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12 憂惧
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会社ではずっと、周りから腫れ物に触るような扱いを受けている。崎岡は普通に接してくれるが、早川は晴也を避けているし、久保の目はこれまで以上に冷ややかだ。福原さんってゲイで女装もするらしいよ、とくすくす笑いと共に給湯室で噂されているのも耳にした。でも、思ったより傷つかなかった。むしろ「悪目立ち」するのはなかなか面白いかも知れないとさえ思う。存在していないかのような扱いを受けている陰キャ男子社員の、衝撃的な裏の顔。
めぎつねのハルは、ふてぶてしいのだ。そして意図せず周りを惑わす。……それが俺の本当の姿だ。ただ、そのふてぶてしさを支えている柱を外されてしまったら……。
今は考えない。晴也はパンプスに足を入れた。ここはスタッフも客も憂き世を忘れて過ごす場所。暗い顔をしてはいけないのだ。
晶に対して拗ねた気分になり、金曜のルーチェのショーも観に行かなかった晴也は、週末を完全に独りで過ごすことになった。丸2日誰とも話さないなんて、晶と会うようになるまでは当たり前だったのに、自覚する以上に精神的に堪えた。しかも晶はLINEひとつ寄越さない。かと言って、こちらから彼にご機嫌伺いをするのも癪に障る。
最近日課にしていたストレッチもする気になれず、夕飯の後に深酒をしたのも悪かったのか、日曜の夜はあまり良く眠れなかった。
おかげで翌日はかなり辛かった。会社でおかしな注目を集めることに対し、慣れと余裕が出始めていた晴也だったが、気を張り詰める日々であることには変わりがない。睡眠不足の晴也は、ちょっとしたことに神経を逆撫でされた。ドアを乱暴に開け閉めする音、キーボードの隙間に溜まった埃、誰かが昼に食べていたカップ焼きそばの残り香。
破綻は午後3時過ぎ、営業課で内勤をする人々が軽く休憩を取る時に訪れた。その時室内では、とある会社と予定されている親睦会が話題になっていた。先方の担当がパリピ傾向があるらしく、大きな宴会をやりたがっているとかで、まるで結婚式の2次会のような企画が、冗談半分で挙がっていた。
久保を筆頭に、その会社を担当する連中が大声で笑うのがうるさくて仕方なかった。晴也はきりの良いところで一旦手を止め、部屋を出て給湯室に向かう。幸い誰もいなかったので、ゆっくり紅茶を作り、マグカップ片手に部屋に戻った。
すると部屋にいた営業課のほぼ全員が晴也のほうを見た。噂でもされていた様子である。晴也はひとつ息を吐き、席に着こうとしたが、久保に行く手を阻まれた。嫌な予感しか無い。
「福原さぁん、月末の宴会には参加してくださいますよねぇ?」
久保は底意地の悪い笑いを浮かべていた。周りのデスクの数人が、笑いを堪える顔になっている。晴也は無感情に答えた。
「行かない、俺その仕事に関与してないから」
久保は首を反らせ、大袈裟にええーっ? と言った。
「あっちの担当のチーフさん、めっちゃ歌が上手なんですよねー、こちらも何とかそれに対抗したいんです」
「歌える人なら他にいるだろ」
隠し芸大会でもするつもりか。馬鹿馬鹿しく思いつつ、晴也は具体的に数名を挙げようとしたが、久保に否定される。
「歌じゃダメです、もっとインパクトの強いものであちらをぎゃふんと言わせたいんですよぉ」
久保の間延びした話し方に、晴也の忍耐力がいよいよ限界を迎えようとしていた。知るか、と吐き捨てて彼の脇を抜けようとすると、腕を掴まれた。身体が引っぱられて、マグカップから溢れた紅茶が床に落ちた。
「何するんだよ、こぼれただろうが」
「女装して来てくださいよ」
めぎつねのハルは、ふてぶてしいのだ。そして意図せず周りを惑わす。……それが俺の本当の姿だ。ただ、そのふてぶてしさを支えている柱を外されてしまったら……。
今は考えない。晴也はパンプスに足を入れた。ここはスタッフも客も憂き世を忘れて過ごす場所。暗い顔をしてはいけないのだ。
晶に対して拗ねた気分になり、金曜のルーチェのショーも観に行かなかった晴也は、週末を完全に独りで過ごすことになった。丸2日誰とも話さないなんて、晶と会うようになるまでは当たり前だったのに、自覚する以上に精神的に堪えた。しかも晶はLINEひとつ寄越さない。かと言って、こちらから彼にご機嫌伺いをするのも癪に障る。
最近日課にしていたストレッチもする気になれず、夕飯の後に深酒をしたのも悪かったのか、日曜の夜はあまり良く眠れなかった。
おかげで翌日はかなり辛かった。会社でおかしな注目を集めることに対し、慣れと余裕が出始めていた晴也だったが、気を張り詰める日々であることには変わりがない。睡眠不足の晴也は、ちょっとしたことに神経を逆撫でされた。ドアを乱暴に開け閉めする音、キーボードの隙間に溜まった埃、誰かが昼に食べていたカップ焼きそばの残り香。
破綻は午後3時過ぎ、営業課で内勤をする人々が軽く休憩を取る時に訪れた。その時室内では、とある会社と予定されている親睦会が話題になっていた。先方の担当がパリピ傾向があるらしく、大きな宴会をやりたがっているとかで、まるで結婚式の2次会のような企画が、冗談半分で挙がっていた。
久保を筆頭に、その会社を担当する連中が大声で笑うのがうるさくて仕方なかった。晴也はきりの良いところで一旦手を止め、部屋を出て給湯室に向かう。幸い誰もいなかったので、ゆっくり紅茶を作り、マグカップ片手に部屋に戻った。
すると部屋にいた営業課のほぼ全員が晴也のほうを見た。噂でもされていた様子である。晴也はひとつ息を吐き、席に着こうとしたが、久保に行く手を阻まれた。嫌な予感しか無い。
「福原さぁん、月末の宴会には参加してくださいますよねぇ?」
久保は底意地の悪い笑いを浮かべていた。周りのデスクの数人が、笑いを堪える顔になっている。晴也は無感情に答えた。
「行かない、俺その仕事に関与してないから」
久保は首を反らせ、大袈裟にええーっ? と言った。
「あっちの担当のチーフさん、めっちゃ歌が上手なんですよねー、こちらも何とかそれに対抗したいんです」
「歌える人なら他にいるだろ」
隠し芸大会でもするつもりか。馬鹿馬鹿しく思いつつ、晴也は具体的に数名を挙げようとしたが、久保に否定される。
「歌じゃダメです、もっとインパクトの強いものであちらをぎゃふんと言わせたいんですよぉ」
久保の間延びした話し方に、晴也の忍耐力がいよいよ限界を迎えようとしていた。知るか、と吐き捨てて彼の脇を抜けようとすると、腕を掴まれた。身体が引っぱられて、マグカップから溢れた紅茶が床に落ちた。
「何するんだよ、こぼれただろうが」
「女装して来てくださいよ」
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