夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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8 作興

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「ケーキ美味しいですね」

 晴也は通りがかった店員と目が合ったので言った。クリスマスにだけ、渋谷の洋菓子店に頼んでいるのだという。

「めぎつねもそんなのすればいいのにな」

 美智生の言葉に晴也も頷く。

「もう少しお腹に溜まるおつまみがあったら客単価上がりますよね」
「おおハルちゃん、やり手の片鱗を見せたな……俺たちが皿に盛るだけでいいようなやつな、年明けにママに話してみようか」

 晴也はケーキを口に入れながら、小洒落た店でケーキと紅茶を晶と楽しむ空想をしていた。ロンドンで暮らしていたからか、彼はコーヒーより紅茶のほうが好きなようだ。今度そういう店を探して……。
 そこまで考えて晴也は我に返る。いや、何であいつと喫茶する? 否定しにかかると、客席の明かりが落ちて舞台が明るくなった。
 下手から上半身を覗かせたのは、アッシュグレーの頭に角と茶色い耳をつけたマキだ。弦楽器のピチカートと共に、角に耳、全身茶色のタイツと、足首と手首に白いファーをつけた5人がスキップしながら出てきた。可愛い、と客席から声が上がる。トナカイだと分かり、晴也も笑った。ワルツが始まり、5匹のトナカイは円になって優雅に踊り始めたが、サトルが振りを半拍間違えるので、ショウがその度に彼にガンを飛ばす。しかしサトルは全く気にせず笑顔を振りまき、そのうちショウまでサトルにつられて、ユウヤに睨まれる。客席から笑いが出始めた。
 何でもないように踊っているが、晴也は笑いながらも感心する。サトルが間違うのは必ず半拍遅れだが、ショウは色んなタイミングで間違えるという振りで、サトルと思わぬ綺麗なウェーブが出来たり、誰かとシンメトリーを作ったりするのだ。振りを入れるのが早いというショウだから任せられるのだろう。そんな彼が先週、何でもないところで振りを落としたのは、本当にショックだったに違いなかった。
 トナカイたちがドヤ顔でポーズを決めて、客席からわっと拍手が起きた。彼らが手を振り、スキップしながら袖に入って行くと、しばしクリスマスソングが着替えの間を埋めた。晴也は大変だなと思って言う。

「今日は衣装替え多いですよね」
「全部全身着替えだもんな……俺はずっと裸でもいいんだけどさ」

 美智生の言葉に晴也が笑うと、照明が逆光になった。客席が静まり、ドラムの音と共に男たちがリズムを腰で取りながら出て来た。トロンボーンとトランペットの音で中央に固まり、それぞれが腕を様々な方向に伸ばしながら前にじわりと進んでくる。「シング・シング・シング」だ。美智生が楽しげに言う。

「ああ、俺この曲好き」
「俺もです、テンポ速い演奏ですね」

 サックスのメロディが始まると照明が入って、5人の姿がはっきりとした。サスペンダーのズボンにTシャツ、頭にはハンチング帽。軽やかなステップを踏みつつ、細かい音のアクセントに合わせて腕を動かすのが美しく、格好いい。しかしその振りは、5人の距離が近いので息が合わないと難しい。さっきのPerfumeとは全く違うシンクロが要求されていた。
 曲が進むうち、ひとつの楽器の音を一人のダンサーがなぞっていることに気づいた。クラリネットはショウ、トランペットはユウヤ、トロンボーンはタケルが踊る。それぞれのダンスのタイプに、その音がよく似合っていた。サックスが合いの手を入れると、マキとサトルが若々しいジャンプを見せる。まるで、形も色も持たない「音」を具現化しているようだった。
 客席は緻密で迫力あるダンスに皆固唾を飲んでいる。誰かが何かを間違えれば崩れてしまう振りだとわかる晴也は、ドラムの音に胸が熱くなってくるのを自覚する。
 5人で一度華やかに締めた音楽が再び小さなドラムの音から始まり、ユウヤとタケルがダイナミックなジャンプやターンを舞台いっぱいに繰り広げる。ユウヤの空間の使い方は大胆かつよく計算されていて、客席の何処から見ても楽しめるダンスをする。タケルは振り付けを担当しているだけあり、自身を含めてダンサーの個性をよく知っている。この二人はダンスのタイプが似ていると晴也は思う。
 クラリネットのソロと共に、ショウがすいと腕を上げて軽くダブルターンをする。空気に支えられているような足捌きや常に語りかけてくるような腕の動きで、音のリズムや跳躍を巧みに表現していく。たまに客席に向ける笑顔が、クラリネットの音色独特の官能を連想させる。途中から若い2人が加わって3人が同じ踊りをするが、クラリネットの音が高くなるにつれ、ショウのステップやマイムの幅が大きくなる。観客の全ての視線を一身に集めたショウの、最高音が鳴った時の高いジャンプは、彼の背中に翼が生えたように見えた。そうなのだ、と晴也は思う。やはりこの人は、大きな翼を持っている。それを見出した歓びの中には、絶望のようなものが微かに混じっていた。
 クラリネットのソロが終わると、音楽が一気にフィナーレに突入した。5人が強いステップとターンを舞台の中央で繰り返しながら、腕を様々な角度に上げるので、大輪の花がいくつも咲いたように見えた。晴也は自分の周りの全てが消失して、音楽と5人のダンサーと自分しか存在しないような錯覚に陥った。
 最後の音が鳴るや否や、割れるような拍手が一気に室内に弾けた。晴也も我に返る。ポーズを解いた5人のダンサーは、皆呼吸を整えながらゆっくりと立ち上がって、帽子を取り揃って頭を下げた。ブラヴォ、の声が掛かる。
 拍手は鳴り止まなかった。5人は何度も頭を下げる。客席にはハンカチを握りしめている女性が複数いたが、サトルも涙ぐんでいるようで、ショウが彼の頭を軽く撫でた。

「おっとハルちゃん、感涙に咽んだ?」

 美智生に言われて、晴也は知らない間に自分の頬が濡れていたことにようやく気づいた。慌ててバッグを探り、ハンカチを出した。
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