夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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1 夜の蝶とアングラのダンサー

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 英子えいこママはいつも晴也に優しい。この仕事を始めようと決心し、ここを初めて訪れた時から、いろいろ手取り足取り教えてくれた。
 晴也がバックヤードに通じる暖簾をくぐると、鏡に向かっていた先輩たちが、朗らかにおはようと声をかけてくれる。ミチルさんと麗華れいかさん。本名は知らない。普段何をしているのか、ぼんやりとは認識しているが、確認はしない。晴也は眼鏡を取り、ワンデーのコンタクトを用意した。

「ハルちゃんは相変わらず肌がきれいだよな、ほんと羨ましい」
「最近寝不足が続くとだめですね、今日もおでこに吹き出物が……」
「そうなの? カーラーあっためておいたから今日は前髪巻いて隠せば?」

 女子のようなトークをしながら、晴也はスーツとワイシャツを脱ぎ捨てる。紙袋から出したのは、シルクのキャミソールと、白地にオレンジとピンクの淡い花柄が美しい、膝丈のワンピースだ。わあきれい、と先輩たちから声が上がり、嬉しくなる。
 晴也はこの仕事を始めてから、インターネットの洋服レンタルを使っている。コーディネートを考えて送ってきてくれるし、好きな時にクリーニングに出さずに返していいのも便利だ。このワンピースは初夏に送って来たものだったが、その時はまだ着こなす自信が無く、クローゼットに置いていたのだった。
 無粋なシャツを脱いで、シルクの感触を楽しみながら真っ白のキャミソールを身につける。ワンピースに袖を通すと、テンションが一気に上がる。これを着るために、昨夜は風呂で念入りに腕と腋の毛を剃った。

「色白のハルちゃんがそんな恰好したら女神だね~」
「ミチルさんだって色白じゃないですか、俺は青って似合わないから羨ましい」

 ミチルのスカイブルーのワンピースを見ながら、晴也は言った。青系が似合うなんて、大人の女っぽくて素敵だ。麗華はその源氏名の通り、華やかな赤系のドレスが似合った。ドレスに合わせたメイクも上手で、憧れる。
 晴也はホットカーラーを前髪に巻きつけた。シートクレンジングで顔をきれいにして、化粧水と乳液で肌を整え、ポーチを出して化粧を始める。下地を丁寧に塗り、リキッドファンデーションをスポンジに取って肌に伸ばす。この作業にもだいぶ慣れた。くたびれた自分の顔が艶やかなものに変化していく喜び。今日は可愛らしく、ピンク系のアイシャドウを瞼に乗せ、マスカラも茶色で。晴也は睫毛が長いので、つけまつげは要らない。アイブロウは優しい感じでいこう。ブラシを使って、眉頭をぼかしていく。

「クリスマスのコフレってどこのを買う?」
「どうしようかな、口紅の色とか選べるブランドがいいなぁ」
「通販系って結構面白いですよ、ファンデーションついてるのとかありました」
「いいね、ポーチなんか要らないから新しいファンデ試してみたい」
「ポーチは要るって、コフレの意味ない」

 鏡の前でそれぞれ自分の唇に色を差しながら、3人の男は化粧品の話に花を咲かせる。ママが開店の声を掛けると、3人の美女が店に出る。晴也はストッキングを履いた足をクリーム色のパンプスに入れ、本当の自分に変わった時間を目一杯楽しもうと気合いを入れた。
 女装バー「めぎつね」の可愛らしい系新人ホステス、ハル。それが晴也の夜の肩書きである。
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