夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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4 侵食

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 今日はきちんと開演のアナウンスがあり、ざわめきが収まると、明るい音楽が始まった。舞台に照明が入り、5人の男性が燕尾服で並ぶ姿が見えると、客席が湧く。一昨日と違い、早速黄色い声が飛ぶ辺りが、何故か健康的な感じがした。
 5人のダンサーが晴れやかな笑顔で軽く1曲を踊り終わる。これも水曜と違うのは、中央のリーダーのユウヤが、マイクを握ったことである。彼は爽やかに客に挨拶してから、今日の人気投票の説明をする。

「……終演後に私たち、お一人ずつに挨拶に伺いますので、本日一番印象に残った者にカーネーションをいただきたく思います」

 ユウヤは滑らかに続ける。

「またテーブルに置いた紙にも是非ご記入ください、衣装や曲や演出など、皆様のリクエストに順番にお応えしたいです……まあこちらがネタ切れってのもあるんですけれど」

 場が笑いに包まれた。ユウヤは話も上手だ。続けて彼はメンバーを一人ずつ紹介する。若手から順番に名前を挙げ、最後にショウの名を呼ぶ。会場の拍手が大きくなるところを見ると、やはり人気者のようだ。ショウはぺこりと頭を下げ、顔を上げるとその前髪が額にかかった。昨日の昼間の給湯室でのやり取りを思い出して、晴也は密かにどきりとなり、顔を熱くする。
 腹が立つ。こいつやっぱりカッコいいんだよな。燕尾服なんかきれいに着こなす日本人なんて、そうそういないんだから。
 最後に舞台に残ったユウヤが中央に来る。

「そして私ユウヤの5人で今夜もお送りします、よろしくお願いします!」

 わっと拍手が起きた。何故ダンサーたちが、紹介されてすぐに引っ込んだのかが分かった。直ぐに音楽が始まり、先に袖に入った二人の若手が、衣装を替えて飛び出して来たからだ。彼らは航空機のパイロットのいでたちをしていた。ここからコスプレダンスということらしい。

「うわぁ、堅い制服とか俺マジ好物過ぎてヤバい」

 ミチルがうっとりした表情になる。晴也は笑いを噛み殺した。ミチルの趣向が、一昨日からダダ漏れだからである。
 ダンサーたちは帽子を小道具にして器用に使いこなすが、やはりユウヤとショウ、そしておそらく5人の中で一番年齢が上に見えるタケルというダンサーが、小道具を扱い慣れている印象を受けた。ショウは手首をくるりと返して、髪を崩さないように少し斜めに帽子を頭に乗せ、客席ににっこり笑いかける。同じ振りをしていても、ユウヤはより動きが力強く、笑顔も破顔なので、個性が違うのがよくわかる。
 5人は曲を替え衣装を替えて、ほとんど休みなく舞台に出て来る。一昨日もそうだったが、服を脱ぐだけなのと着替えるのとでは、労力が違うのだろう。4曲目のダンスが終わると、10分の休憩が取られた。

「こっちも面白いだろ?」

 2杯目のビールをほぼ空にしながら、ミチルが言った。晴也は頷く。

「演出とか振付は誰がしてるんですか?」
「衣装や演出はタケルさんだ、彼はもうほとんど舞台には立ってなくて、裏方メインになってるらしいんだけど……」

 脇役ダンサーとしてミュージカルの舞台で名を馳せた人で、後進の指導もしているという。

「振付はショウとユウヤもやるみたい、ずっと見てたら誰の振付か分かるようになって来るぞ」
「そうなんですか、ミチルさん凄いな、めちゃコアなファン」

 客席は男性も女性も皆楽しそうで、お酒やおつまみをどんどんオーダーしている。良い仕事だなと晴也は思う。観た人をしあわせにするダンスショー。
 3杯目に梅酒の水割りを頼むと、舞台が再開された。照明が暗くなり、スモークが焚かれる。ピアノに合わせて、白いTシャツにジーンズ姿のショウが静かに舞台に現れ、スモークをふわりと掻き乱す。体重を感じさせないターンや芯がブレないジャンプ、緩やかな曲で間を十分にたせる歩き方。晴也はそうか、と合点した。この人は、クラシックバレエの基礎があるんだ。
 悲しげな曲に乗せ、ショウの長い腕が思いを語る。彼はたぶん、恋に破れたのだろう。残りの4人も揃い、スモークがけた。前半と全く趣の違う慟哭のようなダンスが展開して、目が離せなくなる。ショウがこちらを見たので、目が合ったような気がした。その切ない表情に、晴也は胸を絞られる。
 一人ずつ舞台を去って、最後に残されたショウは、こちらに背を向けて舞台の奥に歩いていく。美しい背中がゆっくりと闇に包まれると、大きな拍手が起きた。客席からは感嘆の溜め息まで聞こえてくる。
 凄いな、と晴也は畏怖に近いものを覚えていた。あれだけ表現力のあるダンスを、こんな近い場所で見せられたら、誰だってハマってしまうだろう。二の腕に鳥肌が立っていたことに、晴也はようやく気づく。
 最後は底抜けに明るい曲で、さっきのシンプルな衣装に銀色のジャケットを羽織った5人が、所狭しと飛び回った。みんな首に羽根のついたラリエットをつけていて、ジャンプする度に羽根がふわふわと舞う。全員が楽しそうに踊っているのが見ていて気持ちいい。
 音楽が終わり、5人が舞台の真ん中で固まってポーズを決めると、黄色い声と拍手で店の中の空気が震えた。ありがとうございました、というユウヤの声のあと、再度万雷の拍手。

「いやぁ、今夜は最近で一番盛り上がったんじゃないかな、ハルちゃんいい日に来たよ」

 ミチルは手を叩きながら晴也のほうを向き、言った。

「素敵でした、一昨日と全然違う魅力がありました」
「ってショウに言ってやれ」
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