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9 結花
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「さあて俺ん家で何飲む?」
晶に朗らかに言われて、晴也は呆れる。
「もう要らねぇ、家帰るわ」
「何言ってんだよ、帰さないぞ」
うざ絡みの気配がする。晴也は真面目な話、これから晶の家に行き迫られるようなことがあれば、吐いてしまいそうな気がした。
「互いに自分の部屋でゆっくり寝ようぜ、今日一日楽しかったことを追想しながらさ」
晴也の言葉に晶はふくれっ面になった。何だ、子どもかよ。晴也はつい笑ってしまう。
「だーめーだ、今日の舞台は俺ん家に戻って幕だ、行くぞ」
まあ彼もそれなりに酔っているらしかった。電車に乗ってから決めようと晴也は考えながら、ゆっくり歩き、スクランブル交差点まで戻ってきた。赤信号で晶が、「雨に唄えば」を口ずさみ始めた。
「I'm singing in the rain……」
柔らかくていい声だった。それに綺麗な発音……キングス・イングリッシュだ。ロンドンで暮らして演劇も学んだというから、当然ではあった。信号を待つ人たちが声に誘われて、ちらちらとこちらを見る。
「I'm laughing at the clouds……!」
信号が青に変わると、晶は晴也の腕を掴み、歌いながら軽く走り出した。晴也はよろめきながら彼に引きずられ、周りの人たちに驚かれる。
「やめろバカ、どんだけ酔ってるんだよ!」
晶は晴也を振り向き、足を止めて手を広げ歌う。待てっ、恥ずいわこれはっ!
「……And I'm ready for love……」
「知るかっ、勝手に盛り上がってろ!」
晴也は赤面して半ば叫んだ。晶は持っていたものを全て晴也に預けると、横断歩道の端をステップしながら進み、傘を持つ格好をしながら、軽くタップを踏んだ。もちろん音などしないが、晴也は彼が映画のダンスを完コピしていることに気づく。そのブーツの先で、雨の水溜まりが弾けるのが見えたような気がして、晴也は息を飲んだ。
「わ、すごっ」
「何? カッコいい」
横断歩道を行く人たちが思わずといった風に、コートの裾を翻して軽やかに舞う晶に注目する。また彼の背中に羽が生えたようだった。タップになると、彼の足許が空気に支えられているようだとより良くわかる。人の流れがゆっくりになった。
「ショウさん……っ!」
交差点のど真ん中でタップショーを始めてしまった晶に、晴也は思わず声をかける。放っておくと、本当に何処かに飛んでいってしまいそうだった。道ゆく人たちは皆、クリスマスを楽しみほろ酔いなのか、手拍子まで起こる始末である。
信号が点滅を始めて、晶は晴也に向かって腕を伸ばした。皆が急ぎ足になりつつも晴也に視線を集める。もう意味がわからなかったが、とにかく晶の手を握り、彼に強い力で引きずられて反対側に向かって走って行った。一体何処に連れて行ってくれるというのだろう? 晴也は自分が渋谷の路上にいる事実を一瞬見失う。
横断歩道が終わり歩道に上がる手前で、晶は軽くタップを踏んでから、ターンしてくるりと晴也の背中側に回り込んだ。腰に腕が巻きついて、驚いた晴也は現実に戻り、思わず叫んだ。
「もういいって! みんな見てるから! ……えっ」
腕に抱えた荷物ごと、ふわりと身体が浮いた。そのまま歩道の中まで、頭ひとつ高い風景を眺める。ふわふわとしてひどく心地良かった。
信号が変わって車が走り出した。晴也がそっと地面に降ろされると、周囲から拍手が起こった。軽く口笛まで聞こえて来て、晴也は恥ずかしくて逃げ出したかったが、晶はルーチェの舞台上であるかのように、優雅に群衆に頭を下げていた。
「はい、ハルさんもお礼っ」
調子良く晶に言われて、晴也も訳がわからないままぺこりと頭を下げた。拍手が大きくなり、イェーイ、などと声が上がった。写真を撮られていることに気づき、晴也は羞恥のあまり眩暈がした。どんだけ恥ずいんだよこれっ!
晶はハチ公の前に群れた人々ににこやかに会釈して、晴也の荷物を引き取った。
「あー面白かった、最高」
言いながら何事も無かったように、駅の構内に入って行く。どんな神経してるんだよこいつ! 呆れて何も言えない。
「で? 俺の部屋で何飲む? ビールは少しあるけど、まだ早いから何でも駅前で買えるよん」
晶は頬を少し上気させながら晴也を覗き込んで来た。酒のせいもあり騒がしい心臓を宥めながら時計を見ると、まだ9時半だった。
「えっと……電車に乗って考えるわ……」
晴也は疲れながらICカードを改札機にかざした。すっかり振り回されてしまった。晶の酒がこういう方向にヤバいということは、心に留めておくほうが良さそうだった。
晶に朗らかに言われて、晴也は呆れる。
「もう要らねぇ、家帰るわ」
「何言ってんだよ、帰さないぞ」
うざ絡みの気配がする。晴也は真面目な話、これから晶の家に行き迫られるようなことがあれば、吐いてしまいそうな気がした。
「互いに自分の部屋でゆっくり寝ようぜ、今日一日楽しかったことを追想しながらさ」
晴也の言葉に晶はふくれっ面になった。何だ、子どもかよ。晴也はつい笑ってしまう。
「だーめーだ、今日の舞台は俺ん家に戻って幕だ、行くぞ」
まあ彼もそれなりに酔っているらしかった。電車に乗ってから決めようと晴也は考えながら、ゆっくり歩き、スクランブル交差点まで戻ってきた。赤信号で晶が、「雨に唄えば」を口ずさみ始めた。
「I'm singing in the rain……」
柔らかくていい声だった。それに綺麗な発音……キングス・イングリッシュだ。ロンドンで暮らして演劇も学んだというから、当然ではあった。信号を待つ人たちが声に誘われて、ちらちらとこちらを見る。
「I'm laughing at the clouds……!」
信号が青に変わると、晶は晴也の腕を掴み、歌いながら軽く走り出した。晴也はよろめきながら彼に引きずられ、周りの人たちに驚かれる。
「やめろバカ、どんだけ酔ってるんだよ!」
晶は晴也を振り向き、足を止めて手を広げ歌う。待てっ、恥ずいわこれはっ!
「……And I'm ready for love……」
「知るかっ、勝手に盛り上がってろ!」
晴也は赤面して半ば叫んだ。晶は持っていたものを全て晴也に預けると、横断歩道の端をステップしながら進み、傘を持つ格好をしながら、軽くタップを踏んだ。もちろん音などしないが、晴也は彼が映画のダンスを完コピしていることに気づく。そのブーツの先で、雨の水溜まりが弾けるのが見えたような気がして、晴也は息を飲んだ。
「わ、すごっ」
「何? カッコいい」
横断歩道を行く人たちが思わずといった風に、コートの裾を翻して軽やかに舞う晶に注目する。また彼の背中に羽が生えたようだった。タップになると、彼の足許が空気に支えられているようだとより良くわかる。人の流れがゆっくりになった。
「ショウさん……っ!」
交差点のど真ん中でタップショーを始めてしまった晶に、晴也は思わず声をかける。放っておくと、本当に何処かに飛んでいってしまいそうだった。道ゆく人たちは皆、クリスマスを楽しみほろ酔いなのか、手拍子まで起こる始末である。
信号が点滅を始めて、晶は晴也に向かって腕を伸ばした。皆が急ぎ足になりつつも晴也に視線を集める。もう意味がわからなかったが、とにかく晶の手を握り、彼に強い力で引きずられて反対側に向かって走って行った。一体何処に連れて行ってくれるというのだろう? 晴也は自分が渋谷の路上にいる事実を一瞬見失う。
横断歩道が終わり歩道に上がる手前で、晶は軽くタップを踏んでから、ターンしてくるりと晴也の背中側に回り込んだ。腰に腕が巻きついて、驚いた晴也は現実に戻り、思わず叫んだ。
「もういいって! みんな見てるから! ……えっ」
腕に抱えた荷物ごと、ふわりと身体が浮いた。そのまま歩道の中まで、頭ひとつ高い風景を眺める。ふわふわとしてひどく心地良かった。
信号が変わって車が走り出した。晴也がそっと地面に降ろされると、周囲から拍手が起こった。軽く口笛まで聞こえて来て、晴也は恥ずかしくて逃げ出したかったが、晶はルーチェの舞台上であるかのように、優雅に群衆に頭を下げていた。
「はい、ハルさんもお礼っ」
調子良く晶に言われて、晴也も訳がわからないままぺこりと頭を下げた。拍手が大きくなり、イェーイ、などと声が上がった。写真を撮られていることに気づき、晴也は羞恥のあまり眩暈がした。どんだけ恥ずいんだよこれっ!
晶はハチ公の前に群れた人々ににこやかに会釈して、晴也の荷物を引き取った。
「あー面白かった、最高」
言いながら何事も無かったように、駅の構内に入って行く。どんな神経してるんだよこいつ! 呆れて何も言えない。
「で? 俺の部屋で何飲む? ビールは少しあるけど、まだ早いから何でも駅前で買えるよん」
晶は頬を少し上気させながら晴也を覗き込んで来た。酒のせいもあり騒がしい心臓を宥めながら時計を見ると、まだ9時半だった。
「えっと……電車に乗って考えるわ……」
晴也は疲れながらICカードを改札機にかざした。すっかり振り回されてしまった。晶の酒がこういう方向にヤバいということは、心に留めておくほうが良さそうだった。
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