【完結】妹にあげるわ。

たろ

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中編③

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 家に帰るとみんなにすぐに伝えた。

「みんなにはすぐにこの家からも離れて欲しいの」

「しかしそれは……」

「約束したわよね?もしキャサリンや両親がお店に訪ねてきたらわたしから離れると」

「………でも……」

 侍女長のリズはチャールズを嗜めてくれた。

「アリスティア様の邪魔はしない。ご迷惑をかけるわけにはいかないの、わたし達はここにいない方がいいわ」

「リズ、ありがとう。必ず終わらせたらみんなに会いに行くから信じて待っていて欲しいの」

 ーーあの人達から今度はわたしの大切な人たちを守る。

 わたしは成人して自分が闘うことができる力を手に入れた。

 お父様達は侯爵家が落ちぶれればまたわたしに縋ってくるのは目に見えていた。

 たとえわたしがいなくなっても必ず探し出して寄生してくる。
 働くのが嫌いで贅沢しか知らない三人。

 侯爵家の仕事は家令や執事がなんとか頑張ってくれていたのは確か。だけど最終的な決済はほぼわたしがやっていた。

 そのことをお父様だけは知っている。ううん、違うわね、ずっとわたしにさせていた、が正解だわ。

 幼い頃から勉強が好きだった。妹ばかりを可愛がる両親に少しでも気を引こうと幼い頃は必死で良い成績を取ろうとしていた。

 家庭教師をつけられ厳しく勉強をさせられていても、褒めてもらえるかもしれないと頑張っていた。
 だけどお父様はわたしを領地運営するのに利用するためだけに英才教育をさせていただけだった。

 気がつけば当たり前のように仕事をさせられていた。祖父母がこっそりつけてくれた使用人達がいなければわたしはゆっくり眠ることも食事を摂ることもなかっただろう。
 優秀な使用人が陰で助けてくれなかったら……

 ーーふふっ、あの頃のわたしに教えてあげたいわ。どんなに頑張っても両親に愛されることなんてないと。鞭で打たれ蔑まれ、最後は捨てられるだけなのだから………頑張らなくていいと、教えてあげたい。あの人達からの愛なんて要らないのよ。

 あの人達の行動なんて単純だから先が読める。だからこそ目立つ王都の街中にお店を出した。

 もちろん今置いてある物は本物。だけど今夜のうちに全ての商品は入れ替えた。

 明日には意気揚々と両親とキャサリンがお店にくるだろう。
 わたしを侯爵家から絶縁したくせに、このお店は自分たちのものだと言いに。

 金銭的に追い詰められているあの人達は領地運営を立て直すとか新しい事業を起こして収入を増やそうなんて考えるわけがない。

 楽してお金をどうやって手に入れるかしか考えていない。

 お祖父様達のことは追い出し縁を切っていて、簡単には近づけなくなっている。

 祖父母のそばには、お父様の姉が嫁いだ先の公爵家が目を光らせている。お金を無心したくても近寄ることすらできない。

 流石のお父様も自分より弱い者には強く当たれるけど、自分より地位の上の人にはへりくだることしかできない。

 だからわたしのところに来るのは必然的。

「ふー、あと少し……」

 一人になった家はとても寂しい。

 早くみんなとまた暮らしたい。だけどまずはあの人達をなんとかしないと一生付き纏われることになるわ。






 朝いつもより早く目覚めてしまった。

 作り置きしてくれていたパンとスープで簡単な朝食を終えて、職場へと向かった。

 小さなお店の従業員は、わたしとハンクスだけ。

「おはよう」

「おはようございます」

「ハンクスも今日は早かったのね?」

 ニヤニヤと思い出し笑いをするハンクス。

「今日もあのお嬢ちゃん、楽しませてくれるでしょうから、楽しみにしているんです」

 わたしより5歳年上のハンクスは元子爵家の嫡子だった。ある貴族に父親が騙されて借金を抱えてしまい貴族籍まで失うことになった。

 一家離散に追い込まれ母親は療養のため田舎暮らし、父親は今も行方がわからない。妹さんは孤児院で暮らしていたけど、わたしの仕事を手伝うようになってハンクスの収入がそれなりに入ってくるようになったので妹さんを引き取り今は二人で暮らしている。

 ハンクスにはずっとアリス商団の代表として働いてもらっているのだけど、今だけはこの小さなお店の従業員としてそばにいてもらっている。

 流石に一人で対峙するのは不安だし……頼りになるハンクスがそばにいてくれればわたしも心強い。

「ハンクス……ごめんなさいね、わたしがもっと力があれば良かったのだろうけど……」

「アリスティア様には十分お世話になってます。俺は感謝してますよ?」




 まだお客様が来る開店時間になっていない。

 ハンクスがお茶を淹れてくれて二人で静かにお茶を飲んだ。

 本日は快晴。

 窓際のテーブルの位置から澄み渡る青い空が見える。
 ーーあの青い空のようにスッキリと気持ち良い日にしないと……

 カップを持ってる手が小刻みに震えてしまう。それをハンクスに気づかれないように静かに微笑んでみせた。





 思ったより遅くあの人達は現れた。開店少し前だった。

「お姉様ぁ!」

 勢いよく扉を開けてやってきたキャサリン。

「また来たの?」

 冷たい態度で出迎えたのにキャサリンには全く通用しなかった。

 ーーいつもなら……『お父様ぁ、お姉様が冷たいですぅ、意地悪だわぁ』と泣きつくのに、後ろから現れたお父様をチラッと見たけど何も言わなかった。
ーーとってもご機嫌がいいみたいね。

「だって、このお店は、わたしのものよ?あら?昨日とは違う商品が並んでいるのね?このペン箱とても素敵。とても丁寧に彫られているわ、あっ……この絵も……ふふっ、高く売れるわね」

 店内を楽しそうに見て回るキャサリンとは対照的でムスッとしたまま突っ立っているお父様。

 以前のように綺麗な身なりではなくなっていた。どことなく薄汚れていて目も落ち窪んで疲れて見える。

 わたしにとっては他人でしかないこの人に声をかけるつもりはなく、わたしは無視して優雅にお茶を飲み続けた。

 お母様は今日は来られていない。
 ーーせっかくなら三人一緒に来てくれれば早くカタがつくのに。

「……………おい………」

 わたしに話しかけているようだけど無視していると。

「お前は耳が聞こえないのか?」

 座っているわたしの肩を掴んで怒鳴り出した。

「返事くらいしろ!!何を無視しているんだ!!わたしにもお茶を淹れろ!今日からここのオーナーはわたしだ!ったく、昔っから鈍臭いしまともに使い物にならないお前を見ているとイライラする!!」

 空いていた椅子にドカッと座り「早くしろ!」と横柄な態度。

 ハンクスはチラッと横目で見たけどすぐに自分のカップ視線を戻した。動く気はないようなので仕方なくわたしが席を立った。

「どうぞ」
 カップを持ってきて、残っていたポットからお茶を注ぐ。

 ーー残りものだからぬるくて苦味も出てるけど態々新しく淹れなおすつもりはないわ。

 お父様は一口、口をつけると眉根を寄せた。

「なんだ!この不味い紅茶は!」

「………これは特有のフルーティな香りや味わいを楽しめるブルーム産の茶葉を使用しておりますの、ご存知ありませんか?」

「ふんっ!紅茶の産地などどうでもいい!淹れなおせ!」

「申し訳ございませんがお客様でもないあなたのためにそれは出来かねますわ」

「はっ?わたしはお前の父親だぞ!こんなちっぽけなお店のオーナーになってやると言ってるんだ!侯爵であるわたしが!わたしがオーナーになればたくさんの貴族がこの店に買いに来てくれる!そうなればたくさんの金が入るんだ!感謝しろ!」

「何をおっしゃっているのですか?このお店はわたしのものです」

 ーー簡単にお店をこの人達に渡せば怪しまれるわ。
 しばらくは抵抗しないと。お父様はわたしが辛そうな顔や悲しそうな顔をすると、とても嬉しそうに微笑む。
 その顔は悦に入っているのか、わたしの苦しむ顔を見るのが快感のようだ。

 ーーほんと、クズだわ。この人都合よく、わたしを除籍して他人になったこと忘れてるのよね。

 心の中で大きな溜息を吐きながら長い一日が始まったのを感じた。













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