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12 憂惧
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交通機関は雪にかき乱されていた。世間は休みだが、ダイヤの乱れのせいで家から出ない人も多いのか、道路に残った雪にはいくつかの足跡がついているだけだった。
空は良く晴れて、薄い青をしていた。晶の話した通り、太陽の光に雪の表面がきらきら光っている。晴也はこわごわスニーカーの足を運びつつ、滅多に見られない雪の朝の光景を楽しんだ。
白く輝くものは、家の塀の上に丸く積もったり、植え込みの葉の上に危なっかしく乗っかったりしている。手袋を取り触ってみると、水分を含んで重く、すぐに溶けて澄んだ水になった。
「べちゃべちゃだ」
晴也が水の冷たさにぷるっと震えながら言うと、晶も残念そうな顔をした。
「雪だるま作ってもすぐに溶けるなぁ」
「学生時代にサークルで野沢温泉にスキーに行ったらさ、雪がさらさらで逆に雪だるまができなかったよ」
晶は晴也の話に目を見開く。
「ハルさんスキーするんだ」
「それ1回きりだ」
「俺したことないから教えて」
「丸2日間やって何とか真っ直ぐ滑れるようなレベルだぞ」
2人して笑う。教えてもらったら、きっと晶のほうが上手に滑りそうだと思う。
近所には特に、良い散歩コースがある訳ではない。コンビニの前を通り過ぎ、ほんとうにくるりと回っただけである。それでも、静かな道を晶と並んで歩くことが楽しかった。
晶は手を繋ぎたがる素振りを見せたが、人はちらほらと歩いていたので、晴也は気づかないふりをしていた。ゆっくり歩き、マンションに近い角を曲がって、誰も歩いていないのを確認した晴也は、手袋に包まれた晶の左手をそっと取った。晶は晴也の顔を見て、マフラーに埋まった口許を笑いの形にし、晴也の手をぎゅっと握る。
「寒いけど気持ちいいな」
晴也は感想を述べた。息が真っ白になり、鼻の中に冷たい空気が入ってくる。晶は空を見ながら言った。
「冬の北海道とか行ってみたいな、空気の中がきらきらするやつが見たい」
「ダイヤモンドダスト?」
「そう、それそれ」
言っている間にマンションに着き、晴也は鍵を差してドアを開けた。中は寒さがましだったが、ほっとするほど暖かくもない。
誰にも会わないのをいいことに、部屋に入るまで手を繋いだままでいた。まるで仲良しの恋人どうしのようだと晴也は照れる。
順番に手を洗い、朝食の用意を一緒に始める。晶は米粉のパンを切りながら、言った。
「俺と一緒に暮らしたくなってきた?」
晴也は2個の卵を水を張った鍋に落としてから、ならない、と答えた。
「ショウさんとこんな風に過ごすのは楽しい、でも一緒に暮らすのとは違う」
「どう違うの?」
「一緒に暮らしたらこういう時間にも手垢がつく、それでそのうち飽きるんだ」
晴也は冷たい空気を吸ったせいか、今朝は言いたいことを上手く言葉に出来る気がした。
「少なくとも俺はこういう経験をしたことが無い、だからこそ新鮮で楽しい部分があると思うから」
晶はトースターのタイマーを回し、苦笑する。
「ちょっと飽きてきた気怠さの中にも面白味があるんだよ」
「ふうん、でもショウさんはそれを一緒に経験した人と別れたんだろ?」
晴也の遠慮の無い言葉に、晶はきっつ、と呟いてから笑った。
「うん、その人バイでさ、結婚したい女ができたからって振られたんだけど」
晶は器用にりんごの皮を剥き始めた。そう言えば、今までバイセクシャルを好きになることが多かったって言ってたな。
「ゲイはさ、バイにそう言われたら何も言えないんだよね」
「バイの男は男より女が好きだってことか?」
「それは人によって違うと思うけど、俺の元彼は身を固めたいと思ったらしい」
パンが焼けて、晴也はそれを皿に載せる。タイミングよく湯も沸いた。たぶん自分もバイセクシャルと思っている晴也は、うーん、と首を傾げる。もし身を固めたくなったら、晶とこうして過ごすのをやめようと考えるのだろうか。
「まあ言い訳だったんだろうけど」
晶は言いながら、りんごの入った器を置く。ゆで卵ができると、食事を始めた。
空は良く晴れて、薄い青をしていた。晶の話した通り、太陽の光に雪の表面がきらきら光っている。晴也はこわごわスニーカーの足を運びつつ、滅多に見られない雪の朝の光景を楽しんだ。
白く輝くものは、家の塀の上に丸く積もったり、植え込みの葉の上に危なっかしく乗っかったりしている。手袋を取り触ってみると、水分を含んで重く、すぐに溶けて澄んだ水になった。
「べちゃべちゃだ」
晴也が水の冷たさにぷるっと震えながら言うと、晶も残念そうな顔をした。
「雪だるま作ってもすぐに溶けるなぁ」
「学生時代にサークルで野沢温泉にスキーに行ったらさ、雪がさらさらで逆に雪だるまができなかったよ」
晶は晴也の話に目を見開く。
「ハルさんスキーするんだ」
「それ1回きりだ」
「俺したことないから教えて」
「丸2日間やって何とか真っ直ぐ滑れるようなレベルだぞ」
2人して笑う。教えてもらったら、きっと晶のほうが上手に滑りそうだと思う。
近所には特に、良い散歩コースがある訳ではない。コンビニの前を通り過ぎ、ほんとうにくるりと回っただけである。それでも、静かな道を晶と並んで歩くことが楽しかった。
晶は手を繋ぎたがる素振りを見せたが、人はちらほらと歩いていたので、晴也は気づかないふりをしていた。ゆっくり歩き、マンションに近い角を曲がって、誰も歩いていないのを確認した晴也は、手袋に包まれた晶の左手をそっと取った。晶は晴也の顔を見て、マフラーに埋まった口許を笑いの形にし、晴也の手をぎゅっと握る。
「寒いけど気持ちいいな」
晴也は感想を述べた。息が真っ白になり、鼻の中に冷たい空気が入ってくる。晶は空を見ながら言った。
「冬の北海道とか行ってみたいな、空気の中がきらきらするやつが見たい」
「ダイヤモンドダスト?」
「そう、それそれ」
言っている間にマンションに着き、晴也は鍵を差してドアを開けた。中は寒さがましだったが、ほっとするほど暖かくもない。
誰にも会わないのをいいことに、部屋に入るまで手を繋いだままでいた。まるで仲良しの恋人どうしのようだと晴也は照れる。
順番に手を洗い、朝食の用意を一緒に始める。晶は米粉のパンを切りながら、言った。
「俺と一緒に暮らしたくなってきた?」
晴也は2個の卵を水を張った鍋に落としてから、ならない、と答えた。
「ショウさんとこんな風に過ごすのは楽しい、でも一緒に暮らすのとは違う」
「どう違うの?」
「一緒に暮らしたらこういう時間にも手垢がつく、それでそのうち飽きるんだ」
晴也は冷たい空気を吸ったせいか、今朝は言いたいことを上手く言葉に出来る気がした。
「少なくとも俺はこういう経験をしたことが無い、だからこそ新鮮で楽しい部分があると思うから」
晶はトースターのタイマーを回し、苦笑する。
「ちょっと飽きてきた気怠さの中にも面白味があるんだよ」
「ふうん、でもショウさんはそれを一緒に経験した人と別れたんだろ?」
晴也の遠慮の無い言葉に、晶はきっつ、と呟いてから笑った。
「うん、その人バイでさ、結婚したい女ができたからって振られたんだけど」
晶は器用にりんごの皮を剥き始めた。そう言えば、今までバイセクシャルを好きになることが多かったって言ってたな。
「ゲイはさ、バイにそう言われたら何も言えないんだよね」
「バイの男は男より女が好きだってことか?」
「それは人によって違うと思うけど、俺の元彼は身を固めたいと思ったらしい」
パンが焼けて、晴也はそれを皿に載せる。タイミングよく湯も沸いた。たぶん自分もバイセクシャルと思っている晴也は、うーん、と首を傾げる。もし身を固めたくなったら、晶とこうして過ごすのをやめようと考えるのだろうか。
「まあ言い訳だったんだろうけど」
晶は言いながら、りんごの入った器を置く。ゆで卵ができると、食事を始めた。
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