夜は異世界で舞う

穂祥 舞

文字の大きさ
35 / 229
6 逡巡

8

しおりを挟む
「そうはっきり言ってくれたらいいのに……でもハルさんのことだから、遠慮してたのかな」

 昨日のバックハグとは比べものにならない密着度に、晴也の心臓はこれまでにない速さで打ち始める。呼吸が浅くなった。

「可愛いなぁ……」
「だっ、だからっ、こういうことをやめろって言ってるんだよ、風呂入れっ」

 ふふふ、と晶は耳のそばで笑う。声の近さに背筋がぞくぞくした。身体が熱い、暖房は緩くにしか入れていないのに。

「昨日みたいに力抜いて、肩とか首が凝ってしまうから」

 晴也は晶の言葉にえっ、と思わず言った。昨日、何かあったのか。晶はゆっくりと背中を撫でる。その手の動きが心地良く、彼は今日も何だか良い匂いがして、抵抗する気力が萎えてしまう。

「ハルさん泣き疲れて俺にもたれ掛かって爆睡してたんだよね」

 まさか。確かにうつらうつらしたと思うが、ソファに軽く横になっただけだ。爆睡なんてしていない……筈だ。晴也はぬくぬくすることに甘んじ始めた自分に気づき、晶の肩に腕を突っ張って、彼の身体を引き剥がすことに成功した。

「風呂入って」

 目を合わせずに言うと、先にいただきます、と晶は素直に答えた。諦めてくれたことに、ほっとした気持ちが半分、がっかりした気持ちが半分だった。



 普段完全に独りでいる空間に他人がいるというのは、違和感が半端ない。晴也がシャワーを済ませて浴室から出ると、黒い髪を乾かしっぱなしにした後ろ姿がリビングにあり、どきっとする。
 晶はイヤホンを耳に入れ、胡坐あぐらで座ったまま小さく腕を動かしていた。振り付けを確認しているのだと、すぐに晴也は理解した。彼の長い腕は、時々すっと上に伸ばされ、つられるように彼の顔も上を向く。真っ直ぐに伸びた背筋に繋がる首は、常に頭部を引き上げる訓練を受けた人らしい、美しいラインを描いている。
 綺麗な人だなと晴也は思う。晶は姿が美しい。舞台に立つ時はもちろん、冴えないサラリーマンでいる時や、今のように風呂上がりにくつろいでいる時も。

「あ、ハルさん」

 晶はイヤホンを外し、スマートフォンを操作する。音楽を止めたのだろう。

「寝よう、ベッドを整えておいた」

 今朝は慌てて起きたから、さぞかしベッドはぐちゃぐちゃだったと思う。何となく嬉しげな彼を見て、晴也は苦情を申し立てた。

「寝てたらいいのに、俺は床で寝るから」
「寒いのに何言ってんだ、風邪ひくぞ……ほら」

 晶は4歩で晴也の傍に来て、右の腕を掴んだ。晴也は想定外の彼の行動に反応が遅れ、ベランダ側のベッドに連れていかれる。壁際に追い立てられ、晴也は思う。一体誰の家なんだ。しかし眠くて、抵抗する気力が無かった。
 晶は自分もちゃっかりベッドに上がってきて、勝手にエアコンのタイマーをセットした。枕が一つしか無いと晴也はようやく気づく。

「あ、タオル……」
「何、セックスしてくれるの?」

 何故セックスするのにタオルが要るのか気になったが、晴也はスルーした。

「枕が無いんだよ、俺タオルでいいからおまえ使え」
「腕枕するよ」
「要らねぇよ馬鹿野郎」

 淡々と暴言を吐く晴也に笑いながら、晶はベッドから降りて、自分の鞄を開け、タオルを引っ張り出した。何なんだよ、泊まる気満々だったんじゃないか……晴也はむすっとしながら、水色のスポーツサイズのタオルを受け取った。
 部屋の明かりを落とした。晴也は壁ににじり寄ってから、緊張を保とうとしたが、頭の下のタオルが柔らかくて良い匂いがすることもあって、眠気に抗えず瞼を落としてしまう。
 晶も疲れていたのか、何も話さず大人しくしてくれていた。そのうち、規則正しいリズムの呼吸音が聞こえて来る。彼の呼吸は深くて長かった。激しい運動をする人だからだろうと、晴也は勝手に納得する。
 部屋が暗いと、やたらに近距離にいる晶のことを意識しないで済んだ。自分のものでない温もりや匂いは、予想外に心地良い。女きょうだいしかいない晴也には、小学生になって以降、他人と一つ布団で眠るという経験が無い。何となくホッとするし、寒い時は気持ちいいものだなと、ぼんやりと考える。そのうち、安らかな眠りが晴也を包みこんだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

隣のチャラ男くん

木原あざみ
BL
チャラ男おかん×無気力駄目人間。 お隣さん同士の大学生が、お世話されたり嫉妬したり、ごはん食べたりしながら、ゆっくりと進んでいく恋の話です。 第9回BL小説大賞 奨励賞ありがとうございました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...