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12 憂惧
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オーディションではなく、サイラス・マクグレイブを含む製作者サイドが出演者を決めているようで、ずらりと並ぶ名前の横には"Negotiating"、つまり交渉中であると書かれていた。赤色でその単語が消されている人もいる。出演が決定したのだろう。
晴也はイギリスで活躍する舞台俳優やミュージカル俳優はよく知らないが、リストの中に1人だけ知った名があった――YOSHIOKA "Sho" Akira。横にはイタリックでPackと、彼がオファーされている役名が書かれていた。妖精王オベロンから預かった惚れ薬を間違えて使い、登場人物たちを混乱に陥れる、悪戯好きの妖精だ。
晴也は心臓をばくばくさせながら、その文字を穴が開くほど見つめた。そしてきっと、パックは晶に似合うだろうと思った。何かを企む笑いを浮かべ、あの空気に支えられたような足捌きで、くるくると回りながら舞台を駆ける姿が、あまりにも鮮明に想像できた。
そんな晶を観ることができたら、どんなに素敵だろう。しかし晴也の思いは、悲しみを含んでいた。書類を元通りにたたみ、新聞の上にぱさりと置くと、じんわりと視界が曇った。
ナツミの言葉ではないが、最初から自分の手が届くような人ではなかったのだ。イギリス国内でこの新演出のシェイクスピアが話題になれば、ヨーロッパ中に評判が伝わるに違いない。日本人がこんな重要な役を任されたとなれば、日本でも注目される。晶は彼が元いた、スポットライトで煌々と照らされる場所に戻り、日本を離れる……。
晴也は誰もいないのをいいことに、晶を失う予感に泣いた。会社での出来事の悔しさもぶり返してきたので、涙が止まらなくなり、独りでしゃくりあげる。
だから、と晴也は激しく悔やむ。身の丈に合わないことをしてはいけなかったのだ。陰キャでコミュ障で、女装趣味を持つ変態の俺にとって、ショウさんは眩し過ぎた。あいつが耳に心地良いことをどれだけ言っても、拒絶し続けなくてはいけなかった。なのに俺は浮かれて調子に乗った。これはその罰に違いない。自分を責めれば責めるほど、晶が向けてくる幸せそうな笑顔ばかりが思い起こされた。
しばらくソファで泣きじゃくった晴也は、壁にかかった時計を見て我に返る。晶と顔を合わせるべきではない、帰らなければ。マグカップを慌てて洗って元に戻し、エアコンと部屋の電気を消した。身支度をして鞄を持つと、すっかり冷えた外の空気の中に飛び出した。
鍵をかけて、エレベーターホールに向かおうとして足を止める。この鍵はもう、必要ない。晴也は鞄から手帳を出して、白紙のメモの部分を1枚破り取った。そこに鍵を包み、扉の郵便受けの中にそっと落とした。音はしなかったが、晴也の中で何かが終わったような気がした。
晴也はイギリスで活躍する舞台俳優やミュージカル俳優はよく知らないが、リストの中に1人だけ知った名があった――YOSHIOKA "Sho" Akira。横にはイタリックでPackと、彼がオファーされている役名が書かれていた。妖精王オベロンから預かった惚れ薬を間違えて使い、登場人物たちを混乱に陥れる、悪戯好きの妖精だ。
晴也は心臓をばくばくさせながら、その文字を穴が開くほど見つめた。そしてきっと、パックは晶に似合うだろうと思った。何かを企む笑いを浮かべ、あの空気に支えられたような足捌きで、くるくると回りながら舞台を駆ける姿が、あまりにも鮮明に想像できた。
そんな晶を観ることができたら、どんなに素敵だろう。しかし晴也の思いは、悲しみを含んでいた。書類を元通りにたたみ、新聞の上にぱさりと置くと、じんわりと視界が曇った。
ナツミの言葉ではないが、最初から自分の手が届くような人ではなかったのだ。イギリス国内でこの新演出のシェイクスピアが話題になれば、ヨーロッパ中に評判が伝わるに違いない。日本人がこんな重要な役を任されたとなれば、日本でも注目される。晶は彼が元いた、スポットライトで煌々と照らされる場所に戻り、日本を離れる……。
晴也は誰もいないのをいいことに、晶を失う予感に泣いた。会社での出来事の悔しさもぶり返してきたので、涙が止まらなくなり、独りでしゃくりあげる。
だから、と晴也は激しく悔やむ。身の丈に合わないことをしてはいけなかったのだ。陰キャでコミュ障で、女装趣味を持つ変態の俺にとって、ショウさんは眩し過ぎた。あいつが耳に心地良いことをどれだけ言っても、拒絶し続けなくてはいけなかった。なのに俺は浮かれて調子に乗った。これはその罰に違いない。自分を責めれば責めるほど、晶が向けてくる幸せそうな笑顔ばかりが思い起こされた。
しばらくソファで泣きじゃくった晴也は、壁にかかった時計を見て我に返る。晶と顔を合わせるべきではない、帰らなければ。マグカップを慌てて洗って元に戻し、エアコンと部屋の電気を消した。身支度をして鞄を持つと、すっかり冷えた外の空気の中に飛び出した。
鍵をかけて、エレベーターホールに向かおうとして足を止める。この鍵はもう、必要ない。晴也は鞄から手帳を出して、白紙のメモの部分を1枚破り取った。そこに鍵を包み、扉の郵便受けの中にそっと落とした。音はしなかったが、晴也の中で何かが終わったような気がした。
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