夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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12 憂惧

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 月曜日の朝、晴也がいつもと同じ時間に営業課の部屋に着くと、しんと静まり、その場にいたほぼ全員が晴也に注目した。ほんの3秒ほどのことだったが、晴也の勘違いではなさそうだった。その証拠に、部屋の奥のデスクに座る崎岡が晴也を手招きし、その横に立つ早川が深刻な面持ちでこちらを見つめていた。
 晴也は早川の顔にちらっと視線をやってから、崎岡におはようございます、と軽く頭を下げた。

「おはよう、ちょい話があるから9時半になったら応接来てくれる?」

 晴也は眉ひとつ動かさずはい、と応じた。それくらいの覚悟はしていた。もう一度早川の顔を見ると、晴也を憐れむように眉を下げたのが、如何にも彼らしかった。正義感と義務感でもって、後輩の憂慮すべき副業について上司に告げ口したのだろう。
 デスクに戻りパソコンを立ち上げ、週明けのローテーションの業務を開始した。何となく周囲が自分を気にしているのを感じながら、転職しないといけないかな、とちらりと考えた。面倒くさい久保が取引先に直行で、今ここにいないことは幸いだった。



 別室に部屋を借りるのは大袈裟だと判断したのか、崎岡は部屋の隅にある、来客と簡単な打ち合わせをするための応接セットに晴也を呼んだ。

「早川が夜更けに新宿の……いかがわしい店で、福原とウィルウィンの吉岡さんに会ったと聞いた」

 晴也は自分でも驚くほど、冷静で白けた気持ちになっていた。

「はい、ただ吉岡さんの名誉のために言っておきますが、夜更けでもいかがわしい店でもありませんし、早川さんは吉岡さんのことを調べて彼が踊っている店にわざわざ来たみたいでした」
「あの人ダンサーだったって新年会の時言ってたな、そういえば」
「過去形でないというだけのことです」
「早川はどうして吉岡さんのことを調べてるんだ?」
「それは私にはわかりかねます」

 晴也は淡々と答える。まだ想定内の展開だ。人事に呼びつけられるよりは状況はましである。

「新宿で副業をしてるんだって?」

 崎岡は表情に興味を浮かべていた。晴也は言葉を選ぶ。

「はい、週に2日、19時から4時間ほど」
「得体の知れない店のようだと早川が言うんだが……どういうことだ、場合によっては辞めろと言わなくてはいけないぞ」

 駄目だ、やはり隠すのは難しい。女装して晴也が店に出ていると、早川ははっきり言っていないらしいが、崎岡をごまかすのは良い方策とは思えない。どう受け止められるだろうか? 晴也は下腹に力を入れてから口火を切る。

「料金も雰囲気も会社の宴会の2次会で使うような健全なバーです……ホステスが全員女装した男だというのを、早川さんは得体が知れないと感じたんですかね」

 女装、と崎岡は目を丸くした。

「つまりきみも女装してホステスやってるのか?」
「はい」

 晴也の短い返答に、崎岡はしばし沈黙する。普段存在感の薄い部下の知られざる夜の顔に、度肝を抜かれた様子ではあった。

「ホステスって……接客だよな」
「はい、おさわり無しでお酒とおつまみを出してお客様と話をするだけですが」

 話す最中も、心臓の音が耳の奥に響く。他の社員とほとんど話さない、かつて外回りが嫌で仕方なくて部署異動を願い出た自分が水商売なんて、誰もが信じられないだろうと晴也も思う。

「吉岡さんもその店に来るのか」
「はい、たまに……私も彼が踊るのを……早川さんの言ういかがわしい店に観に行きます」
「吉岡さんがうちに来るようになる以前から知り合いだったってことか?」
「いえ、初めて来られた頃に、たまたま夜も知り合ったみたいな感じです」

 給湯室で迫られた話はしないでおく。

「業務に支障が無いなら俺は別に福原の副業に関してどうこう言う気はない、営業課でも副業をしてる奴はいるし、ボーナスが上がらない以上は会社も黙認だ」

 崎岡は意外にもあっさりと言った。

「福原が吉岡さんと、その……深い関係みたいな話もちらちら耳にするんだが、それもきみ達の自由だ、ただ」
「吉岡さんとどういう関係であろうとも、お互い昼の仕事で外に漏らすべきでないようなことは話しません」

 晴也は崎岡の言いたいことを先回りした。一番釘を刺しておきたいのは、そこだろうからだ。
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