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6.嵐の種
9月第2週 火曜日②
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大道具組でもある遥大は、メンバーが街の光景から室内に背景をてきぱきと変えるのを見て、安心した。椅子が置かれて乳母の田村が登場すると、遥大は背筋を伸ばしスタンバイする。
下手に引っ込んだ嶋田とふと目が合うと、彼は遥大に向かって小さく親指を立てていた。ぎこちなくなったが、微笑を返す。
芝居は順調に進んだ。日曜に嶋田と練習した結婚式の場面も、あの時のことを思い出した遥大が気恥ずかしさを押し殺したのが、見ている人々の目には乙女の恥じらいのように映ったらしい。高村は遥大にダメ出しをせず、2幕の終わりで、一旦芝居を止める。
「芝居オッケー、ここまで道具も音響も大丈夫やな? ちょっとやっぱり音楽少ない気ぃするなぁ」
それを聞いた高階が、ちらっと徳永を振り返る。
「舞台組からの要望やったけど? 音源さえあったら、いくらでも増やせるで」
遥大は初めて、がっつり芝居をしたい徳永が、賑やかな演出のB組との差別化も考え、音楽を極力使わないよう希望していたと知る。
高村の判断は早かった。
「甘いシーンの前の転換に、バラード調の曲入れよか」
長谷部は職員会議があると言って、残念そうに教室から出て行った。少し休憩を取る運びになり、遥大は思いついたことを高村と高階に提案してみる。
「使ってみてほしい曲あるんやけど」
嶋田が興味を覚えたのだろう、こちらを見ている。うん、と応じた高階に、遥大は話す。
「『ロミオとジュリエット』の映画の音楽」
「あれはB組が使ってるから被るしあかんわ」
「あっちが使ってんの、1996年のディカプリオのやつやろ? もっと古いやつ……1968年やったかな」
するとあの「愛のテーマ」が小さく流れてきた。音のするほうを遥大が振り返ると、嶋田がスマートフォンを掲げている。
高階はこの曲を知っていた。
「しっぶ! これな、去年吹部で老人ホームの慰問行った時に演奏してん、評判よかった」
思わず遥大は、そうなんや、と返した。祖父母の世代には、あの曲はやはりよく知られているのだ。
遥大の反応に、高階は弾んだ声になった。
「家でその話したらな、ジュリエットのオリビア……何やったかな」
高階が詰まったので、ハッセー、と遥大は続けた。高階はぱっと笑顔になる。
「そうそう、うちのじいちゃんがオリビア・ハッセーのファンやった」
おおっ、と場がどよめいた。よく知る曲を出されて、高階はよっしゃ、と快諾した。遥大はもうひと押しする。
「嶋田が演奏してたバージョンがええんやけど……」
「えっ?」
高階は遥大と嶋田を見比べる。嶋田も遥大の提案に驚いたのか、目を丸くしていた。
「編成はフィドル……ヴァイオリンとギターとキーボードやった」
「えーっおもろいな、聴いてみたい、それ音源ある?」
レイクサイドでの演奏は、店長の宮間はたぶん録音していない。遥大は嶋田のほうを見た。突然振られたからか、嶋田はやや困惑気味に説明する。
「あの時の演奏やったら、たぶん石津さんが録音してはるわ……あれは黒川さんの編曲やし、使うんやったら黒川さんの許可と、どっかにクレジットが要るな」
音楽のそういった事情を知らない遥大は、あの時の演奏がブラックストーンのオリジナルだとは思わず、失敗したと思った。嶋田は遥大の表情の変化を見ていたのか、すぐにフォローする。
「許可くれはると思うし、むしろ使ったら喜ばはるやろけど、急がな間に合わへんで」
高村が至急頼む、と嶋田に言った。遥大も、クレジットをパンフレットに掲載するよう、今日中に長谷部に頼むことにする。あの演奏を、BGMに使ってほしかった。
下手に引っ込んだ嶋田とふと目が合うと、彼は遥大に向かって小さく親指を立てていた。ぎこちなくなったが、微笑を返す。
芝居は順調に進んだ。日曜に嶋田と練習した結婚式の場面も、あの時のことを思い出した遥大が気恥ずかしさを押し殺したのが、見ている人々の目には乙女の恥じらいのように映ったらしい。高村は遥大にダメ出しをせず、2幕の終わりで、一旦芝居を止める。
「芝居オッケー、ここまで道具も音響も大丈夫やな? ちょっとやっぱり音楽少ない気ぃするなぁ」
それを聞いた高階が、ちらっと徳永を振り返る。
「舞台組からの要望やったけど? 音源さえあったら、いくらでも増やせるで」
遥大は初めて、がっつり芝居をしたい徳永が、賑やかな演出のB組との差別化も考え、音楽を極力使わないよう希望していたと知る。
高村の判断は早かった。
「甘いシーンの前の転換に、バラード調の曲入れよか」
長谷部は職員会議があると言って、残念そうに教室から出て行った。少し休憩を取る運びになり、遥大は思いついたことを高村と高階に提案してみる。
「使ってみてほしい曲あるんやけど」
嶋田が興味を覚えたのだろう、こちらを見ている。うん、と応じた高階に、遥大は話す。
「『ロミオとジュリエット』の映画の音楽」
「あれはB組が使ってるから被るしあかんわ」
「あっちが使ってんの、1996年のディカプリオのやつやろ? もっと古いやつ……1968年やったかな」
するとあの「愛のテーマ」が小さく流れてきた。音のするほうを遥大が振り返ると、嶋田がスマートフォンを掲げている。
高階はこの曲を知っていた。
「しっぶ! これな、去年吹部で老人ホームの慰問行った時に演奏してん、評判よかった」
思わず遥大は、そうなんや、と返した。祖父母の世代には、あの曲はやはりよく知られているのだ。
遥大の反応に、高階は弾んだ声になった。
「家でその話したらな、ジュリエットのオリビア……何やったかな」
高階が詰まったので、ハッセー、と遥大は続けた。高階はぱっと笑顔になる。
「そうそう、うちのじいちゃんがオリビア・ハッセーのファンやった」
おおっ、と場がどよめいた。よく知る曲を出されて、高階はよっしゃ、と快諾した。遥大はもうひと押しする。
「嶋田が演奏してたバージョンがええんやけど……」
「えっ?」
高階は遥大と嶋田を見比べる。嶋田も遥大の提案に驚いたのか、目を丸くしていた。
「編成はフィドル……ヴァイオリンとギターとキーボードやった」
「えーっおもろいな、聴いてみたい、それ音源ある?」
レイクサイドでの演奏は、店長の宮間はたぶん録音していない。遥大は嶋田のほうを見た。突然振られたからか、嶋田はやや困惑気味に説明する。
「あの時の演奏やったら、たぶん石津さんが録音してはるわ……あれは黒川さんの編曲やし、使うんやったら黒川さんの許可と、どっかにクレジットが要るな」
音楽のそういった事情を知らない遥大は、あの時の演奏がブラックストーンのオリジナルだとは思わず、失敗したと思った。嶋田は遥大の表情の変化を見ていたのか、すぐにフォローする。
「許可くれはると思うし、むしろ使ったら喜ばはるやろけど、急がな間に合わへんで」
高村が至急頼む、と嶋田に言った。遥大も、クレジットをパンフレットに掲載するよう、今日中に長谷部に頼むことにする。あの演奏を、BGMに使ってほしかった。
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