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11 風雪
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晴也は弁当箱をデスクの上に広げたまま、昨日ポストに入っていた手紙にようやく目を通していた。めぎつねから戻ってポストを開くと、沢山のチラシの中に紛れていたそれは、大学の同期夫婦からのものだった。すぐに開封する気になれず、鞄に放り込んできたのである。
差出人は夫婦の連名になっていたが、筆を取っているのは夫、三松佑介だった。彼は晴也がサークルの同期の間で行方不明になっていることが気になっていたが、晴也が自分たちと縁を切りたいと思っているなら仕方がないと、ここ数年は諦めていたと書いていた。
まあ晴也は縁を切ったつもりだったから、当然である。それで三松夫妻が何故実家に年賀状を送りつけて来たかというと、4月にOB会を正式に発足させることになり、その前にOBで集まりを持つので、参加してくれと言いたいらしい。
「OB会の件もありましたが、昨年末に福ちゃんにそっくりな人を見かけたので、これは何とか連絡を取るべきだと惠と盛り上がった次第です。」
惠とはかつて晴也が淡い気持ちを抱いていた、三松の妻である。
「気を悪くしないで欲しいのですが、その福ちゃんにそっくりな人はきれいな女性で、モデルみたいな男性と一緒でした。それで家に帰ってから、福ちゃんが実は美人だったと、どれくらいの人が気づいていただろうと話してひとしきり笑いました。」
そこまで考えて、あれが福ちゃんの女装姿だとは思わなかったのだろうか? 晴也は笑えた。
「クールな福ちゃんはきっと、卒業してまでサークルに関わりたくないだろうと思うのですが、もし少しでも興味があれば、顔を出してください。一度同期だけで食事をしたいとも考えています。」
どうも三松は、OB会において自分たちの回生の代表のような立場らしい。面倒なことを引き受けたものだと晴也は思う。まあ自分たちの回生の部長は、卒業してUターンしてしまい、三松は元副部長だから仕方ないだろうが。
さて、どうしようか。大々的にOBが集まる会なんて、もちろん真っ平ごめんだ。だが、同期だけで集まるなら、興味は無くもない。
久保が外食から戻ってきて、晴也をちらっと見た。最近彼は朝夕の挨拶以外、ほとんど晴也にちょっかいを出して来ない。先日の岡野絡みのやりとりを根に持っているのだろう。あれ以来、岡野が晴也に懐き気味なのも気に食わなさそうだ。晴也は入社して2年間は外回りもしていたので、岡野が今任されているような仕事なら、フォローできる。手に余る場合は、面倒見の良い早川に振っている。
「福原さん、取引先のイケメンとデキてるってマジですか?」
予想外に、久保が話しかけてきた。少しどきっとしたが、は? と温度の低い声を出す。
「普段行かない飲み会にも、その人が熱心に誘ったから行ったって」
早川が要らないことを話したのか? 晴也は警戒しつつ、平坦に答えた。
「ウィルウィンの話なら、社長さんが俺に気を遣って店を選んでくれたからだよ、申し訳ないだろ」
久保は意外にも、いつものにやけた顔ではなく、何か恐ろしいものでも見るような目をしていた。
「合コンに興味無いのって、要するにホモだってこと?」
「何の話だよ、誰と俺がそういう関係だって?」
晴也はとぼける。久保は鼻の上に皺を寄せた。
「ウィルウィンの担当ですよ、眼鏡の……隠れイケメンって、俺顔良く知りませんけど」
「吉岡さん? 確かにあの人イケメンだけど……そんなこと言ったの早川さん?」
「そうですよ、福原さんが迫られててまんざらでもなさそうって言ってました」
つまらないこと吹き込みやがって。晴也は胸の内で舌打ちした。こんな時に限って、早川は外出中である。
「福原さんってそもそも俺的にあり得ないのに、ホモとかマジでもう無理だわ」
久保の言葉に、細い神経がピキッと音を立てて切れた。
「そりゃどうもありがとうよ……俺や吉岡さんがゲイかどうかはともかく、そういうこと他所で言わないほうがいいぞ」
晴也の低い言葉に久保は頬をひくつかせる。
「消えて欲しい」
何故こいつにこんな言われかたをされなきゃならない? 晴也はありったけの軽蔑と怒りをこめて、後輩を睨みつけた。
「……おまえが消えろ」
その時、部屋の入り口からばたばたと駆け込んで来た人物が、晴也の前に立った。久保の鬱陶しい顔が見えなくなる。
「何福原さんに嫌がらせしてるんですか、人事に言いますよ!」
晴也は細身の背中と綺麗に切り揃えられた襟足を見上げて驚く。岡野だった。
「おまえもうざいんだよっ! まさかおまえまでホモで福原さんに惚れてんのか⁉」
「だったらどうなんですかっ!」
久保の暴言と言い返す新入社員の言葉に、晴也は思わずはあっ? と声を上げた。岡野は晴也を振り返って、いや、そういう意味でなく、と慌てたように言う。
「僕はいじめは断固として許しませんっ」
「……おまえら2人とも消えろっ!」
久保は足を踏み鳴らして出て行ってしまった。晴也はあ然とする。岡野が晴也に向き直ったので、とりあえず礼を言った。
「あ、ありがとう、ちょっと面倒くさかったから助かった」
晴也の言葉に、岡野は嬉しげな顔になった。
「僕は久保さんの嫌味や嫌がらせに屈さないとあの日決めました、福原さんのことも助けます」
「あ、そう……嬉しいけど、久保がきつければ、戦わなくても人事に言えばいいんだよ」
はあ、と岡野は肩透かしを受けたような顔になった。自分と晶についておかしな噂が広まっているかもしれないこともだが、岡野のややズレた正義感にも、晴也は困惑してしまう。
「それに俺たちがあまりつるんで久保に接したら、逆に俺たちがあいつをいじめてるように見えるかも知れないから、気をつけて……」
岡野ははい、とやや意気消沈した声になった。俺のどんな反応を期待してたんだ、こいつは。彼は声を落として語る。
「……僕これまでいつも……久保さんみたいなタイプの人に捕まってはいじめに近い扱いを受けてきたんです、でもこの間福原さんに助けて貰ったときに、久保さんの顔を見て気づきました」
「何に?」
「福原さんに反撃されて、あの人ビビってました……つまり言い返さないと思ってるから嵩にかかってくるんだって……だから」
晴也はますます困惑する。久保に対する自分の態度が模範的である筈がないのに、若い岡野に真似されてしまうとは。
「うーん、まあ嫌なことは嫌だとはっきり言うほうがいいとは思う……」
岡野に言いながら、晴也は弁当箱を片づける。どうも最近、自分の周辺が騒がしいのは、自分がちぐはぐになっているからかもしれない。やけに元気にはい、と返事をし、自分のデスクに戻った岡野の背中を見ながら、晴也は反省することしきりだった。
差出人は夫婦の連名になっていたが、筆を取っているのは夫、三松佑介だった。彼は晴也がサークルの同期の間で行方不明になっていることが気になっていたが、晴也が自分たちと縁を切りたいと思っているなら仕方がないと、ここ数年は諦めていたと書いていた。
まあ晴也は縁を切ったつもりだったから、当然である。それで三松夫妻が何故実家に年賀状を送りつけて来たかというと、4月にOB会を正式に発足させることになり、その前にOBで集まりを持つので、参加してくれと言いたいらしい。
「OB会の件もありましたが、昨年末に福ちゃんにそっくりな人を見かけたので、これは何とか連絡を取るべきだと惠と盛り上がった次第です。」
惠とはかつて晴也が淡い気持ちを抱いていた、三松の妻である。
「気を悪くしないで欲しいのですが、その福ちゃんにそっくりな人はきれいな女性で、モデルみたいな男性と一緒でした。それで家に帰ってから、福ちゃんが実は美人だったと、どれくらいの人が気づいていただろうと話してひとしきり笑いました。」
そこまで考えて、あれが福ちゃんの女装姿だとは思わなかったのだろうか? 晴也は笑えた。
「クールな福ちゃんはきっと、卒業してまでサークルに関わりたくないだろうと思うのですが、もし少しでも興味があれば、顔を出してください。一度同期だけで食事をしたいとも考えています。」
どうも三松は、OB会において自分たちの回生の代表のような立場らしい。面倒なことを引き受けたものだと晴也は思う。まあ自分たちの回生の部長は、卒業してUターンしてしまい、三松は元副部長だから仕方ないだろうが。
さて、どうしようか。大々的にOBが集まる会なんて、もちろん真っ平ごめんだ。だが、同期だけで集まるなら、興味は無くもない。
久保が外食から戻ってきて、晴也をちらっと見た。最近彼は朝夕の挨拶以外、ほとんど晴也にちょっかいを出して来ない。先日の岡野絡みのやりとりを根に持っているのだろう。あれ以来、岡野が晴也に懐き気味なのも気に食わなさそうだ。晴也は入社して2年間は外回りもしていたので、岡野が今任されているような仕事なら、フォローできる。手に余る場合は、面倒見の良い早川に振っている。
「福原さん、取引先のイケメンとデキてるってマジですか?」
予想外に、久保が話しかけてきた。少しどきっとしたが、は? と温度の低い声を出す。
「普段行かない飲み会にも、その人が熱心に誘ったから行ったって」
早川が要らないことを話したのか? 晴也は警戒しつつ、平坦に答えた。
「ウィルウィンの話なら、社長さんが俺に気を遣って店を選んでくれたからだよ、申し訳ないだろ」
久保は意外にも、いつものにやけた顔ではなく、何か恐ろしいものでも見るような目をしていた。
「合コンに興味無いのって、要するにホモだってこと?」
「何の話だよ、誰と俺がそういう関係だって?」
晴也はとぼける。久保は鼻の上に皺を寄せた。
「ウィルウィンの担当ですよ、眼鏡の……隠れイケメンって、俺顔良く知りませんけど」
「吉岡さん? 確かにあの人イケメンだけど……そんなこと言ったの早川さん?」
「そうですよ、福原さんが迫られててまんざらでもなさそうって言ってました」
つまらないこと吹き込みやがって。晴也は胸の内で舌打ちした。こんな時に限って、早川は外出中である。
「福原さんってそもそも俺的にあり得ないのに、ホモとかマジでもう無理だわ」
久保の言葉に、細い神経がピキッと音を立てて切れた。
「そりゃどうもありがとうよ……俺や吉岡さんがゲイかどうかはともかく、そういうこと他所で言わないほうがいいぞ」
晴也の低い言葉に久保は頬をひくつかせる。
「消えて欲しい」
何故こいつにこんな言われかたをされなきゃならない? 晴也はありったけの軽蔑と怒りをこめて、後輩を睨みつけた。
「……おまえが消えろ」
その時、部屋の入り口からばたばたと駆け込んで来た人物が、晴也の前に立った。久保の鬱陶しい顔が見えなくなる。
「何福原さんに嫌がらせしてるんですか、人事に言いますよ!」
晴也は細身の背中と綺麗に切り揃えられた襟足を見上げて驚く。岡野だった。
「おまえもうざいんだよっ! まさかおまえまでホモで福原さんに惚れてんのか⁉」
「だったらどうなんですかっ!」
久保の暴言と言い返す新入社員の言葉に、晴也は思わずはあっ? と声を上げた。岡野は晴也を振り返って、いや、そういう意味でなく、と慌てたように言う。
「僕はいじめは断固として許しませんっ」
「……おまえら2人とも消えろっ!」
久保は足を踏み鳴らして出て行ってしまった。晴也はあ然とする。岡野が晴也に向き直ったので、とりあえず礼を言った。
「あ、ありがとう、ちょっと面倒くさかったから助かった」
晴也の言葉に、岡野は嬉しげな顔になった。
「僕は久保さんの嫌味や嫌がらせに屈さないとあの日決めました、福原さんのことも助けます」
「あ、そう……嬉しいけど、久保がきつければ、戦わなくても人事に言えばいいんだよ」
はあ、と岡野は肩透かしを受けたような顔になった。自分と晶についておかしな噂が広まっているかもしれないこともだが、岡野のややズレた正義感にも、晴也は困惑してしまう。
「それに俺たちがあまりつるんで久保に接したら、逆に俺たちがあいつをいじめてるように見えるかも知れないから、気をつけて……」
岡野ははい、とやや意気消沈した声になった。俺のどんな反応を期待してたんだ、こいつは。彼は声を落として語る。
「……僕これまでいつも……久保さんみたいなタイプの人に捕まってはいじめに近い扱いを受けてきたんです、でもこの間福原さんに助けて貰ったときに、久保さんの顔を見て気づきました」
「何に?」
「福原さんに反撃されて、あの人ビビってました……つまり言い返さないと思ってるから嵩にかかってくるんだって……だから」
晴也はますます困惑する。久保に対する自分の態度が模範的である筈がないのに、若い岡野に真似されてしまうとは。
「うーん、まあ嫌なことは嫌だとはっきり言うほうがいいとは思う……」
岡野に言いながら、晴也は弁当箱を片づける。どうも最近、自分の周辺が騒がしいのは、自分がちぐはぐになっているからかもしれない。やけに元気にはい、と返事をし、自分のデスクに戻った岡野の背中を見ながら、晴也は反省することしきりだった。
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