夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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12 憂惧

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 次に目覚めると、午後2時だった。流石に空腹を覚えたが、そんな自分をふてぶてしいと晴也は思う。冷たいフローリングを裸足で踏みしめ、キッチンで湯を沸かした。しゅんしゅんという音を聴きながら、思いきってスマートフォンを手に取った。ひとつ深呼吸してからそれを立ち上げると、バイブ音がメッセージや着信のあることを告げた。
 それらの多くが昼休みの時間帯に集中していた。「めぎつねとD5」のトークルームを開くと、晶が「昨夜からハルさんの消息がわからないんだけど警察に連絡すべきでしょうか」と書き込み、優弥と美智生がなだめていた。たぶんそこから各々個人的なやり取りに切り替えたのだろう、それで会話は途絶えていた。
 晶はメッセージと電話を、この14時間で12本くれていた。晴也は彼とのトークルームを開き、部屋に来た痕跡を残して沈黙してしまった自分を、いかに彼が心配しているかを知る。しかし何を返事すればいいのかわからず、そのままトークルームを閉じた。既読スルーというやつか、と思った。
 厄介なのは会社からの連絡だった。会社のメールアドレスを開いてみると、崎岡と総務課の天河がメールをくれていた。崎岡はあの時何が起きていたのかを、その場にいた全員から聞き取ったようである。
 天河は昨日の一件を、崎岡と自分の責任において、人事部に報告したと書いてきた。天河は、自分の部下も日頃から久保にからかわれていたことと、早川が晴也や晶の性的指向を結果的に言いふらしたことを重く見ていた。

「私は久保さんと早川さんがこの件について責任を取らない限り、この会社は駄目だと部長に言いました。久保さんにお茶をひっかけたのは良くなかったでしょうが、福原さんが泣き寝入りする必要はありません。体調が戻ったら出勤してください、お願いします」

 晴也は小さく溜め息をついた。俺が退職すればすぐに終わるのに、辞めることもできないのかな。
 その時ちょうど、新しいメールがやってきた。差出人は岡野である。

「福原さん、体調はいかがですか? 昨日有休なんか取らなければ、福原さんを助けることが出来たかもしれないのに、不甲斐ない部下で申し訳ありません。」

 晴也は首を傾げ、苦笑した。彼が有休を使っていたことも知らなかったし、あの場に彼がいたとしても、同じ結果になったような気がした。それでも岡野の気持ちは有り難いと思うことにする。

「先程ウィルウィンの吉岡さんが、崎岡課長に会いにいらっしゃいました。どんな御用か私が知る由もありませんが、福原さんは担当でいらっしゃるので、何かあればまた報告いたします。」

 晴也はそこまで読み、ええっ! と1人で叫んだ。まずい、もし早川と久保が外に出ておらず、久保を相手にあんな騒ぎを晴也が起こしたと晶が知ったら、きっとひと悶着もんちゃくある。晶は自分の会社に断ってやって来たのだろうか? もし勝手に動いているのだとしたら、危険過ぎる。
 晴也は迷ったが、岡野が今メールを開いていることを信じて、スマートフォンでそのまま返信を入力する。

「連絡ありがとうございます、岡野さんには何の責任も無いことですから、気にしないでください。
 もし吉岡さんが、昨日の私のことで不愉快になったなどと課長に訴えているのであれば、とにかく吉岡さんに福原は大丈夫だと伝えて欲しいです。
 昨夜メッセージを貰っていたのですが、寝ていて対応できませんでした。吉岡さんが気を揉んでいそうなので、岡野さんにお願いしたいのです。」

 こんな書き方をすれば、岡野に噂は事実だと告白するのと同じだ。晴也は打ち込んだ文章を読み直して苦悩した。しかし時間が無い。晶がもう既にブチ切れて、早川と久保を殴っていたらどうしよう。
 晴也は送信ボタンを押した。そして大仕事を成し遂げたかのように、息をついた。食パンをトースターに入れ、紅茶にはミルクをたっぷり入れた。
 朝だか昼だかわからない食事をちびちびと食べ始めると、美智生からLINEが来た。昼休みは終わっただろうにと思いながら、晴也はすぐにトークルームを開く。
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