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第一部: 終わりと始まりの日 - 第一章: 地方都市郊外の学園にて
第十三話: 人心地の二人、最後の晩餐
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目の前に垂れ下がった暖簾を掻き分け、僕は後ろにいる美須磨を手招く。
いつも――今夜はより一層――クールな表情を見せている彼女にしては珍しいことに、かなり戸惑った様子だ。
「し、失礼いたします」
「いらっしゃぁっせ! あら、ショーゴちゃんじゃないの」
「やぁ、店長。寄らせてもらうよ。今夜は連れもいるんだけど良いかな?」
「んまぁ!! とんでもなくかわいい子ネー。あ、もしかしてさっき捜してた子? 見つかったの? あらあらあら、無事みたいで好かったわネー」
そう言えば、先ほど駅前で聞き込みをしていたとき、この人にも声を掛けていたんだったっけ。
ずいぶん心配してくれていたようで有り難い限りである。
「うん、そう。気に掛けてくれてどうもね。僕、ちょっとあちこち連絡しないとだから、何か、この子に食べさせてあげててよ」
「おっまかせー! それじゃ、お嬢ちゃん。なんになさいます? ウチはね、鶏ガラのさっぱりスープが売りだから女の子にも好評なのヨ。あ、ラーメン好きかしら?」
「え? いえ、その、食べたことはありません」
「まぁ! それはいけないワ! この日本に生まれてラーメン食べたことないなんて、八百万の神さまが認めてもアタシが認めないワ! 分かった。今夜、アナタの一番好きな食べ物をウチのラーメンに書き換えてあげる。覚悟してちょうだいネ!」
「あの、私は――」
「大丈夫! アタシに任せて!」
『今晩も絶好調だな、店長。見た目は厳ついけど、気のいい人なんだよ』
そっちはしばらく彼に任せておくとして。
あれから、僕らはどうにか駅前まで戻ってくることができていた。
保育園跡地で顔を確認させてもらった後、どういうわけか改めて逃げ出そうとするでもなく、美須磨はここまでずっと神妙な態度のまま行動を共にしている。
彼女がその気になれば、僕の隙を衝いて再び姿を眩ますことも決して難しくはなかろうに。
「もう逃げなくて良いのかい? 何か事情があったんだろう?」
「最初から、学園の方に追いつかれたら諦めるつもりでいました。何か別の結末へ到らないか、ほんの少しだけ期待してしまったんですけれど……。もう……十分です……」
「個人的には聞きたいことが山ほどあるが、今はやめておこうか。学園へ戻る意志があるのなら、ひとまず捜索本部に連絡するぞ? みんな心配している」
「……はい」
そうしたやり取りを経た後、捜索本部で指揮を執っている教頭先生へ発見・保護の報を送り、ヤンキーたちの影に怯えながら二人で駅の方角を目指して歩いた。
辻ヶ谷先生に車で迎えに来てもらえたら良かったのだが、その時点では相当離れた場所におり、長時間一ヶ所に留まって到着を待つのは逆に危険ではないかという判断だ。
『あ、民家を訪ねてタクシーを呼んでもらえば良かったかもな。……深夜に灯りも点いていない見ず知らずの人の家に押しかけるという発想がなかった。まったく、こういう案は窮地の渦中にタイミングよく閃いてほしいよ』
しかし、結果的には、懸念だったヤンキーたちの待ち伏せや襲撃はなかった。
状況から推察するに、僕たちが路地裏を逃げ回っていたちょうどその頃、予め通報しておいたパトロール警官がシャッター商店街に到着してくれたのではないかと思われる。
連中が補導されたのか、逃げ果せたのかまでは分からないが、途中で追っ手の姿が消えたのはそのせいだったのかも知れない。
だとすれば、周辺を張っていたという仲間たちもとっくに逃走していたのだろう。
とまれ、こうして僕らは何事もなく、交番にも程近い駅前まで辿り着いたというわけである。
辺りを見渡してみると、あれだけ瞬いていたイルミネーションはもう消されていた。
賑やかだったストリートパフォーマーなども撤収し、先ほどから徐々に降りを強めてきている雪のせいもあって、足早に帰りを急ぐサラリーマンらしき歩行者くらいしか動くものはない。
タクシー乗り場に目を向ければ、折り悪く、ちょうど全車出払ってしまっているようだ。
これは、しばらく待つ必要があるか。流石に疲れたので風雪を避けて一休みしたい。ついでに協力を頼んだ各所への連絡なども早めにしておきたい。また、先刻より足取り重そうにしている美須磨のことも早めに休ませてやりたい。
と、考えた末、僕は駅前広場の片隅に立つ馴染みのラーメン屋台を目指した。
そして、冒頭へと繋がる。
「――あー、こっちはタクシーで戻りますので、そのまま。ええ、お疲れさまです。では、また」
「――ありがとうございました。ええ、無事に見つかりました。いえいえ、ご協力感謝します」
「――今は駅前にいます。はい、彼女も一緒です。少ししたらタクシーで学園に戻りますので。あっ、はい、よろしくお願いします。こちらこそお疲れさまです。はい! それでは失礼します。……ふぅ」
よし、これで一通り、報告は終わったかな。
ロータリーを挟んで六十メートルほど向こうにあるタクシー乗り場には、いつの間にか数台のタクシーが戻ってきている。
軽く腹ごしらえさせてもらってから一台捕まえて学園へ戻るとしよう。
なぁに、ここまで来れば、もう危ない連中の心配はないだろう。
そんなことより、学園に戻ったら、明日は朝からいろいろ大変になる。
僕にどこまでのことができるかは分からないが、少しでもあの子の力になれるように、体力はしっかり回復させておかないとな。
気付けば、もうあと数十分で今日も終わろうとしている。
いつも――今夜はより一層――クールな表情を見せている彼女にしては珍しいことに、かなり戸惑った様子だ。
「し、失礼いたします」
「いらっしゃぁっせ! あら、ショーゴちゃんじゃないの」
「やぁ、店長。寄らせてもらうよ。今夜は連れもいるんだけど良いかな?」
「んまぁ!! とんでもなくかわいい子ネー。あ、もしかしてさっき捜してた子? 見つかったの? あらあらあら、無事みたいで好かったわネー」
そう言えば、先ほど駅前で聞き込みをしていたとき、この人にも声を掛けていたんだったっけ。
ずいぶん心配してくれていたようで有り難い限りである。
「うん、そう。気に掛けてくれてどうもね。僕、ちょっとあちこち連絡しないとだから、何か、この子に食べさせてあげててよ」
「おっまかせー! それじゃ、お嬢ちゃん。なんになさいます? ウチはね、鶏ガラのさっぱりスープが売りだから女の子にも好評なのヨ。あ、ラーメン好きかしら?」
「え? いえ、その、食べたことはありません」
「まぁ! それはいけないワ! この日本に生まれてラーメン食べたことないなんて、八百万の神さまが認めてもアタシが認めないワ! 分かった。今夜、アナタの一番好きな食べ物をウチのラーメンに書き換えてあげる。覚悟してちょうだいネ!」
「あの、私は――」
「大丈夫! アタシに任せて!」
『今晩も絶好調だな、店長。見た目は厳ついけど、気のいい人なんだよ』
そっちはしばらく彼に任せておくとして。
あれから、僕らはどうにか駅前まで戻ってくることができていた。
保育園跡地で顔を確認させてもらった後、どういうわけか改めて逃げ出そうとするでもなく、美須磨はここまでずっと神妙な態度のまま行動を共にしている。
彼女がその気になれば、僕の隙を衝いて再び姿を眩ますことも決して難しくはなかろうに。
「もう逃げなくて良いのかい? 何か事情があったんだろう?」
「最初から、学園の方に追いつかれたら諦めるつもりでいました。何か別の結末へ到らないか、ほんの少しだけ期待してしまったんですけれど……。もう……十分です……」
「個人的には聞きたいことが山ほどあるが、今はやめておこうか。学園へ戻る意志があるのなら、ひとまず捜索本部に連絡するぞ? みんな心配している」
「……はい」
そうしたやり取りを経た後、捜索本部で指揮を執っている教頭先生へ発見・保護の報を送り、ヤンキーたちの影に怯えながら二人で駅の方角を目指して歩いた。
辻ヶ谷先生に車で迎えに来てもらえたら良かったのだが、その時点では相当離れた場所におり、長時間一ヶ所に留まって到着を待つのは逆に危険ではないかという判断だ。
『あ、民家を訪ねてタクシーを呼んでもらえば良かったかもな。……深夜に灯りも点いていない見ず知らずの人の家に押しかけるという発想がなかった。まったく、こういう案は窮地の渦中にタイミングよく閃いてほしいよ』
しかし、結果的には、懸念だったヤンキーたちの待ち伏せや襲撃はなかった。
状況から推察するに、僕たちが路地裏を逃げ回っていたちょうどその頃、予め通報しておいたパトロール警官がシャッター商店街に到着してくれたのではないかと思われる。
連中が補導されたのか、逃げ果せたのかまでは分からないが、途中で追っ手の姿が消えたのはそのせいだったのかも知れない。
だとすれば、周辺を張っていたという仲間たちもとっくに逃走していたのだろう。
とまれ、こうして僕らは何事もなく、交番にも程近い駅前まで辿り着いたというわけである。
辺りを見渡してみると、あれだけ瞬いていたイルミネーションはもう消されていた。
賑やかだったストリートパフォーマーなども撤収し、先ほどから徐々に降りを強めてきている雪のせいもあって、足早に帰りを急ぐサラリーマンらしき歩行者くらいしか動くものはない。
タクシー乗り場に目を向ければ、折り悪く、ちょうど全車出払ってしまっているようだ。
これは、しばらく待つ必要があるか。流石に疲れたので風雪を避けて一休みしたい。ついでに協力を頼んだ各所への連絡なども早めにしておきたい。また、先刻より足取り重そうにしている美須磨のことも早めに休ませてやりたい。
と、考えた末、僕は駅前広場の片隅に立つ馴染みのラーメン屋台を目指した。
そして、冒頭へと繋がる。
「――あー、こっちはタクシーで戻りますので、そのまま。ええ、お疲れさまです。では、また」
「――ありがとうございました。ええ、無事に見つかりました。いえいえ、ご協力感謝します」
「――今は駅前にいます。はい、彼女も一緒です。少ししたらタクシーで学園に戻りますので。あっ、はい、よろしくお願いします。こちらこそお疲れさまです。はい! それでは失礼します。……ふぅ」
よし、これで一通り、報告は終わったかな。
ロータリーを挟んで六十メートルほど向こうにあるタクシー乗り場には、いつの間にか数台のタクシーが戻ってきている。
軽く腹ごしらえさせてもらってから一台捕まえて学園へ戻るとしよう。
なぁに、ここまで来れば、もう危ない連中の心配はないだろう。
そんなことより、学園に戻ったら、明日は朝からいろいろ大変になる。
僕にどこまでのことができるかは分からないが、少しでもあの子の力になれるように、体力はしっかり回復させておかないとな。
気付けば、もうあと数十分で今日も終わろうとしている。
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