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3.ドレスリハーサル
9月第1週 木曜日②
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口にしてから、もしそんなことになれば厄介だという気持ちがじわりと胸に押し寄せるのを感じた。
3-Aの女子生徒は7人。徳永を含む4人が大切な役についていて、木野とあと2人は、衣装や小道具を作りながらヴェローナの市民役に駆り出されており、彼女らには代役になる余裕がおそらく無い。徳永が舞台に上がれない場合、どうすればいい。
遥大は右に座る男をちらっと見た。彼はそれに気づかず、数学の問題を解いている。集中していることがその横顔から見て取れた。今もしジュリエット役が変われば、ロミオ役である彼も振り回されるに違いないのに、余裕があるのか何なのか……遥大は理解し難い嶋田の図太さに、軽い呆れと、畏れのようなものを感じた。
徳永を襲ったアクシデントへの驚きから発したざわめきは徐々に収まり、各自が自習に集中し始める。この場に座る皆がそうしたほうがいいと感じるほどには、受験が近いというのも事実だった。遥大もそれに倣って、ヒロインの代役問題を脳内の隅に押し込め、長文読解問題に手をつけた。
長谷部は昼休みが終わるころにしか学校に戻れないらしく、今日は隣のクラスの担任が、昼寝の時間のアナウンスをしに来た。遥大は自分のスマートフォンを使う許可を得て(原則、登校後から放課後までスマホを鞄から出してはいけないことになっている)、タイマーをセットした。
今日もどうも、嶋田から寝顔を観察されそうな気がして仕方がない遥大だが、からかいに屈するのも悔しい。いつも通りに眼鏡を外して、ゾウのクッションの腹に頭を置いた。やはり窓のほうを向くと眩しいので、首を反対側に向ける。
そのまま数度深呼吸すると、もやもやしていたものが少しずつ晴れていくのを感じた。そう、まだわからない未来に気を揉むのは無駄なことだ。今は考えないでおこう。遥大が澄んだ眠気に包まれる心地よさに身体を委ねてうつらうつらし始めると、ふふっと微かな笑い声が聞こえた気がした。
またこいつ。遥大は眠ってしまいたいところだったが、無理矢理瞼を持ち上げた。するとやはり嶋田が、白いクッションに半分顔を埋めたままこちらを見ていた。
遥大は彼と目が合ったのを確かめてから、眉間に皺を寄せた。嶋田は笑いを堪えながら、机の中からスマートフォンをそっと出す。今日は長谷部がおらず、周りが皆机の上に突っ伏しているからといって、大胆過ぎる。
さすがに注意しようとした遥大だったが、嶋田は素早くこちらにカメラを向け、ほぼ同時にシャッターを切った。彼の前に座る男子の背中が、その軽い音に反応してぴくりと動いた。
おい! 思わず遥大は上半身を起こした。人の寝顔をどう思おうと自由だし文句は言えないが、無断で撮影するとは、人を馬鹿にするにも程がある。
嶋田は顔を伏せ、肩を揺すって笑いを堪えていた。腹が立った遥大は、そっと椅子から腰を上げて腕を伸ばし、無防備に晒されている嶋田のつむじを指先で強く叩いてやった。
「いっ……」
洩れた嶋田の声に、今度こそ彼の前に座る原山宏輔が上半身を起こす。遥大は音を立てずに椅子に座り、自分も嶋田の声に起こされた振りをした。
原山が身体を捻って嶋田を見た。そして遥大も起きていることに気づき、目を合わせ互いに首を傾げる。ぴくりとも動かない嶋田を見て、原山はたぶん、後ろの男が寝言を口にしたと思ったに違いなかった。
じわじわと可笑しくなってきたので、遥大はそれをごまかすべく顔を机の上に伏せた。その数分後、遥大のスマホが音を立て、昼寝の時間の終わりを告げた。
3-Aの女子生徒は7人。徳永を含む4人が大切な役についていて、木野とあと2人は、衣装や小道具を作りながらヴェローナの市民役に駆り出されており、彼女らには代役になる余裕がおそらく無い。徳永が舞台に上がれない場合、どうすればいい。
遥大は右に座る男をちらっと見た。彼はそれに気づかず、数学の問題を解いている。集中していることがその横顔から見て取れた。今もしジュリエット役が変われば、ロミオ役である彼も振り回されるに違いないのに、余裕があるのか何なのか……遥大は理解し難い嶋田の図太さに、軽い呆れと、畏れのようなものを感じた。
徳永を襲ったアクシデントへの驚きから発したざわめきは徐々に収まり、各自が自習に集中し始める。この場に座る皆がそうしたほうがいいと感じるほどには、受験が近いというのも事実だった。遥大もそれに倣って、ヒロインの代役問題を脳内の隅に押し込め、長文読解問題に手をつけた。
長谷部は昼休みが終わるころにしか学校に戻れないらしく、今日は隣のクラスの担任が、昼寝の時間のアナウンスをしに来た。遥大は自分のスマートフォンを使う許可を得て(原則、登校後から放課後までスマホを鞄から出してはいけないことになっている)、タイマーをセットした。
今日もどうも、嶋田から寝顔を観察されそうな気がして仕方がない遥大だが、からかいに屈するのも悔しい。いつも通りに眼鏡を外して、ゾウのクッションの腹に頭を置いた。やはり窓のほうを向くと眩しいので、首を反対側に向ける。
そのまま数度深呼吸すると、もやもやしていたものが少しずつ晴れていくのを感じた。そう、まだわからない未来に気を揉むのは無駄なことだ。今は考えないでおこう。遥大が澄んだ眠気に包まれる心地よさに身体を委ねてうつらうつらし始めると、ふふっと微かな笑い声が聞こえた気がした。
またこいつ。遥大は眠ってしまいたいところだったが、無理矢理瞼を持ち上げた。するとやはり嶋田が、白いクッションに半分顔を埋めたままこちらを見ていた。
遥大は彼と目が合ったのを確かめてから、眉間に皺を寄せた。嶋田は笑いを堪えながら、机の中からスマートフォンをそっと出す。今日は長谷部がおらず、周りが皆机の上に突っ伏しているからといって、大胆過ぎる。
さすがに注意しようとした遥大だったが、嶋田は素早くこちらにカメラを向け、ほぼ同時にシャッターを切った。彼の前に座る男子の背中が、その軽い音に反応してぴくりと動いた。
おい! 思わず遥大は上半身を起こした。人の寝顔をどう思おうと自由だし文句は言えないが、無断で撮影するとは、人を馬鹿にするにも程がある。
嶋田は顔を伏せ、肩を揺すって笑いを堪えていた。腹が立った遥大は、そっと椅子から腰を上げて腕を伸ばし、無防備に晒されている嶋田のつむじを指先で強く叩いてやった。
「いっ……」
洩れた嶋田の声に、今度こそ彼の前に座る原山宏輔が上半身を起こす。遥大は音を立てずに椅子に座り、自分も嶋田の声に起こされた振りをした。
原山が身体を捻って嶋田を見た。そして遥大も起きていることに気づき、目を合わせ互いに首を傾げる。ぴくりとも動かない嶋田を見て、原山はたぶん、後ろの男が寝言を口にしたと思ったに違いなかった。
じわじわと可笑しくなってきたので、遥大はそれをごまかすべく顔を机の上に伏せた。その数分後、遥大のスマホが音を立て、昼寝の時間の終わりを告げた。
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