夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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14 万彩

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「そう言えば早川さんがショウさんのこといつか必ず潰すって言ってた笑」

 夜、晴也が話の流れで送ったLINEに、いきなり晶は沈黙した。あれ、早川さんの話はそんなに嫌なのかな。晴也は少し不安になった。しかし優弥や実家の母親などから、ダンス関係の大切な連絡が飛び込んできたのかもしれないと思い、放置して本を開く。
 30分後、インターホンが鳴った。晴也は驚いて飛び上がりそうになる。無言で応答ボタンを押すと、そこに映っていたのは紛れもなく晶だった。

「ショウさん! 何してんの」

 思わず言った晴也に、晶はいーれーてっ、とふざけて小首を傾げて見せる。晴也は慌ててロックを外し、玄関のキーチェーンも外す。ほどなくして晶がやって来た。

「どしたの、何かあった?」

 晴也は嬉しさよりも驚きが先に立ち、落ち着かなかった。しかも晶はむすっとしている。彼はもったいぶった口調で言った。

「ハルさんに命じる、今から10分で俺んに泊まる準備をせよ」
「はあっ? 何言ってんだよ」

 晴也は突然の晶の横暴な振る舞いに呆然とした。

「明日俺めぎつねに出勤だぞ、服決めてないし」
「じゃあ15分、下に路駐してるから警察に連絡される前に出発したい」

 晶は玄関から上がって来ず、腕を組んで待っている。晴也は焦った。

「おっ、おまえが泊まれよ」
「着替え持って来てない」
「何で今日に限って……」

 晴也は困惑しつつクローゼットを開ける。桃の節句なので、それらしい装いにしようとは考えていた。淡いピンクの綿のセーターに、チュールレースを被せた紺色のロングスカート。キャミソールとストッキングも要る。
 洗面所で基礎化粧品を小分けして、口紅やアイシャドウを手早く選ぶ。コンタクトレンズもポーチに入れた。髪は明日考えよう。
 最後に明日の昼間の、男としての服装を用意する。晴也にとっては一番どうでもいいので、これは早かった。そして水族館のお土産の紙袋を、そっと鞄に忍ばせる。

「靴を2足も持ってかなきゃいけないじゃないか!」

 晴也は一番大きなトートバッグをぱんぱんにしながら言った。晶ははいはい、と言いながら、バッグを持ってくれる。電気を消して、スニーカーの踵を踏んだまま、ドアを閉めた。
 慌てて白い軽自動車に乗り込むと、晶がインターホンを押してから20分経っていた。

「何なんだよ、何の連絡も無しに来てっ」

 晴也は車が走り出すなり、苦情を申し立てた。晶はのんびりと応じる。

「ハルさんがばたばたするのを見たかった」
「はあぁっ⁉」
「何で早川と会話してんの」

 晶は前を向いたまま訊いてきた。晴也はぶすったれて答える。

「謝ってくれたんだよ、一連の騒動に関して……何か俺がおまえとつき合ってるのが心配なんだって」
「あいつ何様のつもりなんだ?」
「何様って、先輩だし」

 赤信号で車を停めると、晶は険しい顔を晴也に向けた。

「そうやってハルさんはすぐに相手に甘い顔を見せる、本当ならあいつこそ殴らなきゃいけない相手じゃないのか?」

 言われてみれば、そうなのかもしれない。でも今更殴ったって、仕方がない。早川の昔話を軽々しく話すのも躊躇ためらわれたので、晴也は晶を納得させられるような返事ができなかった。
 信号が変わり、車が走り出す。まだそんなに遅い時間ではないので、車の数は多かった。晴也は外に視界を移して、建物が流れていくのをぼんやり眺めた。
 晶のマンションに着くと、先に車から降りた。彼が車を駐車場に入れるのを待ち、一緒に部屋に向かう。どうも晶が不機嫌な様子だけに、これから何が起こるのだろうと考えると、少し怖かった。

「何か飲む?」

 部屋に上がるなり晶は訊いてきたが、晴也は首を横に振った。

「ごめんハルさん、怯えてる?」
「……何で怒ってるのかなと思って」

 晶は晴也の着替えを持ったままリビングに向かい、晴也が来るのを待っていた。そしてトートバッグを床に置き、晴也を腕で囲おうとしたが、眼鏡の上から右手で目を覆い隠すようにした。

「これじゃまるでパワハラだ、ごめん」
「は?」
「正直に言うと、ハルさんにずっとチューしたくて仕方ないところに早川の話なんか聞かされて、嫉妬に狂い中です」

 言った晶の耳から首にかけて、ふわりと朱色が広がった。晴也はなるほど、と思い、くすぐったくなったが、すぐに申し訳ない気持ちになった。

「早川さんのことなんか気にしなくていい、俺にとっては会社の先輩でしかないんだから」
「……うん」
「それに俺が部署を異動したら、もう顔を合わせなくなるんだし」
「ほんとに異動できるのか?」

 晶は手を下ろして、晴也を見つめた。

「うちの社長が……ハルさんにその気があるなら、うちに来てくれないかなって」

 晴也は数度瞬きした。これは……ヘッドハンティング、みたいなものか?
 晶は信じ難い話を続けた。

「うちは営業の体制がまだ整ってなくて、事務兼任のアガタの負担が大きいんだ、言葉の問題もあって……だからハルさんが来てくれたら熱烈歓迎」

 晴也があ然とするのに、晶は少し笑った。

「それにマイノリティへの偏見は無い方だと思う、4月から来る新卒の中にレズビアンをカミングアウトしてる子がいるし、中途で車椅子の男性が来ることも決まってる」

 木許が良い会社にしたいと思っていることが伝わってくる。とは言え、今すぐ決められることではない。

「ありがとう、びっくりして言葉が出てこない……」

 晴也は晶の顔から視線を外した。何だか心臓がどきどきする。晶は覗き込んでくる。

「俺も一緒に働けたら嬉しい、マジで前向きに検討して」

 晴也は嬉しかった。自分を必要としてくれる場所がある。しかもそこには好きな人もいる。反面、少し怖い。晶は晴也の周囲に流れる水を、どんどん入れ替えていく。急になった流れに、足を取られてしまいそうだ。
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