夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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7 萌芽

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「はい、ハルさん」
「だからここではハルさんって呼ぶな」

 缶を手渡されながら、晴也は銀縁メガネのくそダンサーに言った。今日は彼は、グレーがかった色のスーツを着ている。そのせいか、少し顔色が良くないように見えた。
 それでも晶は、晴也の顔を見ることが出来た嬉しさを隠しもせずに、とろけた表情になりにこにこしている。晴也のほうが、見ていて恥ずかしくなった。
 晴也は沸いた湯を急須と湯呑みに入れて、やかんをコンロの五徳に戻す。急須を温めた湯を捨ててから茶葉を入れ、温度が少し下がったやかんの湯を急須に注いだ。

「福原さん、俺の部屋に来てお茶淹れてよ」

 晶は抱きついては来なかったが、至近距離から言った。晴也は少し彼から離れる。

「茶くらい自分で淹れろ」
「どんな用事でもいいから遊びに来て」

 晴也は真剣に言われて困惑した。茶を湯呑みに淹れて時間を稼ぐ。

「ハルさ……福原さん不足で倒れそうだからプリーズ」

 何なんだ、そのおねだりモードは……。晴也は盆を持ち、諭すように言った。

「あのさ、ここ会社だから、そういう話は別の場所でしようよ」
「今夜めぎつねにちょっとだけ行こうかな」
「……めぎつねでも家に来いとかって話はやめろ」

 晶を先に立たせて、給湯室を出た。

「福原さんは俺に会いたくなかった?」
「自惚れるな、どっちでもいいわ」

 晴也は小さく言ったが、どちらかと言うと会ってもいい、というのが正直なところである。晶は思い出したように言った。

「さっき早川さんに何言われてた?」

 晴也はああ、と応じる。

「あの人ショウ……吉岡さんたちと飲み会したくて仕方ないんだ、俺が話を振れって言われてた」
「ふうん……こっちから新年会の提案しようか」

 一緒に部屋に戻ると、早川が自分のデスクからこちらを見ていた。晶もそれに気づいたようだった。

「早川さんって福原さんの何な訳?」
「え? 一年上の先輩」

 こそっと言葉を交わし、応接セットに向かう。晴也は客人の前に湯呑みを置いて、崎岡と木許の会話が一段落つくのを待つ。さっきプリントアウトした紙を用意していると、晶が興味を示した。

「福原さん、それは?」

 崎岡が話すのをやめてくれた。晴也はすかさず紙を3人に配る。客人たちは茶をひと口飲んだ。

「この間吉岡さんが持って来てくださったお菓子の感想です、総務課と営業課のほぼ全員と経理課の一部が試食しました」
「沢山のかたに試していただいたんですね、ありがとうございます」

 木許が興味深げに紙面に目を落とす。晶は紙を顔に近づけた。

「これは面白い、年明けに商品を持ち込むのに参考になります」
「営業課は男性のほうが多くて総務課は逆です、好みに多少男女差が出たかもしれません」
「ジャスミン茶はいまひとつでしたか?」

 紙面から顔を上げ、晶が問うて来た。晴也は正直に答えた。

「癖のあるお茶なので、はなから口にしない人も多いんです、私はいいお味だと思いましたけれど」

 あれは難しいかなぁ、と木許が首を傾げる。ジャスミン茶が好きな人には受けるだろうと晴也は思うが、差し出がましいと思うので口は出さない。
 すると崎岡が明るく言った。

「いや、好きな人にアプローチする方法はありますよ、きっと」

 崎岡はお世辞にも仕事熱心とは言えないが、人脈が多く、気に入った相手には好意的である。味方につけると心強いタイプだ。
 晶が持ち込んだ菓子は、ジャスミン茶以外は概ね評判が良かった。崎岡もそれを指摘し、年明けすぐに売り込んで行こうという話が纏まる。晶は巻いたカレンダーを鞄から出して、崎岡に手渡した。

「うちのカメラ自慢の社員たちが撮った写真を使っています、ちょっと面白いものに仕上がりました」

 晶の説明に、晴也は崎岡と共に感心する。

「スマホで撮ったものもあるんですよ、最近のスマホはほんとに綺麗に撮れますねぇ」

 木許が気さくな表情になり、笑う。

「あ、先日お話が出たのですが……」

 場が和んだのを見計らい、晶が切り出したのは、新年会の話題だった。さぞかし早川が混じりたがることだろう。

「福原どうだ、おまえ出席するか?」

 崎岡に振られて、晴也は躊躇ためらったが、都合が合えばと小さく答えた。

「福原はそういう席にあまり出てくれませんので」

 崎岡にネタにされて、晴也は口がへの字になりそうなのを我慢する。木許が眉を上げた。

「そうですか、お酒が飲めなくても楽しめる店を探しましょう……承知しました」

 そこまで言われると、無下に断れないではないか。晴也は胸の内で困惑する。晶を盗み見ると、彼は明らかに笑いをこらえていた。宴会に出ないのは酒が飲めないからだなんて、大した誤解である。
 新年会のプランも大まかに固まり、客人たちは茶を飲み干して場を辞した。今日は崎岡が下まで見送るので、晴也は早川と一緒に、部屋の前で頭を下げる。晶はにっこり笑い会釈をして、感じの良い営業担当として去った。

「福原、新年会行くんだ?」

 早川が早速突っ込んでくる。ショウさんとは別の意味で、面倒くさい奴だな。晴也はぼろを出さないよう、警戒を緩めない。

「……あちらの社長さんがあんなおっしゃりかたしたら仕方ないじゃないですか」
「まあ担当だしな」

 気は進まないです、とつけ足して、晴也は応接セットのテーブルを片づけに行く。

「……吉岡さん、来た時おまえのこと追いかけた?」

 湯呑みを盆に引き上げていると、早川がこちらに回って来た。何が言いたい。晴也は無言で彼を嫌な目で見る。

「トイレでしょ? お互い戻る時に合流したけど」
「あの人感じいいんだけど、福原に対して何か持ってそうなんだよな」

 晴也は何も言わなかったが、調子に乗っている晶には釘を刺しておこうと思った。ゲイであることも夜に副業をしていることも隠しているなら、少し自重しろと。もちろん晴也も自戒した。早川が何故晶の行動を気にしているのか分からないが、常々お節介を受けている晴也だって、探られ秘密を暴かれるのは真っ平御免だ。
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