夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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4 侵食

ショウの日曜日①

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 可愛いな。
 晶は濃い目のミルクティを口にしながら考える。しかし何故、あんなにかたくなに反抗的な態度を取るのだろう。根っから嫌われている訳ではなさそうだが、あんなに睨まれると、少し自信が持てなくなる。
 勉強もスポーツもそこそこ出来て、母が運営しているバレエ教室では数少ない男性舞踊手だったので、晶はちやほやされることに慣れている。だからクラシックバレエではなく、あらゆるジャンルのダンスが必要とされる舞台を目指し始めた頃、周囲に手のひらを返されたように感じた――実力が無かったのだから当然だったのだが。晴也に冷たい態度を取られると、その頃のことをちょっと思い出してしまう。
 冗談なんか言っていないのに。
 晶がゲイの自覚を得たのは、高校生の頃である。親の反対を押し切り、大学に進学せずに、ロイヤル・バレエ団に籍を置く姉を頼ってロンドンに行った。演劇やクラシック以外のダンスを学び、日本よりも同性愛者に寛容な土地で、男性とのセックスを覚えた(女性相手より格段に良かった)。
 何故かいつもバイやノンケの男性を好きになるので、相手に好きな女が出来ると、その女に勝てず振られた。そのうち、ミュージカル業界でのアジア人への差別、そして自分の技術面と精神面の弱さとの闘いが、恋愛する時間を与えてくれなくなった。そして舞台の隅に乗せてもらえるようになると、色恋などどうでも良くなってしまった。煌々と照明が入った舞台の上で、自分に向けられたものでなくても、耳が痛くなるほどの拍手を浴びるのは、セックスで昇りつめるのと同じくらい、いやそれ以上に、中毒的な快感だったからである。……だが。
 からかってなんかいないのに。
 晶はオレンジをフォークでつつきながら思う。また、面倒くさいノンケに引っかかってしまった。しかも、本当かどうかよくわからないが、童貞処女ときた。攻略し甲斐があるのは確かだが、自分はあまり気は長くない。
 だが欲しいものを諦めるなどという発想は、遺伝子的に欠落している。明治の世が始まった時、吉岡家は政治家に取り入り、居留地にやって来た外国人相手に、言葉もわからないのに商売を始めて財を成した。その時に、物珍しさからクリスチャンになった分家もある。吉岡の血筋は、厚かましくて強欲で、新しいもの好きのおバカなのだ。
 晴也の矛盾した言動をねじ伏せ、好きだと言わせるためにはどうすればいいだろうか。晶の中のおバカの血が騒ぐ。
 あの日、湯呑みを乗せた盆を抱えて応接室に入ってきた晴也を見て、ある女性を晶は思い出した。恋愛の対象ではなかったが、大切な存在だったひとだ。
 晴也はにこりともせず、だが丁寧に自分と社長の前に湯呑みを置いた(しかも茶は美味だった)。引き止められて一瞬面倒くさげに目を細めたくせに、ソファには静かに、脚を揃えて座った。気怠けだるい空気を放ちながら、日本人らしい細やかさを見せる彼に猛烈に惹かれた。
 そしてその夜、彼はほっそりした美女に変身して再び現れた。野暮ったい黒縁メガネと伸ばしっ放しのような前髪の下に隠されていたのは、知的な額、優しい弧を描く眉、長い睫毛に白目の美しい瞳。右手の黒子ほくろが無ければ、確信は持てなかっただろう。
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