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16 熱誠
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「何だかいろいろ奇遇だなぁ、こんな場所で福ちゃんに会って、しかもお連れさま……」
佑介が言葉を切ったので、晶が吉岡です、と自己紹介した。
「……よしおかさんが去年の年末に俺たちの見かけた人だなんて」
「そうね、あの後、福原くんどうしてるんだろってなったんだもんね」
あの時こいつの横にいたのは俺なんだ。夫婦の会話に、晴也のいたたまれなさが限界を越えそうになる。
「あっ、あの、さ……」
晴也は口を開いた。スプーンを持った2人に見つめられて、晴也の喉がきゅっと締まる。
「渋谷で、ショウさ……吉岡さんと、一緒にいた女って……」
その時、店員があんみつを運んで来た。彼女が自分と晶の前にスプーンを並べるのが、やけにゆっくりしているように晴也には思えた。惠があんみつを見て、おいしそ、と笑った。
晶はスプーンを取り上げ、いただきます、と無邪気に言ってから、続けた。
「渋谷で俺と一緒にいた女って、この人です」
晴也は晶の言葉に、頭の中が瞬時に真っ白になった。佑介はえっ、と呟き、惠はぽかんと口を開けた。
「……ってことでいいよね、ハルさん?」
晶は横目で晴也をちらりと見て、スプーンで白玉を掬う。佑介が慎重に問うて来た。
「待って福ちゃん、それはどういう……」
「あっ、あっ、あの……それは……あの日俺たち、俺が女装して、どれだけバレずに過ごせるかチャレンジしてて……」
停止した脳を無理やり立ち上げて、晴也は外国語を話しているかのように、単語を必死で繋ぐ。惠が声を立てて笑った。
「女装チャレンジ? 福原くんってそういう遊びをする人だったんだ……それ面白いね、学生時代にみんなでやったら盛り上がっただろうな」
佑介は首を傾げつつも、表情を緩めた。
「でも俺たちほんとにわかんなかったよ、似てるとまでしか……今でも信じられないな、誰にも男だとバレなかったんじゃないのか?」
晶はふふっと笑った。
「バレる訳ないですよ、遊びじゃないんだから」
「え?」
「この人あれで稼いでるんですよ」
晶の言葉に、晴也はああっ、と遂に叫んでしまった。隣のテーブルの2人の女性が、ぎょっとして晴也を見る。
「ちょ、福ちゃん、大丈夫?」
三松夫妻は、浅い呼吸をする晴也を見て、本気で心配そうな顔をしている。ああもう、帰りたい。何で俺が窓際に座ってるんだ、ショウさんが邪魔で出て行けないじゃないか。
「はいハルさん、もうカミングアウトしようね? 大切な友達でしょ?」
晶は言ってから、あんこを口に入れた。無責任な言い方に、晴也はかっとなる。
「他人事だと思って何なんだよ! これじゃアウティングじゃねぇかよ!」
「今自分で告りかけてたじゃないか」
「ふざけんな、話してくれなんて頼んでないだろうがっ!」
晴也ははっとする。三松夫妻はほとんど呆然としていた。晶は彼らにのんびりと言う。
「すみません、瞬間湯沸かし器なんです、基本優しくて引っ込み思案なんですけど」
惠が恐る恐るといった風情で、口を開いた。
「あの、失礼を承知で訊くんですけど、よしおかさんは福原くんの、どのような……」
晴也は惠の顔を見られなくなり、俯いた。晶は晴也を覗き込んでから、はっきりと答えた。
「福原さんは俺の会社の取引先の担当でした、互いの夜の副業先もたまたま近所で、俺がつき合ってくれってしつこく迫りました」
はあ、と惠は理解したような、そうでないような声を発した。佑介は晶と晴也の顔を交互に見た。ひとつ深呼吸した晴也は、晶の後を継ぐように、話す。
「……俺女装バーで夜にバイトしてるんだ、昔から男が好きだった訳じゃないんだけど、この人とは何故かこういうことになってる」
目の前の2人は目を丸くしたが、驚きに慣れてきたのか、ふんふんと頷き始めた。
「年末渋谷で絶対に俺だと気づかれたくなかった、だから知らない人のふりをした」
晴也の告白に、惠はちょっと笑った。
「そりゃあ卒業して2年目くらいから全然会ってないんだもん、いろいろ変わって知られたくないことが出来てもおかしくないよ」
惠は朗らかに言った。こういうところに、晴也は惹かれたのだった。屈託なく、ちょっと能天気な……あれっ、と晴也は小さく驚く。そんな彼女は、晶に似ているのではないのか?
「でも俺は今の福ちゃんのほうがいいと思うな、学生時代ははっきり言って、クール過ぎて何考えてるかわからない時もあったし……」
晴也は佑介の意外な言葉に、自分を厚く覆っていた古い皮が、ぽろぽろと剥がれ落ちていくような感覚を覚えた。自分を守るための盾だったそれは、同時に自分をがんじがらめにしたと、今ならよくわかる。
佑介が言葉を切ったので、晶が吉岡です、と自己紹介した。
「……よしおかさんが去年の年末に俺たちの見かけた人だなんて」
「そうね、あの後、福原くんどうしてるんだろってなったんだもんね」
あの時こいつの横にいたのは俺なんだ。夫婦の会話に、晴也のいたたまれなさが限界を越えそうになる。
「あっ、あの、さ……」
晴也は口を開いた。スプーンを持った2人に見つめられて、晴也の喉がきゅっと締まる。
「渋谷で、ショウさ……吉岡さんと、一緒にいた女って……」
その時、店員があんみつを運んで来た。彼女が自分と晶の前にスプーンを並べるのが、やけにゆっくりしているように晴也には思えた。惠があんみつを見て、おいしそ、と笑った。
晶はスプーンを取り上げ、いただきます、と無邪気に言ってから、続けた。
「渋谷で俺と一緒にいた女って、この人です」
晴也は晶の言葉に、頭の中が瞬時に真っ白になった。佑介はえっ、と呟き、惠はぽかんと口を開けた。
「……ってことでいいよね、ハルさん?」
晶は横目で晴也をちらりと見て、スプーンで白玉を掬う。佑介が慎重に問うて来た。
「待って福ちゃん、それはどういう……」
「あっ、あっ、あの……それは……あの日俺たち、俺が女装して、どれだけバレずに過ごせるかチャレンジしてて……」
停止した脳を無理やり立ち上げて、晴也は外国語を話しているかのように、単語を必死で繋ぐ。惠が声を立てて笑った。
「女装チャレンジ? 福原くんってそういう遊びをする人だったんだ……それ面白いね、学生時代にみんなでやったら盛り上がっただろうな」
佑介は首を傾げつつも、表情を緩めた。
「でも俺たちほんとにわかんなかったよ、似てるとまでしか……今でも信じられないな、誰にも男だとバレなかったんじゃないのか?」
晶はふふっと笑った。
「バレる訳ないですよ、遊びじゃないんだから」
「え?」
「この人あれで稼いでるんですよ」
晶の言葉に、晴也はああっ、と遂に叫んでしまった。隣のテーブルの2人の女性が、ぎょっとして晴也を見る。
「ちょ、福ちゃん、大丈夫?」
三松夫妻は、浅い呼吸をする晴也を見て、本気で心配そうな顔をしている。ああもう、帰りたい。何で俺が窓際に座ってるんだ、ショウさんが邪魔で出て行けないじゃないか。
「はいハルさん、もうカミングアウトしようね? 大切な友達でしょ?」
晶は言ってから、あんこを口に入れた。無責任な言い方に、晴也はかっとなる。
「他人事だと思って何なんだよ! これじゃアウティングじゃねぇかよ!」
「今自分で告りかけてたじゃないか」
「ふざけんな、話してくれなんて頼んでないだろうがっ!」
晴也ははっとする。三松夫妻はほとんど呆然としていた。晶は彼らにのんびりと言う。
「すみません、瞬間湯沸かし器なんです、基本優しくて引っ込み思案なんですけど」
惠が恐る恐るといった風情で、口を開いた。
「あの、失礼を承知で訊くんですけど、よしおかさんは福原くんの、どのような……」
晴也は惠の顔を見られなくなり、俯いた。晶は晴也を覗き込んでから、はっきりと答えた。
「福原さんは俺の会社の取引先の担当でした、互いの夜の副業先もたまたま近所で、俺がつき合ってくれってしつこく迫りました」
はあ、と惠は理解したような、そうでないような声を発した。佑介は晶と晴也の顔を交互に見た。ひとつ深呼吸した晴也は、晶の後を継ぐように、話す。
「……俺女装バーで夜にバイトしてるんだ、昔から男が好きだった訳じゃないんだけど、この人とは何故かこういうことになってる」
目の前の2人は目を丸くしたが、驚きに慣れてきたのか、ふんふんと頷き始めた。
「年末渋谷で絶対に俺だと気づかれたくなかった、だから知らない人のふりをした」
晴也の告白に、惠はちょっと笑った。
「そりゃあ卒業して2年目くらいから全然会ってないんだもん、いろいろ変わって知られたくないことが出来てもおかしくないよ」
惠は朗らかに言った。こういうところに、晴也は惹かれたのだった。屈託なく、ちょっと能天気な……あれっ、と晴也は小さく驚く。そんな彼女は、晶に似ているのではないのか?
「でも俺は今の福ちゃんのほうがいいと思うな、学生時代ははっきり言って、クール過ぎて何考えてるかわからない時もあったし……」
晴也は佑介の意外な言葉に、自分を厚く覆っていた古い皮が、ぽろぽろと剥がれ落ちていくような感覚を覚えた。自分を守るための盾だったそれは、同時に自分をがんじがらめにしたと、今ならよくわかる。
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