおって!』そう言ってお父様は初めてわたしを鞭で打った。
動けなくなるまで鞭で打たれてその後物置部屋に入れられた。
手当てもされず鞭で打たれた体は悲鳴をあげ高熱で寝込んだ。
祖父母の息のかかった使用人達がこっそり医者を手配して治療してくれた。そしてバレないように看病してくれた。
あの時何もしてもらえなければわたしは死んでいたかもしれない。
まともに仕事をしていない両親はわたしがこっそり祖父母の仕事を手伝っていたことは知らない。遊んでばかりの両親はわたしには関心がない。あるのはキャサリンのことだけ、わたしに声をかけるのは罵倒する時とキャサリンのためにわたしを叱る時だけ。
いつも本ばかり読んでいると思われていた。図書館に行くと言って外出ばかりしていたから。
ベッドに横になり、一人昼間のことを思い出しクスッと笑った。
「ふふっ、ケリー様ったら面白かったわ。わたしに浮気がバレていないと思っていたのね、あれだけ他の女性の香水をプンプンさせて会いにくるのだからバカでもわかるわよ。まっ、キャサリンにはわからなかったみたいね、自分も香水をいつもたくさんふりかけているから」
クスクス笑っていると寝室に顔を出した二人。
「お疲れ様でした、お嬢様」
家の鍵を開けて中に入ってきたのは執事のダニエルと息子のマールスだった。
わたしはベッドから起き上がるとにこりと微笑んだ。
「上手く出て来れたの?」
「はい、旦那様達は屋敷の中がどうなっているかなんて気にもしておりません。贅沢しすぎて借金だけが残っているなんて思ってもいないようです。お嬢様が書いてくださった紹介状のおかげで使用人は皆こっそり出て行きました」
「予定より早くなってしまったから心配していたの」
「大丈夫です、皆いつでも辞めれるように準備しておりましたので」
「そう、よかったわ」
わたしを大切にしてくれた使用人のために紹介状とこれから働ける場所を探しておいた。
わたしを冷遇してきた使用人達にはもちろん何もしていない。
明日の朝、突然使用人がいなくなって困るのは残りの人たち。仕事が増えて困ってしまうだろう。
執事や家令に仕事を押し付けていた両親もこれからパニックになるだろう。だって重要な仕事を受け持っていた人達はみんな辞めていったのだもの。
これからたくさんの督促状が届くことだろう。
今まで好き勝手に贅沢をしてきたツケが今からやってくる。
祖父母はもう両親と縁を切っていた。
切ったのは両親。
『あんな小言ばかり言う親などいらない!』と言って捨てたのだ。
捨てたつもりだけど捨てられたのは両親かもしれない。祖父母はもう両親に何も言いたくないし、助けるつもりもないと言っていた。
まともに領地運営すらしない。遊び呆ける息子夫婦にもう手を差し伸べるつもりはないらしい。
わたしは祖父母にずっと助けられて育ってきた。
両親に愛されない代わりに祖父母が愛情を持って接してくれた。
そう言えばケリーとの婚約は珍しくお父様が決めたのだった。わたしに関心すらないお父様が。
まあ、理由も要らない娘を高く買ってくれたから。お父様は持参金を払わないで済むし、支度金までもらえると聞いて喜んでわたしをケリーと婚約させた。
ケリーのお父様は、わたしが学校で成績優秀だったのを知りケリーの妻にと欲しがった。
ケリーはあまり勉強が好きではないし、侯爵家嫡男なのに優柔不断でこのままでは先行き不安でしかないと勉強が得意なわたしを選んだのだ。
だけどわたしはケリーの女好きにはどうしても耐えられそうもなかった。
だから女性との淫らな写真を集めた。
もちろんあれは本当の写真。わたしがケリーの浮気相手達にお願いして写真を撮って送ってもらったのだ。
『わたしがケリーと婚約解消すればあなたが侯爵夫人になれるかもしれないわ』と耳打ちしたら喜んで写真を撮ってくれた。
「ダニエルとマールス、明日からよろしくね。お店の出店の準備もしなければいけないからしばらくは忙しくなると思うの」
「大丈夫です。あと少しで準備は終わるところだったんです」
「そう……わたしもしばらくは店主として頑張るわね。あと一踏ん張りしなくっちゃ。お店を軌道にのせていっぱい稼いでみんなで楽しく暮らしましょう」
「一人でいるのは寂しいかと思って急いで来たのに落ち込んでいないから、ちょっと安心しました」
「だって、追い出されるつもりだったんだもの。心の準備はできているわ。キャサリンも馬鹿な子よね?いくらわたしのものが欲しいからとハズレのケリーを欲しがるなんて……」
「ケリー様はこれからどうなるのでしょう?」
「さあ?おじ様はかなりお怒りだったわ。でもこの半年間は婚約解消を黙っていてくれたわ、わたしが屋敷を出るための時間を作ってくれた。でも本人が知ってしまったからおじ様も動くかもしれないわね?」
「動くとは?」
「キャサリンとの婚約?それともエリー様かシャロン様と婚約させるか、廃嫡するか、後継者を次男に差し替えるかもしれないわね」
おじ様はお父様と違って侯爵当主として正確な判断をする人だ。我が息子であっても最終的には侯爵家のために切り捨てることも厭わないだろう。
それともまだ利用価値があると判断してケリーをどこか金持ちの未亡人にでも高い支度金をもらって婿に出すかもしれないわ。
小娘でしかないわたしをおじさまはとても高く評価してくださっている。
おじさまの領地で採れるアメジストはとても良質で評判がいい。わたしも取引をさせてもらっている。
わたしが雇っている彫金師はアクセサリーやジュエリーをつくる職人でかなりの腕前。祖父母がずっと援助をしてきた一人だ。今では我が国一番の人気彫金師となり彼に仕事を依頼出来るのはわたしと祖父母だけ。
だからおじ様は息子に半年の間婚約解消のことを伝えなかった。わたしに不利になることは絶対にしたくなかったから。
ま、おじ様はわたしが婚約解消をお願いしに行くまでわたしが『アリス商団』のオーナーだとは知らなかったから正体をバラした時はかなり驚いていたわ、ふふっ、かなりあの顔は面白かったわ。
おかげで簡単に解消できて助かったわ。
ちなみに最近は王宮の中の建て替え中の離宮の装飾品なども手掛けていて、かなり儲けさせてもらっているわ。
今度城下に出すお店は小さいながら国内外の美術品を扱うお店にするつもり。
わたしの小さな家にはたくさんのわたしの愛するべき人達が集まってきた。
執事のダニエルと息子のマールスに家令のリチャード、侍女長のリズ、商団の表の代表をお願いしているハンクス達が集合した。
「みんな、やっとあの屋敷から出られたわ。これからは表立って動けるわ。よろしくね」
「もっと早くに出てくれば良かったのに」
マールスの言葉に苦笑してしまった。
「わたしが成人するまではあそこにいるのがベストだったの。あの人達から全て詐取されてしまうのは嫌だもの。成人になれば籍を抜かれても抵抗できるでしょう?」
テーブルに頬杖ついてみんなに向けて静かに笑った。
「ふふふ、これからあの人達はどうなるのかしら?」
わたしってかなり性格悪くなったわ。あの人たちのおかげよね。
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