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第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて
第八話: 二人、安住の地を求めて
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あの間抜けな事故を起こした地点から、更に二度、岩壁をくぐり抜けた。
開通した地下空洞はどれも大した広さではなく、まるで果実の中に出来た虫食いを転々と掘り進むイモムシにでもなったような気分を味わわされている。
現時点まで、これといって収穫も無い。
強いて言えば、いくつかの変わった鉱脈を発見したことくらいか。
それらの中には岩塩と思われる鉱物もあり、それぞれ後でじっくり調べてみたいところである。
こんな雪山に長居は無用だが、物資の当ては多いに越したことはなかろう。
意外なのは、生き物に関してだ。
外部よりも生存に適した環境なので、コウモリやネズミなどの小動物、あるいは昆虫の類でも見られないかと思っていたのが大外れ、ここまで動植物の痕跡すら確認できていない。
拠点の候補地と考えればプラス、食糧調達の手間を考えればマイナス、痛し痒しである。
そんなこんなで現在……僕らはまた新たな問題に直面していた。
「精霊術を受け付けない岩盤というのは想定外だったなぁ」
「どこか甘く考えてしまっていたようです。意識を切り替えなければいけませんね」
これまでと同様、地の精霊に導かれ、くり抜いた岩壁の先が、まったく異なる性質を持つ石の壁に遮られて袋小路を成していたのである。
それは、単なる鉱脈ではなく、定型ブロックを隙間無く組み上げたかのような構造物だった。
パッと見では表面に凹凸どころか継ぎ目すら見つけられず、あきらかに尋常ではない。
何より、難儀なことに、この石の壁は精霊術を以てしても一切の操作ができないようなのだ。
「うーむ、どうしたものか」
「精霊の声によると、確かにこの辺りなのですけれど」
「どう見ても普通じゃなさそうだし、ここいらが目的地ってことなのかもしれない」
そう、この壁のおかしな点は、他にも容易に見て取れる。
構成している石のブロック、その一つ一つが、あたかも生きているかのように仄かな熱を発し、呼吸を思わせる空気の出し入れ――換気を行い、ぼんやりと発光までしているのだ。
『なんだ、これ!? いや、なんであれ、僕らにとっては有り難すぎる性質だけれども!』
現在地は洞窟の突き当たりに開けたドーム状、あるいは半卵型の空洞となっている。
幅四メートルほど、天井は高く六七メートルはあろうか。
その壁の一角を五十センチほど奥へ掘り進んだところで謎の石壁を発見したというわけである。
僕らの中では、この空洞を居住地にすることが既にほとんど既定路線となっていた。
不思議な石壁のお蔭で、空調・暖房や照明までもほぼ不要なのだから、それも当然だろう。
しかし、そのためにはクリアしておきたい問題がある。
――ドガッ! ガッ! ガッ!
「スコップでもナイフでも歯が立たないか。これだけやって傷一つ付かないとは……」
「熱や水、薬品にも反応はありませんね」
残念だが、現在の手持ちのカードで石壁をどうにかするのは難しそうだ。
あんまり派手なことをして石材の特殊機能が損なわれたり、崩落が起きては元も子もない。
「この石の加工手段は是が非でもものにしたいなぁ」
「ええ、壁の奥についても気になりますし」
「むむむ、先に周囲を探ってみるとしようか。地の精霊に我は請う……」
二人で手分けし、精霊術で通常の岩盤を除去していけば、やがて謎の石壁は全容を露わとする。
現れたのは、ざっくり横幅十メートル、高さ三メートルの長方形――文字通りの壁だった。
僕らが最初に掘り当てたのは、壁全体のやや左上辺りに位置していたようで、下方向へ多少、右方向へはかなり広範囲に岩肌を削り、空洞を拡張していかなければならなかった。
「途中から思っていたが、やはり建造物の外壁っぽいな。災害か何かで埋もれたのかな?」
「どうでしょう。元々の地下施設なのでは?」
「そう考える方が自然か。なんにせよ、こんな場所に……何のために……興味が湧いてくるよ」
そんな風に美須磨と話しながら、改めて端から石壁を調べてみる。
すると、ちょうど中央部下段の辺りが、僕らの精霊術によって軽く抉られていたことに気付く。
他の場所には擦り傷の一つすら見られないにも拘わらず、だ。
「この一角だけ材質が異なっているようです。地の精霊に我は請う――」
美須磨の請願に応じ、頑なに変化を拒み続けていた石壁が、初めて震える?
ここまで幾度もくぐってきた四角い穴が……いや、それは元より定められた形であったらしい。
よく見れば、周りの石壁にはやはり一切の変化も起きてはいない。
四角ではなく、上辺だけ弧を描く上部アーチ型にくり抜かれたそれは、はたして扉か、門か。
その中へ、僕たちは二人並んで踏み込んでいく。
くぐり抜けた先は、石造りの玄室だった。
広さは、目測で横幅十メートル、奥行き八メートル、高さ三メートルほど――ちょうど学校の普通教室と変わらないくらいであろう。
壁も床も天井も、背後の石壁と同様に謎の石材で組み上げられ、一様に淡く黄色い光を放つ。
これまでの自然そのままの洞窟とはまったく様相を異とする、人工的な空間だった。
印象としてはオリエント風の石造建築が近いだろうか、どこか荘厳な雰囲気も漂わせている。
調度品では、左の壁に二つ、右の壁に三つ取り付けられた、やや場違いな木製扉が目に入る。
正面、最奥の壁一面には、何やらサインか紋章のような抽象的な壁画が描かれていた。
床の中央部は、直径四五メートル、十センチ程度の段差ながら小さな円形舞台といったところ。
祭殿、宝物庫、墳墓……おそらくはそんな場所なのではなかろうか。
「綺麗……」
「驚いた。それほど趣向が凝らされた造りでもないのにな」
よく見ると、円舞台の端から僕らの方へ向け、まるでファッションショーの会場に設えられたランウェイのように一本の細い道が伸び、足の下を通って背後の門まで繋がっていた。
後ろを振り返れば、門の両側には装飾を施された柱が壁と一体化して立っている。
壁の上方には、黄色を基調としたシンプルな図柄のタペストリめいた石板も飾られている。
『これは、門どころか祭壇の裏か何かから入ってきてしまったらしいぞ』
特段、何かが奉られていた様子は見られないものの、気付かず非正規ルートからの不法侵入を果たしてしまったことには若干の申し訳なさが込み上げてくる。
「それはそうと、この場所の空気……一体、どうなっているんだ?」
「生き返ったような気がしますね」
「肺を満たす酸素。快適な室温。これまでのことを思えば、まるで高級ホテルだよ」
そう、構成する石材すべてから光と熱が放たれ、絶えず換気が行われている玄室内は、何故か僕たち人間にとって丁度いい生存環境が保たれていた。
床には塵すら積もっておらず、たった今まで密閉されていた地下空間だとは信じられない。
維持管理に何物かが出入りしている様子もなく、どんな仕掛けになっているのやら……。
高度に発達した文明の産物か? はたまた、この世界に実在するという魔法によるものか?
何にせよ、僕らにとって、この上ないほど都合のいい宿泊施設であることだけは間違いない。
「先生……私たちは……」隣に立つ美須磨が微笑みかけてくる。
「ああ、そうだ、僕たちは助かったんだ。これで、もう……大丈夫だ……」
冷静に考えれば、まだまだ多くの難題が山積みされたままである。
が、当面の懸念が一気に解消された、今このときだけは素直に喜び合っても構わないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
落ち着く前に、中の様子をざっと一通り調べてみた。
高級そうな木製扉や備え付けの調度品などが、どれも新品同様でまるで朽ちていないことに、まずは期待半分・驚き半分……。それらがいずれも常識では考えられないほど硬い不思議素材で出来ており、固定位置から取り外すこともできないと判明して大きく落胆させられることになる。
結果として、持ち運べそうな道具も役立ちそうな素材なども全く手に入っていない。
『ちなみに、僕らが開けた門を除けば、どこにも出入り口はなさそうだ。つくづく謎の施設だよ』
中央の玄室から左右の扉をくぐった先にある五つの部屋のうち、四部屋はただの空室だった。
僕らは右手に並ぶ小さめの三部屋を、二人分の個室と備蓄用の倉庫に定めてみた。
左手の一つはかなり広かったため、仮に作業室とする。
この作業室の奥には更に二つの小部屋があり、ちょうど物置によさそうな感じである。
しかし、残る一つの大部屋が、僕たちに思いも寄らぬ歓びをもたらしてくれた。
「先生! お風呂! お風呂ですよっ! わわわ! お風呂ですよ! どうしましょう!」
「あ、ああ、うん、好かったな……美須磨、ひ、ひとまず落ち着こう! 風呂は逃げない!」
玄室左奥の扉を開けると、湿気を遮るためだろう小部屋――僕らの感覚とすれば脱衣所――を一つ挟んだ奥の間に、広々とした風呂場が存在していたのだ。
実際のところ、風呂と言うより泉と呼ぶ方がふさわしいのかもしれない。
さりとて、部屋の中央に設えられたオブジェよりこんこんと湧き出し、隅の小さな排水溝へと流れ続けているのは紛れもなくお湯である。
もうもうと湯気が立ちこめる様は、まぁ、風呂と称しても決して間違いとは言えまい。
思えば、あの岩屋に着いて後、僕らは風呂に入る機会はいくらでもあった。
精霊術を使えば、空気中の水分を集めて十分な量の水を作ることができるし、いくらでもある外の雪を運んできて水に変えることさえ容易にできる。
地面を操作して浴槽を作り、そうした水を熱して沸かせば風呂は出来てしまう。
一歩外へ出たら極寒の雪原、同じ一間の空間に異性……と、薄着になることへの心理的抵抗・危機感が少なからずあり、あえて入浴については話題にも出さなかったのだ。
そこに来て、この風呂場である。
僕たちの……特に年頃の女の子である美須磨のテンションが上がるのも無理からぬ話だろう。
「白埜先生、お先にいただいてしまってもよろしいでしょうか? わぁ!」
「待ってくれ! 危険がないか調べてからにしよう。あと服を脱ぎ始めるのは僕が出た後で!」
無理からぬ話だろう。
開通した地下空洞はどれも大した広さではなく、まるで果実の中に出来た虫食いを転々と掘り進むイモムシにでもなったような気分を味わわされている。
現時点まで、これといって収穫も無い。
強いて言えば、いくつかの変わった鉱脈を発見したことくらいか。
それらの中には岩塩と思われる鉱物もあり、それぞれ後でじっくり調べてみたいところである。
こんな雪山に長居は無用だが、物資の当ては多いに越したことはなかろう。
意外なのは、生き物に関してだ。
外部よりも生存に適した環境なので、コウモリやネズミなどの小動物、あるいは昆虫の類でも見られないかと思っていたのが大外れ、ここまで動植物の痕跡すら確認できていない。
拠点の候補地と考えればプラス、食糧調達の手間を考えればマイナス、痛し痒しである。
そんなこんなで現在……僕らはまた新たな問題に直面していた。
「精霊術を受け付けない岩盤というのは想定外だったなぁ」
「どこか甘く考えてしまっていたようです。意識を切り替えなければいけませんね」
これまでと同様、地の精霊に導かれ、くり抜いた岩壁の先が、まったく異なる性質を持つ石の壁に遮られて袋小路を成していたのである。
それは、単なる鉱脈ではなく、定型ブロックを隙間無く組み上げたかのような構造物だった。
パッと見では表面に凹凸どころか継ぎ目すら見つけられず、あきらかに尋常ではない。
何より、難儀なことに、この石の壁は精霊術を以てしても一切の操作ができないようなのだ。
「うーむ、どうしたものか」
「精霊の声によると、確かにこの辺りなのですけれど」
「どう見ても普通じゃなさそうだし、ここいらが目的地ってことなのかもしれない」
そう、この壁のおかしな点は、他にも容易に見て取れる。
構成している石のブロック、その一つ一つが、あたかも生きているかのように仄かな熱を発し、呼吸を思わせる空気の出し入れ――換気を行い、ぼんやりと発光までしているのだ。
『なんだ、これ!? いや、なんであれ、僕らにとっては有り難すぎる性質だけれども!』
現在地は洞窟の突き当たりに開けたドーム状、あるいは半卵型の空洞となっている。
幅四メートルほど、天井は高く六七メートルはあろうか。
その壁の一角を五十センチほど奥へ掘り進んだところで謎の石壁を発見したというわけである。
僕らの中では、この空洞を居住地にすることが既にほとんど既定路線となっていた。
不思議な石壁のお蔭で、空調・暖房や照明までもほぼ不要なのだから、それも当然だろう。
しかし、そのためにはクリアしておきたい問題がある。
――ドガッ! ガッ! ガッ!
「スコップでもナイフでも歯が立たないか。これだけやって傷一つ付かないとは……」
「熱や水、薬品にも反応はありませんね」
残念だが、現在の手持ちのカードで石壁をどうにかするのは難しそうだ。
あんまり派手なことをして石材の特殊機能が損なわれたり、崩落が起きては元も子もない。
「この石の加工手段は是が非でもものにしたいなぁ」
「ええ、壁の奥についても気になりますし」
「むむむ、先に周囲を探ってみるとしようか。地の精霊に我は請う……」
二人で手分けし、精霊術で通常の岩盤を除去していけば、やがて謎の石壁は全容を露わとする。
現れたのは、ざっくり横幅十メートル、高さ三メートルの長方形――文字通りの壁だった。
僕らが最初に掘り当てたのは、壁全体のやや左上辺りに位置していたようで、下方向へ多少、右方向へはかなり広範囲に岩肌を削り、空洞を拡張していかなければならなかった。
「途中から思っていたが、やはり建造物の外壁っぽいな。災害か何かで埋もれたのかな?」
「どうでしょう。元々の地下施設なのでは?」
「そう考える方が自然か。なんにせよ、こんな場所に……何のために……興味が湧いてくるよ」
そんな風に美須磨と話しながら、改めて端から石壁を調べてみる。
すると、ちょうど中央部下段の辺りが、僕らの精霊術によって軽く抉られていたことに気付く。
他の場所には擦り傷の一つすら見られないにも拘わらず、だ。
「この一角だけ材質が異なっているようです。地の精霊に我は請う――」
美須磨の請願に応じ、頑なに変化を拒み続けていた石壁が、初めて震える?
ここまで幾度もくぐってきた四角い穴が……いや、それは元より定められた形であったらしい。
よく見れば、周りの石壁にはやはり一切の変化も起きてはいない。
四角ではなく、上辺だけ弧を描く上部アーチ型にくり抜かれたそれは、はたして扉か、門か。
その中へ、僕たちは二人並んで踏み込んでいく。
くぐり抜けた先は、石造りの玄室だった。
広さは、目測で横幅十メートル、奥行き八メートル、高さ三メートルほど――ちょうど学校の普通教室と変わらないくらいであろう。
壁も床も天井も、背後の石壁と同様に謎の石材で組み上げられ、一様に淡く黄色い光を放つ。
これまでの自然そのままの洞窟とはまったく様相を異とする、人工的な空間だった。
印象としてはオリエント風の石造建築が近いだろうか、どこか荘厳な雰囲気も漂わせている。
調度品では、左の壁に二つ、右の壁に三つ取り付けられた、やや場違いな木製扉が目に入る。
正面、最奥の壁一面には、何やらサインか紋章のような抽象的な壁画が描かれていた。
床の中央部は、直径四五メートル、十センチ程度の段差ながら小さな円形舞台といったところ。
祭殿、宝物庫、墳墓……おそらくはそんな場所なのではなかろうか。
「綺麗……」
「驚いた。それほど趣向が凝らされた造りでもないのにな」
よく見ると、円舞台の端から僕らの方へ向け、まるでファッションショーの会場に設えられたランウェイのように一本の細い道が伸び、足の下を通って背後の門まで繋がっていた。
後ろを振り返れば、門の両側には装飾を施された柱が壁と一体化して立っている。
壁の上方には、黄色を基調としたシンプルな図柄のタペストリめいた石板も飾られている。
『これは、門どころか祭壇の裏か何かから入ってきてしまったらしいぞ』
特段、何かが奉られていた様子は見られないものの、気付かず非正規ルートからの不法侵入を果たしてしまったことには若干の申し訳なさが込み上げてくる。
「それはそうと、この場所の空気……一体、どうなっているんだ?」
「生き返ったような気がしますね」
「肺を満たす酸素。快適な室温。これまでのことを思えば、まるで高級ホテルだよ」
そう、構成する石材すべてから光と熱が放たれ、絶えず換気が行われている玄室内は、何故か僕たち人間にとって丁度いい生存環境が保たれていた。
床には塵すら積もっておらず、たった今まで密閉されていた地下空間だとは信じられない。
維持管理に何物かが出入りしている様子もなく、どんな仕掛けになっているのやら……。
高度に発達した文明の産物か? はたまた、この世界に実在するという魔法によるものか?
何にせよ、僕らにとって、この上ないほど都合のいい宿泊施設であることだけは間違いない。
「先生……私たちは……」隣に立つ美須磨が微笑みかけてくる。
「ああ、そうだ、僕たちは助かったんだ。これで、もう……大丈夫だ……」
冷静に考えれば、まだまだ多くの難題が山積みされたままである。
が、当面の懸念が一気に解消された、今このときだけは素直に喜び合っても構わないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
落ち着く前に、中の様子をざっと一通り調べてみた。
高級そうな木製扉や備え付けの調度品などが、どれも新品同様でまるで朽ちていないことに、まずは期待半分・驚き半分……。それらがいずれも常識では考えられないほど硬い不思議素材で出来ており、固定位置から取り外すこともできないと判明して大きく落胆させられることになる。
結果として、持ち運べそうな道具も役立ちそうな素材なども全く手に入っていない。
『ちなみに、僕らが開けた門を除けば、どこにも出入り口はなさそうだ。つくづく謎の施設だよ』
中央の玄室から左右の扉をくぐった先にある五つの部屋のうち、四部屋はただの空室だった。
僕らは右手に並ぶ小さめの三部屋を、二人分の個室と備蓄用の倉庫に定めてみた。
左手の一つはかなり広かったため、仮に作業室とする。
この作業室の奥には更に二つの小部屋があり、ちょうど物置によさそうな感じである。
しかし、残る一つの大部屋が、僕たちに思いも寄らぬ歓びをもたらしてくれた。
「先生! お風呂! お風呂ですよっ! わわわ! お風呂ですよ! どうしましょう!」
「あ、ああ、うん、好かったな……美須磨、ひ、ひとまず落ち着こう! 風呂は逃げない!」
玄室左奥の扉を開けると、湿気を遮るためだろう小部屋――僕らの感覚とすれば脱衣所――を一つ挟んだ奥の間に、広々とした風呂場が存在していたのだ。
実際のところ、風呂と言うより泉と呼ぶ方がふさわしいのかもしれない。
さりとて、部屋の中央に設えられたオブジェよりこんこんと湧き出し、隅の小さな排水溝へと流れ続けているのは紛れもなくお湯である。
もうもうと湯気が立ちこめる様は、まぁ、風呂と称しても決して間違いとは言えまい。
思えば、あの岩屋に着いて後、僕らは風呂に入る機会はいくらでもあった。
精霊術を使えば、空気中の水分を集めて十分な量の水を作ることができるし、いくらでもある外の雪を運んできて水に変えることさえ容易にできる。
地面を操作して浴槽を作り、そうした水を熱して沸かせば風呂は出来てしまう。
一歩外へ出たら極寒の雪原、同じ一間の空間に異性……と、薄着になることへの心理的抵抗・危機感が少なからずあり、あえて入浴については話題にも出さなかったのだ。
そこに来て、この風呂場である。
僕たちの……特に年頃の女の子である美須磨のテンションが上がるのも無理からぬ話だろう。
「白埜先生、お先にいただいてしまってもよろしいでしょうか? わぁ!」
「待ってくれ! 危険がないか調べてからにしよう。あと服を脱ぎ始めるのは僕が出た後で!」
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