夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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7 萌芽

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 翌日は妹と会う約束をしていたので、晶たちのショーを観に行くのを諦めた。
 3つ年下の妹の明里あかりは、浅草で暮らしている。母は彼女が就職を決めて都内で暮らすと言った時、晴也と住むよう言ったらしいが、お互いに反対した。しかし彼女から連絡があれば、退勤後の晴也は大概暇なので、食事がてら会ってやるようにしていた。
 宝塚音楽学校に何故明里が受からなかったかと誰かに問われたら、晴也は迷わず地味過ぎるから、と答えるだろう。まあ受験時の声楽やバレエも付け焼き刃だったのだが。
 2人の居住地の中間地点で、あまりがちゃがちゃしていない目黒で会うことが多い。蕎麦屋で食事をしている時、晴也は妹から、銀縁メガネのくそダンサーが業界では有名人であることを聞かされることになった。

「ダンサーのショウって……吉岡晶のこと? 新宿で踊ってるってマジなの?」
「え、うん、今日も踊ってると思う」

 まあまだショーは始まっていないが。晴也は明里に食いつかれて戸惑った。

「しのざきゆうやって人も一緒に出てる、彼もいいダンサーだよ」

 明里は箸を止めて目を剥いた。

「篠崎優弥も⁉ 何その舞台、新宿にミュージカルシアターなんかあった?」
「いや、ショーパブなんだけど」

 明里はあ然とする。グループLINEで友だちだとは言わないでおこうと晴也は思った。

「お兄ちゃん、観たいそれ」
「いいけど、夜11時から始まるショーだよ」

 まさか今から行くと言う気じゃないだろうな。晴也は真剣な表情で考える妹を見て、微妙な気分になる。

「ダメだわ、洗濯干しっぱなしだし」

 明里は残念そうに言ったが、洗濯物に負けるくらいの興味らしかった。

「来週のクリスマスイブはもう満席らしいから、行く気あるなら年明けだな……声かけて」

 兄の言葉に、明里は感心する。

「まさかそんな人脈をお持ちだとは……」

 晴也は多くを語らない。際どい人脈である。女装バーでの副業は、もちろん家族には内緒だ。父に知られたら、きっと実家に出禁になる。

「わーでも日本人で向こうの舞台で役ついてた人たちが新宿のショーパブで踊ってるって……何というか、シビア」

 明里は美智生と同じことを言った。晴也は答えた。

「実力の世界だしさ、2人とも年齢もあるんじゃない?」
「いやまだ若いわよ、篠崎優弥は日本で演りたいって言って帰国したんだと思うけど……ショウは怪我したんだよ」

 明里の言葉に、晴也は思わずえ、と驚きの音を落とした。

「『キャッツ』でミストフェリーズだったかな、役貰ってたのに直前に」

 ああ、あの白黒の毛のダンスが得意なやつか。有名なミュージカルの個性的な猫たちの役柄を辿りながら、晶に……ショウに似合うと晴也は思った。

「何処怪我したんだ?」
「詳しくは知らないけどたぶん脚」

 明里は音楽学校の受験以来、すっかりミュージカルや演劇マニアになってしまったが、社会人になってもその趣味を継続しているようだった。

「そっか……そんな有名人なんだ」
「まあ舞台好きな人しか知らないとは思う……お姉さんはロイヤル・バレエ団のキャラクターダンサーだけど、彼女のほうが有名なんじゃないかな」

 晴也は一気に怖気づく。イギリスで活躍するダンサー一家。自分とはまったく異次元のフィールドに生きる人たちだ。……交際、なんてすべき相手ではない。

「どうしたの? 深刻な顔して……蕎麦のびるよ」

 明里にうながされて、晴也は箸を動かした。

「えーじゃあお兄ちゃん、ショウと篠崎優弥と直に話す関係なの? 陰キャにあるまじき知人だねぇ」
「うっせぇわ、陰キャって言うな、オタク女が」

 ショウに迫られていますが……陰キャにあるまじき展開。晴也は失笑しそうになる。晶にからかうつもりがなくても、やはり彼と自分では釣り合わないのだ。
 ほぼ食べ終わり、スマートフォンで何か検索していた明里は、見つけた! と小さく叫ぶ。

「『ショーパブ・ルーチェに出演のアクター紹介』ってお店の動画」

 明里はYouTubeを開き、スマートフォンをテーブルに置いた。ルーチェのチャンネルらしく、そこそこ視聴されている。
 月曜日から順にダンサーやミュージシャンを少しずつ紹介していく動画は、水曜の23時をほんの一瞬だけ映していた。まあ半裸の男5人の長写しはまずいだろう。「男性限定!」というテロップに明里が笑う。

「わぁお、ゲイ専ショーもやるんだ……ドルフィン・ファイブ?」

 晴也はあ、と声を上げそうになる。グループLINE名のD5とは、ドルフィン・ファイブの略か。てかそんな名前あったんだ。

「あっ、ほんとだ! 金曜日の23時、ショウと篠崎優弥出てる! 凄い!」

 見分けがつくほどには、明里は彼らを知っていた。水曜よりも長い動画で、どういう場面なのか、5人で聴診器を首からぶら下げ、白衣を翻して踊っている。

「これどういうダンスなの?」
「コスプレ」

 ウケる、と明里は笑った。しかしテロップを見て、笑顔を固まらせた。

「ドルフィン・ファイブ……」
「……この人たち、水曜はゲイ向けにストリップしてる」

 明里は目を丸くした。失望する言葉を晴也は待ち構えたが、彼女は声をワントーン上げて興奮の口調になる。

「待ってよ、何で男向けだけなの? こういうの、女性客オンリーの店もあるよ? パブにリクエストしてよ!」

 晴也は妹の剣幕に引いた。めぎつね常連の藤田と牧野も、晶たちのストリップが見たいと言っていたが、女たちがそこに何を求めるのか、晴也にはちょっとよくわからない。

「じゃあ年明けにルーチェに来てリクエストしろ」
「するわよ! ショウに直接リクエストもするっ」

 いやいや……。晴也は海老天を噛みながら、苦笑した。俺がショウさんから引かれるわ、ヤバい妹がいることで。
 珍しく食事の後にコーヒーを追加注文し、明里は兄との会食に随分満足したようだった。正月に一緒に実家に帰る話などをしてから店を出て、駅で別れた。山手線の乗り場が反対だからである。
 あいつ彼氏いるのかな。晴也は兄として考える。実は彼女が都内で暮らすと決めた時、晴也と同居したがらなかったのは、男がいたからではないかと晴也は思っている。
 奥手な晴也とは違い、姉と妹はそこそこ男女交際を楽しんでいた。姉は結婚して、現在実家の近所に住んでいるので、両親も安心なのか、晴也と明里に結婚をせっつくなどしないのは有り難かった。
 とは言え、交際相手が男だなんて言ったら、姉と妹はともかく、両親は卒倒するだろう……ふと、電車に揺られながら晴也は思索を中断した。誰を相手に想定して、男と交際なんだ? 晴也は勝手に赤面した。最悪だ。あいつだけでなく俺もイカれてる、あいつのせいで!
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