夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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13 破壊、そして

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 給料日明けのめぎつねは予想通り、開店1時間後には満席になった。明里の来店は確約ではないので、予約席が取れない。まあ仕方ないと思いつつ、サーモンベージュのワンピース姿の晴也は、フロアをくるくると歩き回った。ホステスの平均年齢がいつもより高いことを気にする客はいない様子である。

「ふうん、水木に出てるんだ」

 初めて見る顔のサラリーマンたちに言われて、晴也は笑顔ではい、と返す。

「今度木曜に来るわぁ」
「わー、お待ちしてます」

 ミチルとハルが積極的に飲みにつき合ってくれるのが客たちは楽しいようで、晴也は普段より沢山の水割りをご馳走になった。

「ハルちゃんペース早いぞ、加減しろよ」

 美智生はカウンターに戻ってきた晴也にこそっと言った。美智生は店で顔を合わせてから、敢えて晶の話題を避けているようだった。

「全然大丈夫ですよ」

 晴也は答えたが、実はそうでもなかった。ここ数日精神的な疲弊のせいか、良く眠れていないこともあり、頭の中がアルコールに侵されている変な実感があった。

「初めてのお客様も多いから、ハルちゃんが呼ばれるのは仕方ないんだけどな」

 ママがバックヤードで温めたピザを運んできた。晴也はすぐにそれを受け取り、テーブルに持って行く。脳をアルコール漬けにして、身体を動かす。これはいいと晴也は思う。煩わしいことを、何も考えなくて良くなりそうだ。
 21時になると、客が少し入れ替わる。金曜なのでややペースが後ろ倒しだが、早い時間に来た客が帰り、2軒目にめぎつねを使う客がやって来る。ママがようやく食事のために、最後にバックヤードに入った。
 2人連れのサラリーマンと入れ替えに、女性客がドアから顔を覗かせた。迎えに出た美智生はあら! と声を高くした。

「いらっしゃい、1人? 今ちょうどカウンターが空いたんだ」
「ええっ……樫原さん……ですよね……」

 ショルダーバッグの紐をぎゅっと握り、恐る恐る店に入ってきたのは、明里だった。ほんとに来たのかと思いつつ、晴也はカウンターのそばから彼女に手を振る。

「うわ、お兄ちゃん!」

 明里は手で口を押さえながらカウンターに導かれてきて、3人の女装男子を呆然と見比べる。麗華が目を見開いた。

「ハルちゃんの妹さん?」
「はい、最近バレてしまいまして」
「そうだったんだ、でも来てくれたのか」

 美智生は明里のコートを預かって、メニューを出しながら明るく言った。

「よく来たねぇ、こういう店は初めて?」
「はい、母を誘おうかと思ったんですけど」

 やめろ、と思わず晴也は言った。

「家に出禁になるのは困る」
「お母さん面白がるよ、たぶん」

 晴也は明里のためにビールをサーバーからグラスに注ぐ。ハルちゃんこっちも、と声がかかり、はぁい、と晴也は朗らかに返事をした。

「いやぁ、ちょい信じられないわ……」

 明里は美味しそうにビールを飲んでから、しみじみと言った。

「何でだよ」
「陰キャで売ってたじゃん、そりゃ会社の人もびっくりするって……」

 晴也は肩をすくめた。だからと言って、面白おかしくネタにされるいわれはない。

「もう誰にも隠さなくていいんじゃない? ショウも知ってるんだよね?」
「うん、まあ……この恰好でルーチェに行くこともあるし」

 明里はビールを飲み、いやぁすげぇわ、と言いながらグラスを置いた。晴也は客に呼ばれてその場を離れ、カウンターに戻った美智生が妹の相手をしてくれていた。そうこうするうちママがバックヤードから戻り、明里と楽しげに話し始めた。

「ハルちゃんは普段金曜いないよね? ピンチヒッター?」

 尋ねてくる女性客に水割りを作ってやると、飲みなよ、と言ってくれた。

「はい、若い子たちは研修なんですよ、2人とも4月から社会人ですから」
「えっ、あの子ら2人とも学生? ハルちゃんのほうが若く見える」
「俺ちっこいですから……俺はこの秋30に手が届きます」

 嘘ぉ、と彼女が言うと、隣のテーブルに座る男性2人が乗っかってくる。

「ハルちゃん昼間はサラリーマンなの?」
「はい……あ、おかわりいいですか?」
「ハイボールにしようかな」

 晴也はハイボールを作るついでに、自分のグラスを持って行き女性にご馳走になろうと思った。
 カウンターで美智生と話す明里を見て、晴也はふと思いつき、「ショウさん」と書かれたボトルを棚から下ろした。

「ミチルさん、これ」
「飲んでいい的な? 明里さんどうやって飲む? 水割り?」

 明里はそれが晶のキープボトルだと知り、ええっと叫んだ。

「本人の許可も無くそれはまずくない?」
「ああ、好きな時に飲んでって言われてるし……あいつもうこれ最後まで飲めないだろうからさ」

 冷蔵庫から炭酸を出しながら晴也が言うと、明里がどういう意味? と訊いてきた。美智生がだからそれは、と言いかけたが、晴也はマドラーをひと回しして、2杯のハイボールをテーブルに運ぶべくカウンターを出た。
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