夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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16 熱誠

10

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「ショウって本名はよしおかさんだった? ユウヤはしのざきさんっていうの?」

 藤田と牧野がワイングラス片手にやってきて、訊いた。美智生はそうですよ、と答える。

「マキとサトルの苗字は初めて聞いたな」
「あ、私サトルさんが渡辺だって知ってましたよ」

 明里は舞台オタクぶりを発揮する。牧野が驚いたように言った。

「身バレ覚悟で名出し?」
「いや普通にバレてると思いますよ、みんな有名人ですから」

 そうだよねぇ、と仲良しOLは声を揃えた。

「ショウさんが3ヶ月もいないの寂しいわぁ」

 藤田は溜め息混じりに言う。牧野がそうだね、と同意した。

「水曜に助っ人呼べないならドルフィン・フォーでいいじゃん」
「臨時の人が入ってアンサンブル乱れたらちょっとなぁって思います」

 明里が藤田と牧野といつ知り合いになったのか、晴也には心当たりが無かったが、女たちは勝手に盛り上がっている。

「ハルちゃん、ショウさんは何に出るの?」

 テーブル席から訊かれた晴也は、椅子から降りてスマートフォン片手にそちらに向かう。ブックマークしておいた、「夏の夜の夢」の公式ホームページを開いた。

「これです」
「ストレートプレイ?」
「いえ、ミュージカル寄りみたいですよ」

 隣のテーブルの、何となくいつもここで顔を見る女性たちも声をかけてくる。

「ロンドンでやるんですか? 凄い」
「ショウはどんな役するの?」

 晴也はキャストのページを開いて見せてやる。おおっ、と感嘆の声が上がった。

「英語でプロフ書いてある!」
「当たり前でしょ、えーっと、妖精パック? あ、似合うわたぶん」
「妖精って、筋肉男子がるものなの?」

 2つのテーブルが笑いで沸いた。言った彼女はたぶん、妖精という言葉に、羽が背中に生えたか細い少女を想像したのだろう。

「パックは男だよ」
「でも確かに筋肉でなくてもいいような」
「ショウが妖精のために肉体改造したらやだぁ」

 隣のテーブルに、水割りとチョコレートポッキーがやって来る。そんな話は晶から聞いていないが、筋肉を落とすつもりなのだろうか?

「ねえねえ、男の人なんですよね?」
「ほんと言われてもわかんない」

 晴也は女性たちからいきなり好奇の視線を向けられ驚いたが、カウンター席に座るオカマはきっと目立っていると自覚するので、開き直ってはい、と笑顔で答えた。

「すぐ近くで勤めてるんです、ホステスが皆女装してる以外は普通のバーなので遊びに来てください」

 晴也はハンドバッグから名刺入れを出し、中身を1枚ずつ渡した。女性たちはへぇ、と言いながら小さな名刺を見つめた。

「すごぉい、店の人がみんな女装男子なんて、マジそんな店あるんだ」

 いやいや2丁目だから、と他の女性たちが突っ込む辺り、皆この近辺で割と遊んでいるようだ。

「行く行く、ハルさんは金曜以外はいつもいるの?」
「ありがとうございます、水曜と木曜と、金曜も今新人さんが多いから短時間ヘルプしてます」

 晴也がテンション上げ気味に話していると、だいぶ出来上がってきた様子の藤田が、ワイングラスをカクテルグラスに持ち替えて話に混じり始めた。

「ハルちゃん営業してる、成長したねぇ」
「せっかく興味を持っていただいてるんで」

 藤田はショウがめぎつねで営業して、数名の得意客を掴んでいる話を始めた。

「こっちのテーブルはその代表です」

 藤田の言葉に皆ほおぉ、と口を揃えた。

「女装バーで営業する筋肉ストリップ男子!」
「割とちゃっかりしてるんだね、そんなショウに惚れ直すわ」

 まあ昼間も営業してるからな。晴也は思ったが、それは黙っておく。
 それにしてもほんとに、ショウは人気がある。水曜の客はそっと陰から見つめている感じだが、金曜の客はオープンだ。自分が晶とただならぬ関係だと知られたら、金曜のほうが怖いかもしれない。
 でもちょっぴり、俺の男はイケてるだろうと言いたい気持ちがあることは否定できない。晴也はそんな自分を、浮かれた馬鹿だと思うのだが、この場の雰囲気が明るく楽しげ過ぎて、自制心が流されてしまいそうだ。
 休憩時間が終わりを告げ、テーブルの間を歩き回っていた店員たちが落ち着くと、客席が暗くなり舞台がふわりと明るくなった。両袖から淡くスモークが炊かれ始め、幻想的な雰囲気が会場に満ちる。足音をほとんど立てずにマキとサトルが走って出て来て、最後にショウが2人の間に立ちスタンバイすると、フルートとチェンバロの緩やかな音楽が流れ始めた。
 あ、ヘンデルのフルートソナタ。晴也はときめきを覚えた。女の子3人で踊ったのを見てから、もう一度ショウたちのバージョンが見たいと思っていた。明里もすぐに気づいたのだろう、あっ、と小さく呟いた。
 3人の男たちは、薄く透けた衣装を揺らしながら同じ高さに脚を後ろに伸ばし、上体を前に傾ける。

「わ、きれい……さすがクラシックの基礎がある人のバランスだね」

 手先から爪先までを真っ直ぐにしてポーズを取るショウに、明里が見惚みとれている。
 水曜と衣装も振りも一緒のようだが、ちょっとした溜めが長い気がする。より熱っぽく視線を交わし合い、手が触れるぎりぎりの距離でふわりとターンするダンサーたちに、客の視線は釘づけになっていた。
 ショウの振りを2人が追いかけると、衣装の裾が風になぶられるようにはためき、男たちの脚が露わになる。晴也は鍛え上げられた3組6本の脚を見てきれいだなと思ったが、明里が思わずという感じで、囁いた。

「何か見てはいけないものを見てる背徳感が……」
「さりげなくエロ増量してるのかな」

 長い音で3人が動きを止めると、テンポの速い曲が始まり、ユウヤとタケルが両袖から出てきた。3人が入れ替わりに袖に入って、鏡合わせのジャズダンスが展開する。
 完璧なシンメトリーの2人の踊りに、観客は目を奪われて一様に前のめり気味になった。これもふとした瞬間に2人が顔を見合わせたり、掌同士を合わせたりする振りが追加されている。

「もうこれビデオ欲しい、振りを覚えるまで見るぞ」

 美智生がこそっと言った。夏紀はこの間より近い場所から見ているせいか、完全に食いついている様子である。
 ユウヤとタケルのダンスに大きな拍手が起き、先に踊った3人が出てくると更に客席が沸いた。

「この間の女の子のもきれいだったけど、元はこんなのだったんだ」

 明里は満足そうに言った。晴也もエロ増しで楽しむことが出来て、得した気分になる。5人が袖に入ると客席が明るくなったので、店員が動き始めた。
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