夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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16 熱誠

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 晶はゴールデンウィーク中、晴也を含めて世間が休日を満喫している間も出勤していた。ゴールデンウィークは日本だけのものなので、有限会社ウィルウィンの海外の取引先は休みではない。そのため毎年数名が、交代で出勤するらしかった。晶は休職を控えているので、ずっと会社に出ていた。めぎつねにいつも通り出勤する以外、特に予定の無い暇人である晴也は、彼と遊びに行けないのが少し残念だった。
 ルーチェは店内の改装をするために臨時閉店していた。意外なことに、大型連休中はあまり夜に客が入らないらしい。そのため今年は、休んで店内を一気にきれいにするということだった。
 ドルフィン・ファイブも忙しいメンバーの充電期間を得られて助かると、優弥がLINEで話したが、美智生は、つまらんゴールデンウィークだとめぎつねで愚痴っていた。
 きれいになった馴染みの舞台に直ぐに立てないことと、サトルの出演する「レ・ミゼラブル」を観ることができないことを、晶は残念がった。とはいえ、彼の意識はロンドンの舞台に向いており、練習に気合いが入っている様子である。
 晶が出発する直前の週末、つまりゴールデンウィークの最後の土曜日、晴也は晶と昼前から会っていた。高田馬場の駅前の貸しレッスン室で、一応まだ内緒と言いながら、晶はパックが登場する場面を見せてくれた。音楽と振付が、一部デモ映像として送られて来たのだという。
 晶のスマートフォンに繋がれた小さなスピーカーから、弾むようなピアノの和音が流れる。晶――パックは脚を替えて軽く跳ぶステップを踏みながら、下手の袖から登場する。何でもない動きのようだが、足首が柔らかく体幹が使えていないと、空中姿勢を撮影されても絵になるようなジャンプはできない。晴也は爪先まできれいに伸ばされた晶の足許に見惚みとれる。
 途中でピアノのリズムが変わる度に、軽く片足でターンして、いかにも気を散らしている様子なのが可愛らしい。上手から登場した妖精に気づき、両手で髪を直してから上体を深々と前に倒す姿勢は美しいのだが、ふざけているのか真剣なのかちょっとわからない。晴也は思わず笑った。

「それ、素だよな?」
「違う、演技だ」

 イギリスの雑誌や新聞は、晶の踊りを評するのにcharmingという言葉をよく使うようだが、上手く言い表していると晴也は思う。

「サイラスがどうも、物語の進行に関係無い妖精グループの踊りを挟みたいようなんだよなぁ……嫌な予感しか無い」

 晶が音楽を止めて言うので、いいじゃないか、と晴也は言った。

「ルーチェのショーの影響なんじゃない?」
「そう、それとタカラヅカ……レビューが面白かったんだって」

 晴也は先週明里につき合って、久しぶりに東宝劇場にタカラヅカを観に行ったばかりだった。サイラスが何をしたいと考えているのかが、わかる気がする。

「じゃあ仕方ない、覚悟して行って真ん中で踊れよ」

 晶は少し唇を尖らせたが、晴也はその場面を想像しただけで楽しくなった。妖精の王と王妃を両脇に従え、後ろに色々な格好をした妖精が舞う中、キレッキレに踊るパック。きっとカッコ良くて面白い。
 自分の練習が一段落つくと、晶は晴也がヨガマットの上で股関節をほぐすのを手伝ってくれた。

「ハルさんが俺とセックスする準備をしてくれてる……」

 晴也は晶の発言を即否定する。

「違うっ、股関節が硬くなると背骨や首にも良く無いって記事を読んだんだ」
「うん、それは事実だな」

 晴也が足裏どうしを合わせて横に開くと、晶が腰をゆっくりと押す。晴也は夜の10分ストレッチを再開し、だいぶ身体が前に倒れるようになってきた。

「おおっ、柔らかくなったなあ、30前でこれだけ変わるのは素晴らしい」

 晴也は褒められて嬉しくなった。背中に置かれた晶の両手の感触が、心地良い。
 次は開脚して前屈する。これも少し膝を曲げれば、だいぶ前倒しになれた。最後は晶と横並びになり、マットの上で大の字になって目を閉じた。ヨガでは安らぎのポーズと言うらしい。開いた窓から入ってくる駅前のざわめきを聞くともなく耳に入れ、風を感じながらゆったりと呼吸する。楽しいものだなと晴也は思うのだった。
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