夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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8 作興

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 自宅には姿見が無いので、晴也は洗面所で精一杯鏡から離れながら、自分のワンピース姿をチェックしていた。自宅から女装して出かけるのは、初めてである。普段めぎつねという、ある意味架空の舞台の上でのみ女の姿をしている晴也にとって、高田馬場から新宿までのリアル空間を女装で移動するというのは、甚だ緊張を伴う行為であった。
 冬でコートを着込むのは、胸の膨らみが無いのを隠してくれて良い。化粧と歩き方にさえ気をつければ、悪目立ちはしない筈だ。口紅を丁寧に塗り、微かにラメの入ったハイライトを額や頬骨に刷く。それにしても、足元が冷える。女性は大変だなと思いながら、晴也はバッグを肩にかけてブーツに足を入れた。
 もう夜の10時である。駅前の店はおおかた閉まっていて、飲食店だけがクリスマスの装飾を煌めかせていた。いつもよりは人出が多い気がする。晴也は都会から帰宅してきた人の波に逆流し、駅の改札を通る。
 山手線の中で自分に視線を送ってくるのが男性ばかりだということに気づき、晴也は自信を持つ。並んで座るカップルの男性が晴也を見ていて、それに気づいた隣の女性が、むっとして彼の二の腕を軽く叩いた。
 女に見えているのか。晴也は優越感に浸る。新宿駅まで来ると、自分のテリトリーなので、晴也は背筋を伸ばして足を運んだ。この辺りは不夜城だ。ネオンがぎらつき、サンタ姿の男女が通りに立ち、酒に浮かれた人たちが楽しげに行き交っていた。

「ハルちゃん、おはよう」

 やはりコートで完全防備した美智生が、ビルの前で待っていてくれた。前髪を上げてポンパドゥール風にした晴也を見て笑う。

「可愛いなぁ、今日は俺の妹だな」
「はい、お姉ちゃん」

 華やかなフルメイクも見事だが、美智生はこのハイヒールで家から来たのだろうか。晴也は感心した。彼は半地下に向かう階段を、8センチヒールで難なく降りていく。
 自動ドアが開くと、中はいつになく華やいだ雰囲気だった。天井からぶら下がった金銀の星やモールの下、いつもよりドレスアップした客がアルコールをたしなんでいた。今日はおつまみもクリスマスモードなのか、ケーキを食べている人もいる。
 黒いコートを脱いで店員に預ける美智生を見て、晴也は思わず言う。

「わぁミチルさん素敵、ドレス持ってないって言ってたのに」

 美智生はモスグリーンのドレスに、シルバーのネックレスとイヤリングを合わせていた。ラメの入る裾がアシンメトリーなのが洒落ている。

「キャバ嬢御用達の通販でゲットしたんだ、納品が早いって教えてもらって」

 店員も突如現れた美女たちに視線を送ってくる。晴也は白いふわふわのニットに、白地に赤い花が散るワンピースを合わせていたので、対照的な恰好をしているのも目を引いたようだった。

「ちょっと乳がスカスカするのがなぁ」
「ナツミちゃんはこないだ、ブラジャー使おうかなって話してました」

 席に案内されながら話す。

「あの子は完全にそっちだからな、俺はブラジャーはちょっと……」

 美智生の苦笑に晴也も同意した。すっかり定位置になった舞台上手側のカウンター席に落ち着き、ビールを頼む。
 晴也はこんなそれらしいクリスマスを過ごすのは初めてである。楽しげにさざめく客席や、きらきらする店内の装飾にときめいた。

「楽しみだねぇ、リクエスト中心のプログラムって言ってたよな」

 美智生は言ったが、晴也は晶の体調が少し心配だった。普通に昼間も出勤しているようだし、水曜のステージもこなしたらしいが……。
 一昨日出番を少し減らしたことで、がっかりして心配するショウのファンが少なからず明らかになったという。普段ゲイの客たちは、金曜に集う女たちよりも謙虚で、ショーの後にダンサーたちがテーブルを回ってもガツガツしないようだ。
 11時になり、客席の明かりがゆっくりと落とされた。ざわめきがすっと引いたが、舞台は暗いままである。すると男性の合唱が響いてきた。袖で歌っているようだ。
 床につきそうな長さのガウンを羽織った人たちが、両袖からキャンドルを手にゆっくりと登場した。歩きながらグレゴリオ聖歌のような曲を歌っている。マイク抜きのまろい響きが会場に満ち、5つのキャンドルの炎が揺れる。あたかも教会でキャロリングがおこなわれているような、柔らかな厳粛さが辺りを包んだ。

「Gloria in excelsis deo, Hallelujah……」

 5人の聖歌隊は横並びになり、音程をぴたりと揃えて最後の音を響かせた。こんな歌でも決めてくるなんて流石だなと晴也がほとんど感動していると、いきなり照明が全灯になった。眩しくて一瞬目を閉じた。
 有名なクリスマスソングの前奏が始まった。聖歌隊はキャンドルを吹き消し、舞台のギリギリ前方に置くと、白く長いガウンの裾を翻しながら踊り始めた。軽やかなダンスに、思わずといった風に、客席から手拍子が起こる。
 ワンコーラスが終わると、男たちは素早くガウンを床に落とし、サンタのコスチュームになってポーズをとったが、すぐにやたらに客席に視線を送りながら上着を脱ぎ始めた。彼らが腰をくねらせ裸の肩を覗かせると、きゃあっと黄色い声が上がる。

「えっ、ストリップするの!」

 美智生も嬉々とした声を上げた。男たちはもろ肌脱いで、一糸乱れぬ動きでセクシーなダンスを見せつけてくる。すとんと三角座りをして、脚を上げてこれ見よがしに赤いズボンを脱ぎ始めると、黒いパンツに覆われた引き締まった臀部でんぶや太腿が露わになった。会場の熱量が跳ね上がる。
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