夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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11 風雪

13-2

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「早川を十分シメられなかった、あいつマジでセンシティブなことに気が回らないし勘違い野郎だから、週明け覚悟しておいたほうがいい」
「……違う意味でおまえも大概そうだけど」

 つい晴也が呟くと、晶はえっ? と言って覗き込んできた。

「あ、何でもない……さっきはほんとにごめん、あの人あんな風に俺によかれと思って、いつも要らないことするんだ……ショウさんには迷惑がかからないようにするから、最悪仕事辞めることも視野に入れて」

 沸いた湯をマグカップに注ぎながら言うと、晶は低い声で言った。

「ハルさんが仕事を辞める理由が無い、月曜に社長と話すからこの件も報告するし、崎岡さんにも俺から話す」
「いいよ、こっちのことは俺があたるから……ショウさんは」
「言ったじゃないか、守るって」

 最後まで話させてもらえず、晴也は口を噤んだ。沈黙が流れる中、ティーバッグをマグカップから引き上げる。

「ハルさんは無理だって言いたいんだろうけど……トライさせてくれてもいいだろ?」

 晴也は言葉が見つからないまま、晶にマグカップを手渡す。その時に触れた彼の指先は、まだ冷たかった。

「とにかく俺と交際したり女装したりすることがハルさんの退職の理由にはなり得ない、早川がまた何か変な言い方をして……周りに同調する馬鹿がいるなら、闘わないと」

 晶は熱っぽく話すが、晴也は首を横に振った。

「闘わない、早川さんとも周りとも……これ以上居づらくなれば辞めたらいいことだ」
「ハルさんが逃げ出せばいつかまた誰かが同じような目に遭うんだぞ」
「俺はその見知らぬ誰かにまで責任を持つつもりは無い」

 晶は晴也の冷ややかな返事に沈黙した。

「そんな面倒くさいこと真っ平ごめんだ……俺は闘士や革命家になりたい訳じゃない」

 晴也は紅茶を口にした。いつもの紅茶なのに、温かくて香りが心地良かった。

「そんな考えなら、めぎつねも今すぐ辞めるといい」

 は? と晴也は思わず晶を睨みつけた。何でそうなる? 晶は目に苛立ちのようなものを浮かべ、続けた。

「そうだろう? 今守る気の無いものをこれからも守れる筈がない、同じことの繰り返しになるぞ……転職先でも女装してることがバレたら、また仕事を替わるのか?」
「……何でそんな極論なんだよ、次の職場はもっと俺の趣味に寛大かもしれないだろ」
「それこそ都合のいい楽観だ」

 何だよ、守ってくれるんじゃないのか。晶の物言いに、晴也は軽く失望した。はなから期待をしていなかったので、これくらいの痛みで済んだと思う。

「……みんな俺を放っておいてくれたらいいのに……」

 低く呟くと、晶はマグカップをテーブルに置き、晴也の手からもマグカップを取り上げ、そのまま腕の中に晴也を囲った。晴也は肩の力を抜いた。眼鏡が邪魔だと思いつつ、セーターの胸に顔を埋め、大きく息をつく。

「俺は放っておかない」

 晶が面倒くさいことを言う。でも少し嬉しいような気もする。

「放っておくって、ハルさんは自分が居ない者とされていいの? 違うだろう、存在を認めてもらった上で好きにさせてもらうのが理想じゃない?」
「そのために闘うのは嫌だ」
「そうはいかないこともあるよ……俺が支えるから」

 晴也は当てになるもんかと思いながら、晶の背中に手を回してしまう。

「早川の野郎、ハルさんに言われたことがショックだったみたいだ……店を出る時半泣きだったし最後までガン飛ばされた」
「……あの人が一番意味不明だ」

 晶は腕の力を緩めて、晴也を覗き込む。

「あいつハルさんのことがたぶんずっと好きなんだ、それで女装してショーパブにいるのは俺の悪影響だと思い込んでる」

 晴也に言わせれば、早川だって久保ほどではないにせよ、つき合いの悪いゲームオタクだと自分を小馬鹿にしている連中と何ら変わらなかった。執着される理由が本当にわからない。
 しかしこういう奴ほど、手のひらを返されると厄介だ。そうでなかったとしても、迷惑な正義感を振り回しそうな気がする。
 晴也がしょぼんと俯くと、晶は再度ぎゅっと抱きしめてくれた。今朝何となく気まずく別れたのに、思わぬことで彼がここにいる。それは素直に嬉しかった。
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