その歌声に恋をする

穂祥 舞

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3 楽しい夏休みの練習、演出します

8月 ②

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 颯斗から順番に、3人が自己紹介している時に、やっと秋原が来た。慌てて降りて来たらしく、額に汗が浮いている。

「片山さん、ごめん」
「あ、秋原先生、今日はお世話になります」

 涼しげな顔をした片山が、やはりにこやかに答えるのを見ながら、颯斗は今ここにいる人間の関係を思って、ちょっとじんとしてしまった。
 グリーのOBは年齢順に、小山、秋原、片山。20年トレーナーを務める深井と、顧問だった小山は、高校時代の片山を知っている。そして自分たちは今日、片山の指導を仰ぎ、来年冬の定期演奏会について話す。その定演がおこなわれる時は、自分たちは卒業したばかりのOBとなっているのだ。
 颯斗は勝手に胸熱になっていたが、羽田と成田は旧校舎に向かいながら、早速深井と片山と練習の段取りを確認していた。秋原は颯斗に、全体のタイムキーパーを頼んでくる。

「練習は先生がたにお任せとして、茶話会に十分な時間が取れるように、パー練を時間通りに終わりたいかな」
「はい、了解です」

 今日は茶話会がメインではないが、楽しみにしているメンバーも多いので、まあそこはよしとしておいた。
 音楽室に入ると、片山の顔が見たいと言って来た小菅と、グリーの面々の期待と緊張を孕んだ顔が並んでいた。その中で杉原だけは、いつもと変わらないやや冷めた雰囲気を醸し出している。彼は今日、片山はもちろん、深井とも初顔合わせなので、トレーナーたちを値踏みしているのかもしれなかった。
 片山が、あまりこういう場での挨拶は得意でないと言ったこともあり、颯斗は最初の集合を手早く済ませた。すぐにパート練習に入ったが、小菅がしっかりピアノの前に座っているのを見て、片山が笑う。

「先生今日わざわざ来てくださった?」
「あったりまえじゃん、片山くんの専属ピアニストだよー」

 調子のいいおばさんだ。颯斗も浅沼と笑ってしまった。
 片山はまずコンクールの課題曲を聴きたいと言った。小菅が最初の音を4つ鳴らし、片山がこれくらいでいけます? と言いながらテンポを取る。
 課題曲には、パレストリーナの宗教曲を選んでいた。札幌北星高校グリーが、伝統的にこういう曲が得意だからだが、アカペラなので恐怖混じりの緊張が半端ない。
 この曲はトップテノールから始まり、主旋律を追いかける形で低音が重なっていく。片山は上のパートの出だしを歌い、それぞれバリトンとバスが出る1小節前にメンバーのほうを見て、1拍前に手を振ると同時に、すっ、と呼吸音を立てた。颯斗もそれに合わせて息を吸った。

「『キリストは高きところに昇り』……」

 フーガは最初が肝心だと、3年生はこれまでに学んでいる。颯斗たちは、音が上がるにつれテンポが走らないように気をつけながら歌う。
 片山はガイドを兼ねてトップテノールを歌ってくれているが、バリトンなのに高い音も難なく出す。普段杉原の澄んだ声が響く箇所に、片山のまろい声がふわりと乗ってくると、いつもの練習の時と全く違う響きが部屋を揺らした。聴覚に飛び込んでくる倍音に、颯斗のうなじの生え際が逆立ちそうになる。
 上手く流れていた音楽は、歌詞が変わるとがたついてきた。まだ1年生は舌が回らず、歌詞に気を取られて音程が不安定になる。
 音形が変わるところで2年のバリトンが飛び出し、あっ、と小さな声がした。片山はそれに気づいて唇を緩めたが、曲を止めずにやや強引に最後まで歌わせた。
 片山が小菅を見ると、ピアノが最後の和音を鳴らした。自分たちの歌い終わりの音よりピッチが高いので、ああー、と一斉に残念そうな声が上がる。颯斗もどこで下がったのだろうと思わず楽譜を見た。

「はい、最後まで通ったのでそこは良しです、1年生頑張りましたね」

 お褒めの言葉に、バスバリパートは嬉しげにさざめいたが、片山は甘くなかった。

「まず歌詞を読みましょう、キリストが復活して嬉しいのにちょっと暗いかな、それから……各学年バスとバリトンと大体2、3人ずついますね? それ二手に分けて1グループにして、順番に聴かせてください」

 それを聞いて全員が固まった。半分の人数で歌えということだ。片山は微笑を絶やさず、悪魔のような発言をする。

「自分がどこができてないか、どこで人に頼ってるか確認」

 ひえぇ、と成田が泣き声を発する。片山は笑いを堪えていた。

「それと、自分たちが音楽の中で何をやってるかを、相手グループの演奏で客観的に聴いてみてください……自分たちの存在無しではアンサンブルにならないことを自覚してほしいです」
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